弟子、恥じらいを覚える
「――なんだけど、分かってくれたかしら」
「は、はひ」
テレーゼとクラウディアさんに教えられた事は、目から鱗というか、私の知らない世界を無理矢理広げられて、頭が混乱していた。
……だって、あんな事、知らないもん。教えられてないもん。オスカーさんだって、説明しようとはしなかったし。皆、あんな事、知ってるんだろうか。
今まで知らない事を全部教えてもらったので頭が破裂しそうだ。弟子になったばかりの時の勉強よりも、頭が一杯一杯で。
男の人に何で油断しちゃいけないのとか、男の人はどういう事を考えるのとか、愛し合う事とか、教えてもらって。
恋人同士って、そんな事するんだ、と聞いてて途中から耳を塞ぎたくなった。
クラウディアさんに捕まってたから逃げられなかったし、お陰で男女のあれこれ教えられて頭がぐちゃぐちゃだ。
だって、あんな事するなんて、思わないもん。そりゃあ、薄着で密着したら、駄目だよね。師匠が怒るのも、仕方ないとは思う。
で、でも、オスカーさん……実家に居た時の、あれは?
……もし、あの夜一歩間違えてたら、私もオスカーさんとそういう仲になっていたんだろうか。
あの時のオスカーさんの状態は、それに近かった、とは思う。濃紫の瞳は熱っぽくて、何かを欲しがるような、眼差しで。……私を、どう見てたんだろう。ちゃんと、一人の女の子として、欲しがってくれたのかな。
『……そういうお前だって、俺が男だって事を、忘れすぎだよ。幾ら師弟だからって、俺とお前は男女だ。……お前なんて、簡単に御せる』
……あああああ、私オスカーさんに凄い事言わせてた気がする……!
「……ソフィ、大丈夫?」
「だ、大丈夫です、把握しました! ばっちりです!」
「その割に目がぐるぐるしてるのだけど……」
クラウディアさんが心配するので、私は大丈夫だと言って笑ってみせるものの、あんまり効果はなさそうだ。動揺しているのがバレバレらしい。
……だって。だって、オスカーさんが。
『誰が食うと言った。……兎に角、お前があんまりにも俺に気を許し過ぎてるから、俺から線を引かないと取り返しのつかない事になるんだよ』
『……お前はまだ預かりものなんだから、あんまり、俺に何かさせる隙を見せないでくれ』
理解した今思い返せば、オスカーさんにちゃんと注意されてたけど……そういう素振り見せられてた、んだよね。……オスカーさんは、私の事、そう見てたの、かな。
嬉しい、けど、恥ずかしい。オスカーさんがどういう気持ちであんな事言ったのか、分からない。聞きたいけど、聞くととても恥ずかしい事になりそうで、聞けそうにない。
ぷしゅう、と顔から湯気が出そうな勢いで顔に熱を溜める私に、クラウディアさんは苦笑する。それから「一気に詰め込みすぎたかしら」と零した。
「ソフィはオスカー様の事好きでしょう? だったら距離を考えた方が良いわ。お互いの為にも」
「でも……」
「オスカー様は優しいでしょうから、ソフィに何もしないでしょうけど。ああ、ソフィがこういうのを望むなら幾らくっつこうが構わないのだけど」
「ふぇっ!? そ、そんなの考えた事もないです!」
そりゃあ、オスカーさんの事は好きだし、ぎゅっとして欲しいとか、キスして欲しいとかは、思うけど……それで私は満足だし、それ以上の事があるなんて、考えもしなかった。
けど、オスカーさんはそうじゃないんだよ、ね。
いや好かれてるのかは分からないからそこは置いておくとしても、男の人は、そういう事したがる訳で。実際ちょっと危なかった訳で。
「……師匠、は、誰でも良いのでしょうか……」
私という個人でなくても、良いのかな。あの時の言葉は、私じゃなくても、女の人なら誰でも良かったのだろうか。
……師匠はそんな人じゃないと思うし、女の人が苦手だから、そうじゃないと思うけど。でも、もし、相手が別の人でも良いとかだったとしたら。
「……やだなぁ」
「此処に居たのか」
そんなの嫌だな、と瞳を閉じた瞬間に声がかけられて、私は大袈裟に体を揺らしてしまった。
「オスカー様」
「何話してたんだ。随分と長い時間話してたみたいだが」
「女同士でのお話も色々あるのですよ」
恐る恐る部屋に入ってきたオスカーさんを窺うのだけど、オスカーさんは実に不思議そうな顔をしている。私がオスカーさんに反応しないから「何か変な事を吹き込んでないだろうな」と疑ってくるし。
……変な事、じゃなくて、知らなきゃいけない事を教えてもらったんだよ。……その、あんまり進んで知りたい内容じゃなかったというか、色々と頭が爆発しそうだけど。
「まあ大切なお話をしてましたわ。オスカー様にも悪い事ではないのですけど」
「……何話したんだ」
「え、あう、良いですから! もう話さなくて良いですから! 良いの! 理解したもん!」
何だか恥ずかしくて慌ててクラウディアさんに言っちゃやだと訴えると、あらあらと微笑んでそれ以上は言わない。……それは有り難いけど、オスカーさんが余計に疑いの眼差しで見てくる。
問いたげな眼差しにはぶんぶん首を振って回答を拒否。
……こんな事、言えないもん。
「……まあ、話は家に帰ってからにする。馬鹿弟子、帰るぞ」
歩み寄って手を差し伸べて来るオスカーさんに、よく考えれば帰ったら二人きりだという事に気付いて、私としては戸惑うしかない。
……今までは何とも思わなかったし、というか楽しかったのに、色々知った今二人きりというのは、気恥ずかしいというか、気まずいというか。
けれど帰らない訳にはいかないので、おずおずとオスカーさんの手を取ると、きゅっと握られる。
それから、今では慣れた浮遊感。気付けば、自宅の地下室に居て。
「……んで、馬鹿弟子、何を話してたんだ」
逃げようとしたけれど、手を掴まれているのでそれもままならない。というか手を繋がなくても転移できるのにわざわざ掴んだのは、この為だろう。
じ、と見つめられると、急に恥ずかしさが増してくる。手を繋いだ所から、じわじわと体が熱くなって、頬まで火照ってきた。
今まで、平然とくっついていたのに、ただ見られるだけで、気恥ずかしい。自分が変なのは、自覚しているけど……自然と、目が逸れてしまう。
「い、言いたくないです」
「俺にもか?」
「師匠だから、言いたくないんです!」
こんな事言えない、と強く言ってオスカーさんの手を振りほどくと、オスカーさんは酷く衝撃を受けたような顔。
それにほんのり罪悪感が湧いてしまったものの、それでも羞恥の方が上回って、私はオスカーさんから離れるべく全力で走って地下室を出た。
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