クラウディアさんの本音
そんな訳で私はクラウディアさんと、あとテレーゼも来て一緒にお茶する事に。
クラウディアさんがお茶と焼き菓子を持ってきてくれたので、それをご馳走になりながら話に花を咲かせる。主に、話題としてはディルクさんとクラウディアさんの仲なのだけど。
ディルクさんとクラウディアさんはそういう仲なのだと知ってびっくりしたのだけど、でも純粋に嬉しい。昔から良い感じの仲だな、とは思ってて、クラウディアさんも幸せそうだから喜ばない訳がない。
「クラウディアさんはいつからディルクさんの事が好きだったんですか?」
気になるのは、そこだ。
だってディルクさんは弟子の皆からぽんこつとか言われてて(それでも愛されてるけど)、弟子は女性が多いけど皆恋愛感情に発展しなさそうだったのに。
クラウディアさんは、ディルクさんをいつ、それから何処で好きになったんだろうか。
「いつから……そうね、結構前かしら。ソフィが成人する前からよ」
「一年以上前ですか……気付かなかったです。その、お付き合いとか」
「まあ同じ屋根の下に住んでるし、お付き合いとかっていう感覚はないのだけど。それでも、まあ……仲良くはしてたわよ」
ふふ、と艶やかに笑うクラウディアさんは、大人のお姉さん、といった感じが強い。ディルクさんよりずっとしっかり者だし、フォローも上手いから、ぴったりなのかもしれない。
因みに、テレーゼ曰く弟子の皆は仲を密かに応援していたらしい。ディルクさんはクラウディアさんじゃなきゃ面倒見きれない、と。
なんか凄い言われようだけど、祝福されているのは本当みたいだ。
「ディルクさんの何処を好きになったんですか?」
「そうねえ……何処を、と言われると難しいのだけど。あの人、駄目駄目でちょっとお馬鹿さんな所があるじゃない?」
恋人に凄い事言われてるディルクさん。……まあ本人が此処に居ないからセーフセーフ。
「弟子入りした最初はこんな駄目男とか思っていたのだけど……過ごす内に良さも見えてきたし、ちゃんと師匠としては尊敬していたのよ」
「何だかんだ、良いお師匠さんだって事は分かります」
「師匠が聞いたら喜ぶわね。ええとそれで、何処が好き、だったかしら。うーん、何て言うのかしら……あの人、本当は繊細で臆病な人なのよ」
クラウディアさんの言葉に、自然と目が丸くなる。
「ディルクさんが?」
「ええ。いつも偉そうだし、自信満々そうに見えるんだけど、結構に傷付きやすい人なの。影でよく凹んでたりするもの。寂しがり屋でもあるわ。ソフィは、明るい頃の師匠しか知らないから、意外かもしれないけど」
私がディルクさんを知ったのは、四年近く前から。それからちょこちょこお邪魔したり、オスカーさんが失踪した時にはお世話になった。そこそこに親しく、距離も近いとは思う。
けれどそれはディルクさんのほんの一部でしかないのだろう。私には絶対に見せない一面が、あるみたいだ。
……私にとって、ディルクさんは太陽みたいなイメージがある。変わらずにそこに居て、いつも明るく、ちょっぴり強引で自分勝手だけど優しくて、賑やかな人。
でも、クラウディアさんは、別の一面を知っている。
「こんなに弟子が居るから、あの人は元気なのよ。オスカー様が構ってくれると凄く溌剌としてるのもそのお陰ね」
「……それは分かります。ディルクさん、師匠に構って欲しくて私を誘拐したくらいですからね」
「あの時はごめんなさいね、ちゃんと叱っておいたから」
誘拐事件を思い出して苦笑するクラウディアさんに、私も肩を竦める。
何だかんだオスカーさんとの仲も近付いたし、ディルクさんが結果的にいい人だとも分かったから、全然気にしてないんだよね。突然遊びに来ても嫌な顔せずお茶ご馳走してくれるし、家出した時は泊めてくれたし。
優しくて良い人だな、とは思ってるよ。
「……まあ、だから弟子は大切にしてくれるし、離れて欲しくないから『俺のものだ』って言い張るの。可愛いところあるでしょ?」
「ふふ、そうですね」
「強引な癖に凹みやすくて、でも弱味は見せたくないからって強がってる。自分勝手な癖に弟子思いのこの人を、私は支えてあげたいと思ったの。まあ、駄目男に引っ掛かったってスヴェンには言われるのだけど」
くすくす、と愉快そうに笑うクラウディアさんは、やっぱり綺麗だ。いつも綺麗だけど……何か、ちょっと雰囲気が違うというか。
愛される事を知ったから、あんなにも魅力的に見えるんだろうか。
「まあ、あの人も私の側に居たいと思ってくれてるみたいだし、私は幸せよ」
さっきは恥ずかしがっちゃって言ってくれなかったけど、と朗らかに笑うクラウディアさんに、私も相好を崩す。
あれはディルクさんが照れちゃったから言わなかったんだろうなあ。多分、二人きりなら言ったんじゃないかなあ。
「その、二人は結婚するんですか?」
「したいとは思うわよ。まあ、責任取って貰わなきゃ困るもの」
ふふ、と上品に笑ってお腹を撫でるクラウディアさんに、テレーゼはほんのり頬を染めた。……責任取って貰うって、ディルクさん何したんだろうか。
よく分からなくて、こてんと首を傾げると、クラウディアさんがはにかむ。その笑顔は、心の底から幸せそうで、眩しさを錯覚する程だ。
良いなあ、と素直に思う。あんなに幸せそうなクラウディアさんは初めてだもの。
「あのね、まだ確信はしてないからテレーゼにしか言ってないのだけど、お腹に子供が居るのよ」
「えっ、赤ちゃん?」
クラウディアさんの口から出た驚くべき言葉に、私は思わずお腹を凝視してしまった。
まだ、クラウディアさんの体つきはいつもと変わらない凹凸の豊かなもの。お腹だって括れて凹んでるし、ナイスバディとしか言えない。
それでも、クラウディアさんはお腹に子供が居る、と言った。……まだ、小さいみたいで。
何だか知り合いの人同士が結ばれて子供を宿すって、感動するなあ。子供って愛の結晶、って言うし、二人が愛し合ってるからこそ出来るんだよね?
だったら純粋に嬉しい。クラウディアさんも、幸せそうだもの。
……でも、赤ちゃんってどうやったら宿せるんだろう。誰も教えてくれないのだけど。
「どうやって宿したんですか?」
気になって質問したら、空気が固まった。
クラウディアさんも、静かに話を聞いていたテレーゼも、愕然とした様子で凍り付いている。……あ、あれ、これ聞いちゃいけない事だったのかな。
おろおろ、と二人を見やると、クラウディアさんが先に立ち直ったらしくてちょっとふらっとしつつ、額を押さえている。
「……ええとソフィ、それは本気かしら」
「え?」
「テレーゼ」
「……ええと、多分本気ですよ……?」
遅れて立ち直ったテレーゼは、困惑をありありと表情に出して此方を窺いつつ、クラウディアさんに答える。
……私、そんなに変な事を聞いてしまったのだろうか。
クラウディアさん、と縋ると、クラウディアさんはこめかみを揉みつつ何とも言えなさそうな顔をしていた。
「……オスカー様が教え……られる訳もないわよね、だからこんなにもピュアに育ったのかしら」
「え、え?」
「ちょっと時間頂戴ね。ちょっと知らなきゃ駄目な知識持ってなさそうだから。オスカー様も色々と苦労なさってそうね」
「ええと、クラウディアさん……?」
「大丈夫よ、皆最初は知らない事だから。ソフィはちょっと知るのが遅かったけど、今から知れば問題ないわよ。テレーゼ、ちょっと書庫からその辺りの本持ってきてくれるかしら」
「はい」
あの、よく分からないのですけど……? とクラウディアさんを窺っても、クラウディアさんはただにこやかな笑顔を浮かべるだけ。
テレーゼに助けを求めても、テレーゼは苦笑しつつクラウディアさんの指示通りに部屋の外に出て行ってしまう。
……ええと、その、何でクラウディアさんは使命感に燃えた目をしてるんだろうか。
クラウディアさんに「純粋培養って怖いわね」と言われて、私は首を傾げるしかなかった。




