二人の失言
心配性なオスカーさんが着いてくると言い張ったので、まあ断る理由もないので一緒にディルクさんの屋敷に向かう事にした。途中の市で「最近は物騒だから気を付けなさいね」と顔馴染みのおばちゃんに忠告頂いたので、オスカーさんちょっとカリカリしてるけど。
そんな訳でディルクさんのおうちに突撃訪問。先触れだしてないけど、ディルクさんはきっと許してくれる筈。うん。大雑把……もといおおらかな人だし。
そんな訳で玄関の鈴を鳴らすと、クラウディアさんが笑顔で迎え入れてくれた。
「あら、ソフィにオスカー様。今日は何かご用事ですか?」
「遊びに来ちゃった……みたいな? あ、でもディルクさんのお姉さんから伝言預かってるからそれを伝えに来たんです」
「伝言?」
「はい。中に入れてくれると嬉しいんですけど……」
一応直接伝えるべきだ、と思って不躾ながらお願いしたら、クラウディアさんは快く受け入れてくれた。……家主じゃないけど、クラウディアさんが割と取り仕切ってるみたいなので良いだろう。
クラウディアさんは長年弟子をしているみたいで、家の事は取り仕切っているらしい。メイドさんとか雇ってるみたいだけど、よく財力あるなあと感心するばかりだ。
そんなクラウディアさんに案内されて、居間に。
そこにはディルクさんが居て、ソファに座って、というかだらしなく転がっている。まるでやる気が起きない日のオスカーさんのようだ。くつろいでいるらしい。
私達の登場にディルクさんは固まって、それからクラウディアさんに『何故居る』という視線を向けるものの、クラウディアさんは笑顔のままだ。見慣れてるという事みたい。
「な、何の用だ」
座り直し、いつもの自信たっぷりさ……にほんのりと羞恥を乗せて私達に言葉を投げるディルクさん。うん、おやすみ中の所に押し掛けて何かごめんなさいって気分だ。
先程の姿を見ると全く様になっていないディルクさんに笑みを噛み殺しつつ、私も笑いかける。
「ええと、ディアナさんに会ったんですけど」
私の一言に、ディルクさんは凍り付いた。
分かりやすく真っ赤な瞳を見開き、わなわなと唇を震わせる。……表情から『その名前を出すな』という事が伝わってくるのだけど、一体何があったのだろうか。
「えっと、伝言預かってきたので、それを伝えに来ました」
「聞きたくない!」
「じゃあ聞き流して下さいね。『そろそろ顔見せにこい』それから『いい加減早く決めろ』との事で。……何を決めるのか分かりませんけど……ってディルクさん!?」
今此処には居ないというのに逃げ出そうとするディルクさん。瞳にはありありと焦燥と恐怖が浮かんでいて、何がディルクさんを此処まで震え上がらせるのかと気になってくる。
クラウディアさんは「まあ」と少し困ったように、それからほんのりと頬を染めている。
……ディルクさんと比べて表情に差がありすぎて何が何だか。クラウディアさんは理由を知っているのだろうか。
オスカーさんを窺ってみると「取り敢えずディルクはディアナが苦手だから仕方ない」とだけ。……どれだけトラウマがあるんだろうか、ディルクさん。
「くそ、あの女……俺の事は俺が決めるというのに……」
「そろそろ身を固める決意でもした方が良いんじゃねえのか、急かされてるんだろ」
「うるさい!」
「えっディルクさんお相手居たんですか! 意外ですね!」
「然り気無く失礼なやつだなお前は……」
ディルクさんはなんというか、お弟子さんに囲まれてわいわいしているのが似合うので、誰か特定の相手を作ってるイメージとかなかったのに。
きらきらと瞳を輝かせてディルクさんを窺うと「うっ」とたじろぐ。身近な人が結婚するって、何だか嬉しい。
式には是非呼んでくださいね! と笑顔で言うと、ディルクさんは頭を抱えてしまった。……もしかして望まない結婚だったりするのだろうか。
「そ、その、嫌な人と結婚するのですか?」
「違う。だがこんな所で言えるか!」
「馬鹿弟子、許してやれ。流石に哀れだ」
「やかましいロリコンめ!」
「俺関係ないだろ! つーか誰がロリコンだこの野郎!」
何故かディルクさんが怒り出してしまってオスカーさんにも飛び火した。ロリコンとは私の事を指しているのだろうか。
オスカーさんを窺えばさっと顔を赤くして眦を吊り上げている。
「大体、馬鹿弟子はもう立派な成人女性だろうが! そんな事言ってたらお前はハーレム野郎だろ!」
「そんなもの築いた覚えはない! そもそも私にはクラウディアが、」
そこまで言って、はっと口許を押さえるディルクさん。……クラウディアさんが?
つまり……なるほど! だからさっきクラウディアさんが頬を染めたのか。嫌な人じゃないけど言えないというのは、本人が目の前に居たからで。……なるほど。
身近な恋だったんだ、と納得していると、ディルクさんはさっと頬を染めて全身真っ赤にする。普段は尊大でありつつ気さくなディルクさんが本気で照れていて、なんかちょっと可愛いと思ったり。
「今のは自業自得だからな」
「そういうオスカー様も自爆なさった気がしますけども」
……あれ、何かオスカーさんも頭を抱えてしまった。
指摘したクラウディアさんは喉を鳴らして上品に笑って、それから私の手を取る。
「まああの二人は今から発言に頭を抱える事に忙しくなりそうだし、ソフィちゃんは此方にいらっしゃい。テレーゼも呼んでお茶しましょうか」
「え、で、でも」
「あの二人、今羞恥に駆られて忙しいから。暫く冷まさせてあげる方が良いわよ」
動じた様子はないクラウディアさん。その微笑みは、いつもよりも穏やかで、そしてなんというか、幸せそうだ。
……クラウディアさんも、ちゃんとディルクさんの事好きなんだなあって、よく分かる。昔から、ディルクさんの事をよく思っていたのは知ってるけど、男として好きだった、というのは初耳だ。
クラウディアさんは嬉しそうだから、きっと両思いなのだろう。……ディルクさんが本当に意外なんだけど、でも、大切にはすると思う。
「さ、行きましょうか」
「は、はい」
淑やかな笑みのクラウディアさんに連れられて、別室でお茶する事になった。……オスカーさんが何を考えてるのか分からないけど、でもちゃんと大人として見てくれてるって事は分かったので、良いとしよう。
何で頭を抱えたのかは、さっぱりだけど。




