誤解中の幸い?
「部屋って言っても別に大したものは置いてないんだが」
部屋に案内された私は、お兄ちゃんがちゃんとお掃除を小まめにしている事に安堵していた。
入った部屋は綺麗だし、整理整頓もされている。机が作業台代わりになっているのか道具が転がっている以外は、至って普通というか。
お兄ちゃんもちゃんと身の回りの事は出来ているようで、安心した。……まあ私の一番側にいる男の人が家事がてんで駄目っていうせいで、男の人は家事出来ないってイメージが……。
良かった、と笑う私に、お兄ちゃんは微妙に気まずげだ。
「……あー、まあこれはオレも片付けてるんだけど……何というか、お節介な子がしてくれるってのもあるというか」
「お節介な子?」
「……兄弟子の女の子が、何か、一々世話を焼くというか。ミアって言うんだが、やけに構ってくるというか突っかかってくるというか」
ぽりぽり、と頬を掻くお兄ちゃん。……兄弟子の女の子、そういえばさっきディアナさんが、買い出しから帰ってくるとかなんとか言ってたっけ。
お兄ちゃんの口振りからして、悪くは思ってないけど戸惑っている、って感じかな。お兄ちゃん、別に女の子が苦手とかそういう訳じゃない筈。モテてたからね。
「まあ、悪いやつじゃないんだが……ちょっと面倒でな。最近はソフィに会いに行くだけで拗ねる」
「……お兄ちゃん、それミアさんに何て説明したの」
「大切な子に会いに行く、と。突っ掛かってきたからお前には関係ないだろ、と」
「お兄ちゃんの馬鹿!」
何でそんな言い方するの! 邪推かもしれないけど、話を聞く限りミアさんお兄ちゃんに悪い感情持ってないよ! というか割と好かれてるでしょう!
そんな言い方してたら大切な人=恋人若しくは好きな人と誤解されても仕方ないよ。妹っていう一番大切な情報伝え忘れているのがかなり痛手というか。
もおお、とお兄ちゃんの胸をぽこぽこ叩くと「何故怒ってるんだよ」とショックを受けている。お兄ちゃんがシスコンなのが悪いんだよばか。
「あのねお兄ちゃん、その人はお兄ちゃんがちゃんと説明してくれなくてショックを受けてるんだよ?」
「……何で一々説明しなくちゃいけないんだよ。それに、妹に会いに行くのに説明とか要らないだろ……」
「そんなんだからお兄ちゃんはモテても知らない間に幻滅されるんだよ……?」
女の子の要求は高いのだ。お兄ちゃん顔は良いし器用で性格も悪くはないのだけど、私が関わると全てにおいて私を優先しだすから……。
もう少しその子の気持ちを考えてあげて、と思うものの、お兄ちゃんは私を溺愛してると公言して憚らない人だから、如何ともしがたい。優先順位を変えて欲しいというか。
べしべし、と叩くとお兄ちゃんは「いきなりそんな事言われても」と悄気て、それから私を抱き締める。
「オレは今のところ彼女の必要性はないから大丈夫だ」
「もう!」
おかしい、八年間の間は妹離れ出来ていたのに何で今になって妹にくっつきたがるのか。逆に離れすぎてて恋しくなったとか……?
頬を擦り寄せてくるお兄ちゃんに「もおおお」と言いつつも好きにさせる私。
……私は私なりにお兄ちゃんが好きだし大切だから嫌じゃないんだけど、お兄ちゃんにも幸せになってもらいたいというか、お婿さん姿を見たいというか。
お兄ちゃんにも好きな人と一緒に居る気持ちとか、知って欲しいのに。……知ったら私の気持ちも少しは分かってくれそうだし。
全く、と溜め息をつきつつ好きにさせる私。
そこで、小さなノック音が聞こえた。
「ちょっとライナルト、親方が何か言ってたのだけど一体、」
間髪入れずに開けられるドア。お兄ちゃん的にはいつもの事らしく止める事はなかった。
そうして入ってきて、固まったのは、綺麗なお姉さんだった。
私よりも、というか見た目ディアナさんよりも年上の、長身の美女というか。スラッとしたスレンダーな体つきに凛々しい顔立ちの女性だ。
黒に近い今の髪に同色の瞳は、なんというか、お兄ちゃんと並べると対照的というか。お兄ちゃんも私も色が薄いから、隣に並ぶと差が顕著になりそうだ。
その女性……多分、ミアさんは、紺の瞳を有らん限りに見開いて、私を見ている。わなわな、と唇を震わせて。
「……ッ」
それから、ミアさんは私に何も言わず、ただ何かを言い損ねたような空気の音だけをだして、部屋を走り去る。……あああ、滅茶苦茶誤解された気がする……!
「お兄ちゃん、追い掛けて!」
「え?」
「良いから追い掛けてって言ってるの! 早く!」
絶対誤解された、一瞬しか見てなかっただろうから顔立ちとか比べられなかっただろうし、あの人にはただお兄ちゃんが幸せそうに抱き付いてる姿にしか見えなかったと思う。
意味が分かってなさそうなお兄ちゃんの胸を叩いて訴えるものの、お兄ちゃんは戸惑うばかりだ。ああもう……!
「良いから早く! 行きなさい!」
「は、はいっ!」
訳は分かってなさそうなものの、お兄ちゃんは私が眦を吊り上げると慌てて追い掛けてくれた。
私はその場で額を押さえる。
……タイミングが悪いというか、そもそもお兄ちゃんが妹だって最初からミアさんに伝えてたらこんな事にはならなかっただろう。
お兄ちゃんの馬鹿。
溜め息をつきながら、ゆっくりと二人を追いかける。……私が居たら話がややこしくなりそうだし、先に話を通して貰いたい。
全くもう、とゆっくり歩いて工房に行きそこに居たディアナさんに「二人は?」と聞くと、何だか楽しそうに「外に行ったよ」と答えてくれた。
……ディアナさんもミアさんに妹だって伝えてくれたらこんな事にならなかったというのに。面白がってる節があるので、厄介だ。
というか外って何処に、と思いつつ外に出ると……店のすぐ横の路地から、口論の声。
そこか、とちらっと顔を覗かせれば……お兄ちゃんが、ミアさんを壁際に押し付けるというか、ミアさんを覆うように頭の横に両掌を着いて逃げられなくしている。律儀に足をミアさんの両足の間に入れて逃亡を不可能にしていた。
至近距離にミアさんは顔を真っ赤にしている。涙目なのは、さっきの光景のせいだろう。
「何で部屋に入ってきておいて逃げたんだよ」
「そっ、それは……その、ライナルトと恋人さんの逢瀬を邪魔しちゃ悪いと」
あ、やっぱり誤解してた。
お兄ちゃん、ミアさんの言葉に絶句したものの、やがて呆れた顔に。
「ソフィは妹だぞ、恋人とか有り得ないだろ」
「……え?」
「だから、妹。髪の色とか顔立ちとか、似てただろう。オレの可愛い妹だよ」
固まったミアさんに、そろそろ出番かと小走りで駆け寄る。
何だか誤解させたのがかなり申し訳ない。お兄ちゃんが大体悪いけど。くっついてきたのもお兄ちゃんだし。
ぽかんとするミアさんに、私は苦笑しながらぺこりと頭を下げる。あと然り気無くお兄ちゃんの背中をつねっておいた。
「えーと、初めまして……誤解させてすみません。妹のソフィです」
お兄ちゃんと隣に並んでいるから、ちゃんと見れば分かるだろう。私とお兄ちゃんは顔立ちが比較的似ているし、色合いはそのままそっくり鏡に写したみたいだもの。
よく、お兄ちゃんが女になれば私みたいになる、と言われるのはそのせいだ。
ミアさんは私とお兄ちゃんを見比べて呆然としている。
それから間違いに気付いたらしくて、さっと頬を染めた。またもやわなわなと唇を震わせているけど、今度はどちらかと言えば怒りの感情だろうか。
「ま……っ、紛らわしい……! あなたが大切な人って言ってたから!」
「説明もさせずに逃げたのはそっちだろう!」
「うっ。……でっ、でも、そんなべたべたするなんて思わないでしょう!」
「可愛い妹だぞ!? 見ろこの可愛さを!」
最近お兄ちゃんは兄馬鹿を拗らせてる気がする。妹としては止めて欲しい。
ミアさんも流石にお兄ちゃんの発言には引きつつ、でも私の方を見て何故か絶望的な表情を浮かべている。
小さく「ライナルトは可愛い系の方が好みなんだ……」と嘆きの声が聞こえたので、声を大きくしてそれは単に妹だから可愛く見えてるだけだと言いたい所だ。
それに妹だから可愛いのであって、女としての好みは、お兄ちゃんはどちらかと言えば綺麗系の方が好みなのに。
「……ライナルトはそういう可愛い妹系の方が好みだものね。私はそりゃあ可愛くないけど、」
「何で妹と比べるんだよ、妹は可愛いに決まってるだろ。ミアは可愛いというか綺麗の方が正確だろう」
「……っ」
……わあ、お兄ちゃん無意識に口説いた。
お兄ちゃんの言ってる事は確かに事実だし美人さんだな、と思うけど、大真面目に茶化さずに(無意識で)褒めてる辺り、天性のたらしである。お兄ちゃん、そういう所もモテる一因だ。……まあそれがカバー出来ない程に兄馬鹿なんだけどね、うん。
かあっと頬を赤らめたミアさんに、お兄ちゃんは「そもそもジャンルが違うのに可愛さを比べても仕方ない」と本気で言っている。
……言う事は真っ当なのに、その後に「まあ妹は可愛いから比べても仕方ない」とか言うから残念なのだ。
綺麗、と言われた事を反芻しているミアさんに、ああこれは本当にお兄ちゃんに惚れているんだな、と確信しつつ、私はやんわりと微笑む。
「誤解も解けた事でしょうし、戻りましょうか」
そう提案して、私達は工房に戻る事にした。
因みに若干惚けていたミアさんにお兄ちゃんが心配してそっと肩を支えて、更に頬に朱を追加させたので、お兄ちゃんはたらしだな、と思いました、まる。




