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親方さんは真っ赤な人

「お兄ちゃんお兄ちゃん、私お兄ちゃんの住んでる所行ってみたい!」


 折角お兄ちゃんとお出掛けというなら、いっそお兄ちゃんの仕事場とか家に行ってみたい。お兄ちゃんはいつもうちに来るばかりでお兄ちゃんの住んでる所とか教えてくれなかったし。

 ちゃんとお兄ちゃんが健康な生活を送れているか、妹としては気になるのだ。お母さんも私に気をつけてあげてねと言ってきたし。


「ええっ、オレの家……? 住み込みしてるから、親方の許可がなあ……」

「……駄目?」


 やっぱり渋ったので「そっかあ駄目かぁ……」と眉を下げると、お兄ちゃんは暫く唸った後に「工房に親方居るから聞いてみてからな」と譲歩してくれた。やったね!


 お兄ちゃんの生活チェックとは言わずに喜んでおくと、お兄ちゃんは何だか嬉しそうで「そうかそうか、俺の事気にしてるのか……」と染々頷いている。

 うん、気になってるよ、お兄ちゃんの生活態度とか居候先の方にご迷惑かけてないかとか。


 そういえばお兄ちゃん、オレの所においでって言った割に、住み込みなんだ。

 ……多分、私引き取ったらそこを出ようとしたんだろうなあ。お兄ちゃん、そういう所はしっかりというか、本気になったらやっちゃう人だから。

 お兄ちゃんの人生なんだから、私という重荷を抱え込まなくても、良いのにね。




 お兄ちゃんに案内されてお兄ちゃんの住まわせてもらってる工房に出向いた……というか、馬車使った。反対方面なので遠い遠い。よくお兄ちゃんこっちにきてるな……。

 近場で下ろしてもらって、それからお兄ちゃんが働いている工房に歩いていけば到着した。


 心なしか、お兄ちゃんの顔が強張ってる。


「……どうしたの、お兄ちゃん」

「いや……親方、休業日も工房にこもってるんだけど、邪魔するなとか言われそうでな……」

「結構気難しい人?」

「気難しいというか……何というか、常人とは違う人だな、と」


 お兄ちゃんを以てしてそう言わせるのだから、相当に変わった人なのだろう。一体どんな人なんだろうか。


「親方、ちょっと良いで、」

「うるさいわね! 今良いところなんだから黙ってて!」


 工房に入ったお兄ちゃんが最後まで言い切る前に、お兄ちゃんの顔面にタオルが飛んできた。

 それは水に濡れていたらしくべちゃ、と湿った音を立ててお兄ちゃんの顔面に着弾した。ぐはっ、というお兄ちゃんの声に戸惑うと、奥から更に声が飛んでくる。


「この馬鹿、休日はアタシの作業時間だって言ったでしょ! 用があるなら後にして頂戴!」


 高い、良く通る声だった。

 それは、親方という呼び方には相応しくない程、澄んだ女性の声。……あれ、もしかして親方って。


「親方、邪魔したのは重々承知してます。作業の手は止めなくて良いので聞いて下さい」


 いつもの事らしく、微妙に涙目ながらも毅然と(?)立ち向かっていくお兄ちゃん。私を連れて奥に進むと、奥には様々な工具が置かれていた。

 そして、作業台に向かっているのは、赤毛の女性だった。

 ――というか、女性というより……私とそう変わりないような、幼さの残る少女といった風貌だったのだけど。


 どう見ても、二十歳は超えてなさそうな女の子。燃え上がるような赤毛に、紅の瞳。何処かで見た事がある色合いの少女だった。


「……ディルクさんそっくり」

「――ディルク?」


 そこで、少女が手を止めて顔を上げる。

 溌剌とした、自信に満ち溢れた顔付き。ややつり目がちだけど、とても整った顔立ちで……やっぱり、見覚えがあるというか。


「あなた、どなた? うちの弟を知ってるの?」

「弟……えっ」

「ディルクはうちの愚弟なのだけど」

「えええええええ!?」


 うそだ、お兄ちゃんの親方さんがディルクさんのお姉さん!? 世間狭くない!?

 ……というか待って、ディルクさんって確かうちのお兄ちゃんと同い年くらいだった筈。彼女どう考えても私と同い年くらいにしか見えないんだけど……!?


 お兄ちゃんは私が絶句する様を見て「親方と関わりがあったのか」と聞いてくる。関わりというか、彼女のお話が本当なら、この人は私が色々と迷惑を被ったり逆にかけてしまったディルクさんのお姉さんという事で。

 ……一体幾つなんだ、とは流石に女性には聞けない。


「ええと、私ディルクさんの知り合いと言いますか……オスカーさんの弟子です」

「あのオスカーが弟子を……ああそう言えば風の噂で聞いた事がある気がする。んで、ライナルト、何でこの創作意欲を掻き立てるこの少女を何であんたが」

「妹です、顔見れば分かるでしょう」


 お兄ちゃんは呆れ気味に答える。彼女はそんな態度を生意気だと思ったらしく、言葉で「生意気な」と言いつつ今度は雑巾を投げ付ける。

 流石にこれは当たりたくなかったらしく、お兄ちゃんはギリギリで避けていた。


 まあ、お兄ちゃんの言い分も分からなくはない。

 私とお兄ちゃんは、瓜二つという訳ではないけど、顔の系統は似ている。お兄ちゃんは整ってるけどやや中性的というか、言ってしまえば童顔なのだ。

 どうやらまだ二十代超えてないと言われるらしい。もう二十四とかな筈なのに。


「……妹」


 彼女は、ちょっと眉をひそめていたけれど、私の視線に気付くと柔らかい表情を浮かべた。


「この子が弟子に来てくれればよかったのにな……」

「出たよ親方の悪い癖。可愛い子好き。まあオレの妹は可愛いですからね!」

「ほんと何で野郎が来たんだろうね! アタシは女しか弟子を取るつもりはなかったってのに!」

「親方が勝手にオレを女と勘違いしたんでしょう!」

「うるさいな! あんたが女顔で髪伸ばしてたのが悪い!」


 お兄ちゃんはまあ兄馬鹿だとして……可愛いと見ず知らずの人に思われるのはら何だか擽ったい。


 ……さておき、二人の話を聞いてると最初は勘違いでお弟子さんにしたらしい。よく考えれば、それはお兄ちゃんにも可愛いが当てはまった、という事に他ならない気がする。

 まあお兄ちゃん、顔立ちが顔立ちだし、あの頃はちょっと後ろが長かったし、そもそも声変わりがまだだったらしく声も高かった。誤解されても仕方ないのかも、しれない。


 どう止めたものか、と悩む私に、お兄ちゃんも私が戸惑っているのに気付いたらしく、一旦口論を止めた。


「ほら親方、ちゃんと挨拶してくださいよ」

「言われなくてもするよ。……アタシはディアナ。愚弟がご迷惑かけただろう」

「えっ、聞いてるのです?」

「あいつは大抵余計な事をしでかすからね、何かやらかしたんだろう」

「それは親方にも言えるんじゃ」

「お黙り」


 今度は本が飛んできたのでサッと避けるお兄ちゃん。ディアナさんは舌打ちをしているので思い切り当てるつもりだったらしい。


 過激そうなのはある意味でディルクさんに似ている。ただディルクさんは……うん、下手れっぽそうだけども。

 ただ、やっぱり姉って言われてもしっくりこないんだよなあ……妹がぴったりだ。若々しすぎる。どんな魔法を使ったらこんなに若いままで居られるのだろうか。


「でも、びっくりです。ディルクさんのお姉さんだなんて信じられません、てっきり妹かと……」

「親方は若作りだから……げぶっ」

「追い出すわよ」

「お兄ちゃん最低」


 流石に女性に向けちゃいけない言葉を向けたお兄ちゃんは許しがたいので、肘を打ち込んどいた。ディアナさんも引き攣った顔でお兄ちゃんに近付いては脛を蹴飛ばしている。

 見知ったばかりだけど今心は通じた気がするよ。


 踞って脛を押さえるお兄ちゃんを冷たい瞳で見下ろしたディアナさん。そのまま追い討ちをかけそうな感じだったので、まああまりやり過ぎても困るのでやんわりと庇ってあげる事にした。


「ええと、そうだディアナさん。お兄ちゃんのお部屋に入っても大丈夫ですか?」

「そりゃ構わないけど……どうしたんだい」

「生活チェックしようかと思って」


 お兄ちゃんの住まいをチェックして、もしあれならお掃除とかしなきゃと思ったのだ。まあ、お兄ちゃんは自活出来る方だったので大丈夫だとは思うのだけど。


「おや、お兄ちゃんの生活が気になるんだねえ。怪しいものがないかチェックするのかな?」

「いえ、ちゃんとしてるのか確かめようと思って」

「あー、その点なら大丈夫だよ。ミア居るし」

「ミアは関係ないでしょう。……ほら、ソフィおいで」


 ミア? と首を傾げた時には、お兄ちゃんは立ち上がって私の手を引く。

 どうやら女性の名前みたいだけど……お兄ちゃんに関係あるのかな。でもお兄ちゃんは彼女とか居ないって言ってたし……。


「部屋に入れますからね」

「はいはい。ああそうだ、もうそろそろミアが買い出しから帰ってくるから」


 ディアナさんの言葉に、お兄ちゃんはただ私の手を取って横をすり抜けて、奥の方に向かうのだった。

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