弟子の試験
弟子にも幾つかランクがあるらしく、今回は今の何もない状態から一ツ星に昇格、という事らしい。まあ受かったら、だけどね。
早速翌日に協会にオスカーさんと向かって、手続きを取るのだけど――。
「そもそも試験って何なんですか」
「試験か? そうだな、一つ目の試験はそう難しいものでもなかった筈だ、が……」
「が?」
「……ユルゲンが出張るそうなので、俺にはちょっとどうなるか分からない」
「変則的過ぎません!?」
普通試験って一定じゃなきゃ意味がないよね!? しかもユルゲンさん直々にするとか聞いてない!
どういう事ですか、とオスカーさんに縋りつくと、オスカーさんも「俺も知らん」と返すからどうしていいものか。
試験であるならば基準が一定でなければ成り立たないだろうし、反発があるかもしれない。もしかしたらわざと試験を緩くして通りやすくしたのか、という疑いを持たれても堪らないのだ。
多分ユルゲンさんは手を緩めたりはしないと思うけど、それでもあらぬ嫌疑をかけられるのは嬉しくない。
うう、と唸る私に、オスカーさんは「まあ頑張れ」ととても他人事な応援をくれた。
試験を行うらしい地下室は、広くて密閉された空間だった。魔法が外に漏れないように、との事で、うちの地下と繋がる感じがある。
真っ白な部屋に魔法で照明が付けられた部屋に、私とユルゲンさん、それからオスカーさん。他には誰も立ち会わないらしい、というか立ち会ってもらって私の体質をもしも知られると嬉しくないから、良いのだけど。
その部屋の真ん中に、小さなテーブルが置かれていた。
何て事のない、木製のテーブル。その上に、片掌に軽々と乗せられる程の大きさの、宝箱のようなものが置かれている。
ユルゲンさんは、そのテーブルの隣に立っていた。
「やあソフィちゃん、早速受けに来てくれたんだね」
「どうせ後回しにしても受けるのには変わらないので。……これは?」
「今日の試験に使おうと思って」
にこやかな笑顔のユルゲンさん。
それから、その笑顔を保ったまま、そっと箱に触れようとして、そして何かに阻まれたように見えない空間に手をつく。
まるで丸いものの表面に手を置いたような体勢のまま此方を見てきて。
「今日はそんなに難しいものじゃないよ。……この箱を此処から取り出す、それだけ」
「……何か障壁、張っているのですか?」
「そう。どうにかして、中のものを取り出してごらん」
それが今日の試験、と言われて、色々な意味で拍子抜けしてしまった。
試験って、もっと厳かなものというか、厳しくて、大変そうなものを予想していたんだけれど……まさかの、箱を取り出せ。簡単なものではないんだろうけど、なんというか、想像と違った。
「ちょっと硬いけど、ソフィちゃんなら大丈夫」
「おい、それは」
「オスカー、アドバイスは駄目だよ。君は、見てるだけ」
オスカーさんが私に声をかけようとして、ユルゲンさんに遮られる。
そっか、もう試験なのだから、師匠のアドバイスを貰う訳にはいかないよね。オスカーさんの力を借りずに、一人で考えてしなきゃいけないんだから。
心配そうというか、何かを言いたげなオスカーさんに「大丈夫です、頑張りますね!」と声をかけるのだけど、それでもオスカーさんの気は晴れていない。
そんなに、この試験方法に問題があるのだろうか。
「あ、中はオスカーの大切なものが入ってるから壊さないようにね」
「おい待て何入れやがった!?」
「さあ。気を付けて取り出してね」
「し、師匠、頑張りますね!」
おまけにユルゲンさん(というかオスカーさん)からプレッシャーをかけられて、これは頑張るしかないと改めて胸に刻む。
何が入ってるのかオスカーさんにも分かっていないようだけど、取り敢えず真面目にしなければもしも取り出せても破壊していたなんてなりかねない。
多分私の本気を出す為にそんな条件つけたんだろうけど、何気にユルゲンさんって酷いよね。
優しいしふんわりした人だけど、目的の為にはどんな手段でも辞さない人、というのが私のユルゲンさんに対する印象だ。良くも悪くも、他人への影響は二の次、という事なのだろう。
別に嫌いじゃないし優しい人だとは思うんだけどね。……まあ、結果的にオスカーさんを一年半も向こうに行かせた元凶でもあるので、ちょっと怒ったりはしたけど。
まあさておき。
これをどう突破したものか。
私とユルゲンさんは入れ替わりのように場所を交代して、私がテーブルの前に。
宝箱のようなそれは、試しに触れようとしても箱を覆うようにドームが形成されていて、物理的に阻まれる。
ガラスかなにかを触っているような感覚に近い。指の関節で叩いてみると、コンコンと硬質な音が返ってくるので、多分かなり硬いのだろう。というか、硬くないと試験にはならないだろうから。
さて、どうしたものかな。
手段は問われていないらしく取り出せれば良い、という事なのだ。まあ中身まで壊さないように、というのが追加されてるけど。
試験だから魔法で対処するべきだとは思うので、取り敢えずは魔法を撃って反応を見る事にした。
少しだけ離れて、それぞれの属性の魔法を、障壁に向けて放つ。
火、水、風、地、あとそれから複合属性なんかの魔法をぶつけてみるのだけど、ビクともしないというか、弾かれる……というか、無効化されるのだ。
溶けないし、濡れないし、切れないし、砕けない。
物凄く硬くて、思わずむかついて殴ったら拳だけ痛くて泣きそうになった。離れた場所で「馬鹿が居る」とかオスカーさんが言ってるけど、馬鹿じゃないもん。鬱憤を込めて殴ったんだもん。
むぅ、と唇を尖らせて、今度はそっと触れる。
……ちゃんと、学んだ事を、生かさなければならない。試験なのだから、私が成長した事を見せなければならないのだ。やみくもに撃っても壊れそうにないのだから、ちゃんと調べる所から取り掛かろう。
触った感じ、障壁というか、魔力の塊が覆いをしている。凄く、濃い。ユルゲンさんの魔力を感じる。
これもしかして本気で固めたのかな、いやそんなまさか、小娘の初めて試験で本気出す程じゃないよね。
つぅっと撫でると、滑らかな表面。引っ掛かりのない半球状のそれは、何となく薄いものに思える。但し凄く硬いけど。
「ユルゲンさん、これ思い切り固めましたよね」
「手加減はしてあるよ」
「嘘だぁ……」
これで手加減とか、ユルゲンさんっていったい何者。……ああいや、魔法に特化したエルフの血を継いでるから、仕方ないのかもしれないけど。
むむ、と唸りつつ、ゆっくりとなぞる。
……これは、多分魔力の塊と言っても差し支えないのだろう。それだけ緻密に練られたもの。
だとすれば、同じ魔力を当てれば相殺出来ないだろうか。
同じような量、同じ質の魔力をぶつけた場合、互いが互いを打ち消し合う作用がある、と本に書いてあった。
私は、魔法そのもの、魔力の塊のような存在だ、と例えられる事がある。そういう体質で、そういう魂を持っている、と。
――ならば、私ならばこの凝り固まったものを、消す事が出来るのではないだろうか。
ふわ、と自然とスカートが空気を含んだように浮かび上がる。
髪も風に揺らされるようにふわりと浮いては揺れる。私から巻き起こる魔力の流れに乗るように、ゆらゆらと揺らめいて。
そっと、障壁を撫でる。
濃密な魔力で作られた、隔たり。その魔力と釣り合う程の魔力を放つとなると、難しいというか、常人では出来ない筈なのに……何故か、今の私になら出来る気がした。
三年も、脇目を振らず頑張ってきた。オスカーさんに褒められたいって、そんな即物的な願いが私を走らせたのだけど。魔法使いになりたいのと同じくらいに、ううん、それ以上に、私はオスカーさんに認められたかった。
そして、それは試験という形で、今少しずつ果たされようとしている。
だから。
「――邪魔」
ぐ、と指先に少し力を込めて押すと、水が弾けるような音がする。
気付けば、手に触れていた抵抗は、なくなっていた。
テーブルの上には、今度こそ何も遮るものがなくなった箱がひとつ。……あ、と息が漏れた次の瞬間には、私はその箱を引っ付かんでオスカーさんに駆け寄っていた。
「師匠師匠、割れました! やりました!」
笑顔でオスカーさんにその箱を差し出すと、オスカーさんは酷く戸惑った顔をしていた。
……あれ、どうしてだろう。ちゃんと壊さずに、箱を取り出せたのに。これじゃ駄目だったのかな。
「……駄目でした? 不合格?」
「いやいや、合格だよ。ほらオスカー、ちゃんと祝ってやらないと」
「あ、ああ。……まさか全体を相殺するとか思ってなくて。……頑張ったな」
ぎこちなく笑って頭を撫でてくれたオスカーさん。
駄目だったのかなあ、と悄気ると慌ててぎゅっとしてきてくれたので、安堵して箱を大切に抱えたまま頬擦りしておいた。……オスカーさんの大切なもの、壊せずに取り出せて良かった。
……あっ、思い切り掴んで走ってきてしまった気がする。
「おや、オスカーはソフィちゃんには遠慮ないんだね」
「っう、うるさいな! お前は黙ってろ!」
「あの、師匠師匠、この中身もしかしたら壊したかもしれません、走っちゃって……」
「ああ、中身はそう簡単に壊れる物じゃないから安心して。ほら、ソフィちゃんが開けてご覧」
そう言われて、オスカーさんにくっついたまま箱を開くと、中には小さな石が入っていた。
親指の爪程の、綺麗な紫の石。まるでオスカーさんの瞳の色みたいだ、と思ってしまった。
「……これ」
「昔作ったの、覚えてるかい? まあ君は『弟子なんか持たないから』と言って投げ捨ててたんだけど、今なら必要かなって」
「……取ってやがったのかよ」
「そりゃあ義息で大切な弟子が初めて作ったものだからね」
ふふ、と笑うユルゲンさんに、オスカーさんは何だか気まずそうに口をもごつかせる。それから、そっと箱の中の石を手に取った。
照明の光に翳すと、紫の石は綺麗な輝きを見せる。何だか、オスカーさんは眩そうにそれを見ていた。
「……それ、何ですか?」
「魔力を結晶化させたものだな。……弟子の卒業時に送るのが、慣例だ。練習で作らされたんだが、まさかまだ持ってるとか思わなかった」
「それ、私が卒業する時にくれるんですか?」
「流石にこれは魔力の練り方とかもお粗末極まりないからやらん。作り直す」
懐に仕舞おうとするオスカーさんをじーっと見てると「なんだよ」と眉を寄せている。
多分この分だと、オスカーさん帰ったら捨てちゃいそうなんだもん。昔を思い出して恥ずかしそうで、石を複雑そうに眺めていたから。
「いいなーって。師匠の瞳の色みたいで、凄く綺麗です」
きらきらしてて綺麗なのになあ、とオスカーさんが指で摘まんでいた石を見詰めていると、オスカーさんはまた唇をもごりと動かす。
じー、と見つめてたら、オスカーさんは溜め息。
それから、私が手にしたままの箱の中に、そっと戻した。
「ユルゲン、この箱は試験を通ったこいつのものだよな」
「ふふ、そうだね」
「……じゃあ、この中身もお前のもので良い。俺は関与しないし、それはただの塊だからな。卒業の証じゃない」
そう言ってそっぽ向いたオスカーさんに、私とユルゲンさんは顔を見合わせて笑った。まあ、オスカーさんに「何笑ってんだよ」と怒られたのだけど。




