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寝起きの師匠は凶暴です(?)

 朝起きて直ぐ側にオスカーさんの寝顔があって、一番に好きな人の顔を見れたのは嬉しい。

 そういえばオスカーさんのお部屋で寝たんだっけ、と昨夜の事を思い出しながら胸を暖める早朝なのだけど、……どうしよう。思ったより抱擁ががっちりしてて抜け出せないというか。


 互いの脚を絡めるように挟み合ってるし、オスカーさんの腕にぎゅっと抱き締められて、拘束されている。離すまいとしたのか、かなり強い力で抱き締められているので、ちょっと起こさずには抜けられそうにない。


 困ったなあ、なんて口の中で呟きを飲み込みつつ、自然と口は緩んでしまう。


 もう少し、寝てても良いんだよね。オスカーさんの寝顔も見放題だ。素晴らしい朝である事は間違いない。

 このまま行けば用意が朝食ではなく昼食になる事が予想されるけど、私悪くないもん。オスカーさんがべったりなのが悪いのだ。


 取り敢えず起きても寝惚けているのは確実だし、暫くむぎゅむぎゅされるだろう。覚醒したら大混乱に陥るのだろうな、と想像すると愉快で、むふむふ笑いながらそのままオスカーさんの腕の中を堪能した。




 予想通りオスカーさんは遅い時間に起きて寝惚けた。誤算だったのが私も本気で寝てしまって、同じように本気で寝惚けてしまった。

 二人して寝惚けてしまい、オスカーさんは首筋に噛み付くし私は私で擽ったくて本気で頭突きをかましてしまうし。


 かぷ、と優しく噛んでいたのだけど、私が思い切り横に頭をぶつけたので力加減を謝ったらしく思い切り歯形がついた。オスカーさんも私も頭をぶつけた痛みで朝から……違う、昼から呻く羽目になった。


「……ええと、ごめんなさい。大丈夫ですか?」

「……寧ろこれは俺が謝るべきでは……」

「そんな痛くないから大丈夫ですよ」


 オスカーさんもわざとではないし、まあ血が出た訳ではないので、大丈夫だ。その内消えるだろう。

 それより頭を押さえているオスカーさんが心配だ。私、石頭だから相当に痛かったのだと思うけど。


「えーと、氷作りましょうか?」

「いい……寝惚けてた俺が悪い。逆に目が覚めて助かった」

「そうです?」


 まあオスカーさんが目覚めた、なら良かったのだろうか。

 本人は構わなさそうというか逆に申し訳なさそうで、そんなに噛み痕が気になるのかな、とそっと首筋を撫でる。

 結構、くっきりついてはいる。地味に痛いけどまあ、泣く程って訳でもないし。


 でもオスカーさんが申し訳なさそうだったので、じゃあ、とオスカーさんの首元の噛み付いた。

 びくり、と体を揺らすオスカーさん。そのままかじかじしておいた。

 唇を離すと、ほんのり型が付いている。といっても、直ぐに消えちゃうだろうけど。


「はい。これで師匠も私に頭突きしてくれたらおあいこですよ」


 オスカーさんがあまりにも気にしすぎるから、こうするしかないと思ったのだ。

 さあ頭突きどうぞ! と待ち構えると、オスカーさんは頭突きをかます前から頭を抱えた。まだ頭が痛かったのだろうか。


 おろおろ、とオスカーさんを見守っていると、オスカーさんは暫くした後深く溜め息をついて、それから両肩を掴む。

 頭突きの体勢だ、ときゅっと目を閉じた私。


 そしてやってきたのは、こつん、と優しく額を触れ合わせる感覚だった。


「……ばーか」


 小さく、そんな声。

 瞳を開けると、額を合わせたまま、オスカーさんは困ったように、けどからかうように、笑っていた。


 ――とく、と胸の奥が、疼く。

 どうして、だろう。もっと顔が近い事はあったし、何ならさっき寝ていた時の方が近かったのに。


 今の方が、どきどき、する。


「……何ですか師匠、ちゅーでもしてくれますか?」


 何だか気恥ずかしくて、からかうような事を言ってしまって、オスカーさんは「あほか」と呆れた声で離れる。

 それにほっとするようで、少し残念な気分だ。


 あっさりと離れてそっぽを向くオスカーさんに、私は慌てて立ち上がる。ちょっぴり、居た堪れない。


「その、ご飯作ってきますね! 師匠、服お返しします!」


 借りていた服を返そうと前を開けると「今脱ぐなあほ!」と怒られてしまった。中に寝間着着てるから平気なんだけどな。


「あ、そうですね洗って返さなきゃ駄目ですよね」

「お前ずれてるよなほんと」


 オスカーさんの焦ってるんだか呆れてるんだか分からない顔。今回のは、ちょっとだけ、わざとだけど。

 怒られたので自室に一度戻って着替える事にした。




 身支度をしてからご飯を作って、食事を済ませて、一息。

  ……朝から、……昼から? 騒がしかったけど(自分が原因で)、漸く落ち着けた。

 オスカーさんも隣でコーヒーを飲んでいる。私がつけた歯形は、既に消えていた。私はまだ残ってるので、首にくっきりと見えるのだけど。


「……そういえば、ユルゲンの野郎が『そろそろ昇級見極めでもしろ』とか言ってたな」


 唐突に切り出された言葉に首を傾げると、オスカーさんは「言ってなかったな」と私に向き直る。


「弟子にもまあ制度があってな。卒業は一定ラインの水準を超えればあとは師匠の采配で卒業させられるんだが……その一定ラインは、協会が決める。不出来な人間に『魔法使い』という名を名乗らせては協会の威信に関わるとか何とか。それなりに地位ある職業だからな」

「もしその水準を満たせなかったら……?」

「まあ数回は大丈夫だろうが、あまりにも繰り返してると能無しの烙印は押されるな。どうしても駄目なら弟子の身分剥奪。弟子には補助金とか出てるし、協会も慈善事業じゃないからな。最初から門戸は狭いし、結構に厳しいぞ」


 私は駄々をこねた結果、比較的あっさりと入ってのほほんと過ごして来たけれど……よく考えれば、魔法使いという人は滅多に居ないのだ。

 魔法使いに囲まれて過ごしていたから忘れがちだけど、魔力を持つ人自体が稀有なのだから、当然魔法を使う事を生業とする人も少ない。

 その上、魔力があるからって、魔法使いになれる訳じゃないのだ。


「魔法使い、という名は、お前が思うよりずっと重いし貴重なものだからな。簡単には魔法使いの名を名乗らせてはくれない……と、言いたいんだが、お前は別だな」

「え?」

「や、お前を魔法使いにしないなんて勿体ないだろう。大損失だ」

「そこまで言わなくても」

「お前、自分の価値が分かってないから、そういう事言えるんだよな」


 呆れられたけど、自身の価値、と言われてもぴんとこないというか。

 そりゃあ、特別なんだという事はオスカーさんに説明されたし、何となく分かるんたけども。自分じゃこれが普通、っていう認識が強いし、そもそもオスカーさん以外の魔法なんて滅多に見ないから、凄いのかどうかいまひとつ分からないのだ。


「お前なら、俺の位まで登り詰められるだろ」

「魔法使いにも序列というか、位があるんでしたっけ。……因みに師匠は?」

「一応、最高位だぞ。嫌われものな上ユルゲンの使いっ走りしてるけどな」


 だよね、そうだよね、オスカーさん滅茶苦茶強いもんね! 気にした事あんまりないけど、オスカーさんかなり凄い人だよね、転移ってすごく難しいって聞くのに条件はあるけどホイホイ使うし!

 予想は出来たけど、実際に聞くと色々と驚く。

 ……普通にべたべたしてるし、照れ屋さんで割と人見知りなオスカーさんって、あんまり威厳ないし。


「……師匠、凄いんですね」

「体質のお陰だけどな。あと、ディルクも一応最高位だ」

「えっ意外というか、あんなに落ち着きないというか愉快な人なのに」

「実力に人格は関係ないというのがよく分かる例だな。俺もディルクも、ろくでもないから」

「……二人共、威厳と言われるとうーんとなっちゃいますけど、いい人だと思いますよ?」


 まあかなり失礼な感想を言っているけど、オスカーさんは勿論の事、ディルクさんだって何だかんだいい人だ。


 最初は何この人、と思ったけれど、話してみれば、なんというか……クラウディアの言葉を借りるなら『愛すべきおバカさん』というか。強引だけど結構親切だし、優しい。オスカーさんの留守中私の事を気にかけてくれていたし。

 何気に、頭が上がらない人だ。普段は結構上下関係とかなく接しちゃってるけど?


「……お前、大分ディルクに対して態度軟化してるよな」

「ふふ、一年半お世話になりましたからね」

「ぐっ」

「気にしなくて良いですよ。……それより、その昇級的な事、受けなきゃ駄目なのです?」


 もう責めたりはしないので、取り敢えずその昇級なるものを受けるべきか否かを教えて欲しいのだ。

 オスカーさんは、私の問い掛けに「まあどちらでも良いが、その内受ける事にはなる」と返した。


 ……ふむ。あんまりオスカーさんを待たせるのも悪いよね、どちらにせよ受けなきゃいけないなら、受けるべきなのかもしれない。


「じゃあサクッと受けてきます!」

「サクッとって……お前、自信満々だな」

「自信満々というか、ユルゲンさんが提案して師匠が私にそう切り出したなら問題ない実力にまで達しているという事なのでしょう?」


 オスカーさんは、無謀な事はさせない。確実性を求める人だ。なら私に提案したのだって、大丈夫と踏んだから私に言ったに違いない。


「それに、私ちゃんと頑張ってきましたから。何となく、大丈夫とかなって」


 根拠のない自信なんですけどね、と笑うと、オスカーさんも何だかおかしそうに笑った。


「じゃ、受けるか。サクッと終わらせられるんだろ」

「頑張りますから!」


 何だかあっさりと試験を受ける事に決まってしまったけど、多分、大丈夫だろうという予感がしたので、胸を張って頷いた。

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