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弟子の欲しいもの

「お前、何か欲しいものあるか?」


 私の誕生日一週間前にして、師匠はそんな事を言った。


 突然だったので瞳をぱちりと瞬かせると、師匠は「お前の誕生日だろう、プレゼントしない程ケチじゃない」と言い訳のようにそっぽを向く。……師匠なりに、考えてくれたんだ。直接聞いちゃうのは師匠らしいというか。


 前回……じゃない、前々々回は、ピンキーリングを貰った。蔦の意匠のそれは、当時は少し大きかったけど今ではぴったりで、ちゃんと毎日着けている。


「そうですね。欲しいもの、ですか」

「ああ。何かあるか?」


 サプライズよりも確実に喜ばせる方を取ったオスカーさん。

 それは良いのだけど……欲しいもの、と言われてもなあ。欲しいもの、といっても、私ってそんなに物が欲しいって訳でもない。

 物欲がない訳じゃないけど、基本的にものより精神的な充足を求める事が多いので、これといって欲しいものがなかったりする。


 けどオスカーさんは何か言わないと納得しないだろうなあ。気遣いは嬉しいんだけど。

 ……望みを叶えてくれる、という取り方をしても良いのかな。


「……我が儘言って良いですか?」

「俺に出来る事なら」

「えっと、その……ものじゃないんですけど。十三歳の時は、夜しか一緒に居られなかったし、十四歳十五歳の時は、師匠居なかったから……」

「ごめん、ほんとごめん。今度は居るし事前に用意するから」


 十四歳十五歳の時は、代わりにテオやイェルクさん、ディルクさん達から祝って貰った。

 オスカーさんが居ない事を皆が帰った後一人で嘆いたけど、もう昔の事だ。今更責めるつもりはない。オスカーさんはかなり罪悪感を感じてるようだけど、私は文句を言いたいのではなくて。


「だから、今年は……ずっと、一緒に……居てくれますか?」


 私の望みなんて、たかが知れている。ただ、居なかったからこそ、今年は居て欲しい。それだけなのだ。

 寂しかったし悲しかった、孤独に慣れてしまったけど、それでも寂しいものは寂しい。だからこそ、今年は……一緒に、過ごしたい。


「……それだけか?」

「それ以上に幸せな事を私は知りません」


 物を貰ってもそう簡単に満たされないけれど、側に居てくれたら、私はきっと幸せで溢れかえるだろう。

 単純と言われればそうなのだけど、好きな人と一緒に過ごせるというのは、とても幸せな事だと思う。今まで出来なかった分、一緒に居られたなら良いな。


 そういう願いを込めてのお願いだったのだけど、オスカーさんは絶句していた。

 何か言葉を口にしようとして、でも出来ずに固まったような、そんな表情。視線が合うと、うっすらと赤らむ頬。


 ……恥ずかしい事言ってる自覚はあるのだけど、聞いていたオスカーさんはもっと恥ずかしかったようだ。


「駄目、ですか?」

「……ああもう。そんな事言われなくても実行するつもりだったんだが。お前はもうちょっと欲を出せ」


 髪をぐしゃっとされたけど、欲を出せと言われても困る。

 実際それで充分なんだけどな……でもオスカーさんが気にするだろうし……ううむ。


「欲……あっ、じゃあイチゴタルト食べたいです!」

「お前の欲は小さいな、ほんと」

「だ、だって……欲しいもの、殆ど手に入れてるし……。魔法使いになる夢も、師匠帰って来て欲しいってお願いも、叶ってますから。だから、良いかなって」


 私は、充分に幸せ者なんだもん。

 小さい頃からの夢も叶いそうだし、ずっと望んでいたオスカーさんの帰還も叶った。大きな望みなんてそれくらいだもん。


 ……まあ、もう一つあるけど、それは願って叶えるものじゃないというか……私がちゃんと振り向かせないといけない。

 お嫁さんにもずっと憧れてるけど、オスカーさんはそういうのとか要らなさそうだし、私をお嫁さんにしてくれる程好きになってくれるかどうか。


 まあ、なのでオスカーさんに願えるのは側に居て、くらいなものだし、私はそれで満たされるのだ。


「……これだけじゃ、駄目ですか?」


 隣に座っているオスカーさんの顔を覗き込んで首を傾げると、ふいっと恥ずかしそうに目を逸らされた。


「お前は願う立場なんだから好きにすれば良いだろ。……欲がないとは、思うが。二年分の我が儘くらい聞くし」

「特にないんですよね、これが。……また後で考えちゃ駄目です?」

「お願い権として取っておくってか。まあ構わんが。誕生日二回放り出してたから、二回分な」

「はい!」


 二回も好きにお願い出来るなんて贅沢だな。今は欲しいものも

して欲しい事もないけれど、いつか使える日が来るのだろうか。まあ使わなくてもオスカーさんは何となく、ある程度は叶えてくれそうな気がするけど。


 ふふ、と笑ってご満悦感を露にしている私に、オスカーさんは何だか呆れた顔をしていた。


「……まあ良いけどさ。普通、ご馳走とか、装飾品とか、ねだるんじゃないのか」

「イチゴタルトねだりました」

「……安いよなお前」

「イチゴには計れない価値があるのですよ師匠」

「はいはい」


 肩を竦めて流しているけど、私にとってはそうなのだ。

 イチゴは美味しい。食べたらなくなってしまうけれど、良いんだ。……一緒に食べる、というのが一番幸せなのだから。


 イチゴタルトも美味しくて、オスカーさんと一緒に食べられる。ほら、凄く幸せだ。好きな人と好きなものを食べる幸せ、いつか分かってくれたら良いなあ。出来れば、相手が私だったら良いのだけど。


 オスカーさんには子細を言わず、ただ笑って「楽しみにしてますね」とだけ告げた。

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