帰宅と、一つの宣言
結局、オスカーさんが私の事をどう思っているのか、正確には分からないまま、滞在を終える事になった。
多分、だけど、オスカーさんは悪しからず思っているし、ちゃんと異性としては見てくれている、筈。好き、と言ってくれないけれど、執着はしてくれているらしい。
まあ、長期戦になると思っていたし、今すぐに「好き」と言って貰う必要はない。……まあ好きになってもらえたら、凄く嬉しいのだけど。
いつか、好きって言わせてみせる。ずっとずっと、オスカーさんの側に居る事を夢見てきたのだから、まだまだ待てるもん。
ただ……今は、他に言って欲しい事があるのだけど。
「馬鹿弟子、準備は出来たか?」
「はい、師匠」
弟子でなくなったその日には、言ってくれるのかな。
「ソフィ、もう帰ってしまうのか……?」
私達が帰るという事で、お父さんは早速名残惜しそうな顔で引き留めて来るのだ。一週間フルで滞在したというのに、まだまだ足りないみたいだ。
あと、折角お兄ちゃんも帰ってきたのに引き留めるのは私だけなのか。……まあお兄ちゃんは引き留めた所でお仕事があるんだけども。
「流石に帰るから。また帰ってくるから大丈夫だよ」
「早く弟子を卒業して帰ってきてくれ……」
「え、卒業しても帰らないけど」
「ソフィィィィィィ」
「お父さん、本当に娘離れ出来ないね……もしお嫁に行く事になった時どうするの」
「全力で止め、」
「あなた。ソフィの邪魔しないの」
お母さんが泣き付いてきそうなお父さんをはたき落としている。遠慮なくスパァァンと良い音を産み出しているので、流石お母さんとしか言えない。
頭を押さえているお父さんに、お兄ちゃんは呆れた顔だ。
……お兄ちゃんも割と笑えないからね、今の。まだお兄ちゃんの方が分別はついている気がするけども。
「ソフィ、連絡は頂戴ね。もし何かあれば相談してくれれば良いから」
「うん、分かってる。ありがとうね、お母さん」
「ライナルト、あなたも向こうでは気を付けるのよ。心配してたんだから」
「ありがとう、母さん。母さんにはちゃんと連絡取るよ」
お兄ちゃん、お母さんには本当に心優しい息子なんだよね。お父さんには絶賛反抗期継続中だけど。
まあ、それでも態度は柔らかくなった方だ。何でも共通の敵を見付けたとかなんとか。……二人とも、オスカーさんに強く当たらないでね。
「またお母さんも王都に来てね。案内するから」
「ええ、そうするわ」
王都に行ってみたいと言っていたお母さん。
来てくれたなら、色んな所に案内しようと思っている。私とお母さんの好みは一緒だから、きっと楽しいと思う。
おっとりした笑みで首肯するお母さんに私も笑って頷き、それからお兄ちゃんを肘で小突く。……ほらお兄ちゃん、お父さんには挨拶してないでしょ。
「お兄ちゃん、他に言う事は?」
「うっ。……くそ親父」
「誰がくそ親父だ親不孝者」
「二人共別れまで喧嘩しないの」
どうしてこうも喧嘩するかなあ。似た者同士というか、互いに頑固だからこうなるのかもしれない。
全くもう、と溜め息をついた瞬間に、お兄ちゃんはそっぽを向く。
「……また帰ってくるよ、美味い酒でも持って」
小さく呟いた言葉に、私とお母さんは顔を見合わせ、それからふふっと笑みを零す。
……お兄ちゃんはお兄ちゃんで素直じゃないんだよね、ほんと。……でもお兄ちゃん、それ介抱するのお母さんだから程々にしてね。お父さんも。
「美味いのでなければ承知せんぞ」
お父さんはびっくりしたように目を丸くしていたものの、やがて少しだけ目元を和らげた。
本当は、お父さんだって喧嘩したいって訳じゃないの、知ってるよ。お互いに、素直じゃないんだもん。
因みに、私はそんな二人の真逆だってよく言われるんだよね。良くも悪くも素直で正直だと。……だって、素直じゃないと誤解を招くんだもん。まあ正直に言っても誤解を招く時はあるけども。
「別れは済んだか?」
漸く、本当の意味で和やかになった私達に、オスカーさんは確かめるように問い掛ける。
うん、と頷くと、オスカーさんは何故か神妙な顔付きに。
「エルマーさん」
「……何だ」
あれ、と首を傾げる。
オスカーさん、あんまりお父さんとお話しする事なかったし、事前にお話は済ませていたみたいなんだけどな。
オスカーさんは、私の疑問には気付かず、懐から紙を取り出した。多分、手紙の類いだと思う。……何で手紙? 直接話せば良かっただろうに。
「俺達が帰った後に、読んでくれ。まあ、言いたい事は、読んだら分かると思うので」
「口頭では言えない事か」
「ええ、まあ。……それと、」
お父さんが手紙を受け取ってから、オスカーさんは私達の元に戻り、転移魔法を発動させる。魔力の動きが読めるようになったからこそ、もう帰るんだという事が分かって。
「前に撤回した言葉、もしかしたら撤回するかもしれないから考えておいてくれ」
さらりと吐かれた言葉にお父さんが絶句した。
前? と首を傾げた私に、お父さんがさっと顔を赤くして此方に歩み寄ってくるのを、お母さんが止めている。
前って一体いつの事なんだろう、とオスカーさんを見上げれば、ちょっとだけ照れ臭そうに、でも悪戯っぽく笑って、お父さんを見ていた。
「待て、それは……!」
お父さんの台詞は、最後まで聞こえなかったけど……何となく「言い逃げか貴様ァァァァ」と続いた気がした。
「うぇっ……気持ち悪い」
気づけば、自宅の地下室に居た。
転移後の感覚は慣れないと酔うので、お兄ちゃんは早速顔を青くしている。馬車の時も最初酔ってたからね……実はそれが帰りたがらなかった理由の一つなのかもしれない。
「師匠、お父さんに何を言ったんですか?」
「さあな。ま、お前次第かな」
「むぅ。ちゃんと言ってくれなきゃどうしようもないですー」
はぐらかされたけど、気になる。前に、がいつを指定してるのか分からない事には、私も分からない。滞在していた時お父さんと二人きりで話してた事もあったみたいだから、そこで話したのだろうか。
もー、とオスカーさんをぽこぽこと叩くと、オスカーさんはただ苦笑して私の頭を軽くなぜり。
「そのままのお前で居てくれたら良いから、気にしないでくれ」
「……はぁい」
こうなったらオスカーさんは教えてくれないので、諦めよう。私に聞かれたくない事だったのかもしれない、手紙を渡していたし、その関係なのかもしれない。
それに、言いたくなったら、オスカーさんは言ってくれるもん。
だから、言ってくれるまで待とうかな、と決めて、口許を押さえるお兄ちゃんを落ち着かせる為にお兄ちゃんを上の階まで案内する事にした。
いつか、ちゃんと言ってくださいね。
これにて三章終了です。次から四章に入ります。
恐らく五章で終わります。多分(終わらなかったら延長するつもり満々です)。
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