師匠、説明に困る
朝起きると、オスカーさんは居なかった。あとついでに地味に頭が痛い。これが二日酔いというやつなのだろうか。たった一杯で頭痛だなんて、私の体は貧弱なのではないかな。
よろよろと体を起こしつつ、昨日の事をぼんやりと思い出す。
……お酒飲んだ勢いで、私かなり大胆な事を言ってないだろうか。全部鮮明に覚えてる訳じゃないけど、オスカーさんに甘えて、それから……思いきり告白まがいの事を。
思わず大好きって言っちゃったけど、大丈夫だろうか。オスカーさんだから好意には気付いていそうだけど、そこからどうなる事やら。
でも、私が大人に見られたがってるのは、理解してくれたんじゃないかなあ。あれだけ訴えれば。
分かってもらえたなら、良い。ちゃんとオスカーさんに好きになって貰えるように努力すれば良いだけだもん。
よし頑張らねば、と握り拳を作り、着替えて居間に下りて……そして、お母さんしか居なかった。
「あれ、お父さんとお兄ちゃんは?」
「二日酔いで潰れてるわ」
あ、やっぱり。
そりゃああれだけ飲んで酔っぱらってれば、翌日に響くよ。滅茶苦茶飲んでたからね。……といってもうちの家系がお酒に弱いだけかもしれないけど。
二日酔いで一日寝込むんじゃないかしら、というお母さんの予想に、一杯で留めておいて良かった、と心から思う。一杯で軽く頭痛してるからね。
お陰で美味しかったけどジュースで良いかな、という結論に達した。飲むとしてもオスカーさんと一緒にちょこっと嗜むくらいで良いのだろう。
「オスカーさんはまだ寝ているのかしら」
「師匠が一番飲んでたからね。ちょっと様子見てくる」
オスカーさんはあんまり酔った感じはしなかったけど、あの中で一番飲んでいた。お酒に強い体質なんだろうし、あんまり心配は要らないと思うんだけど……。
……昨日の事、何処まで覚えてるだろうか。私、全部、覚えてないし……寝る間際が、ちょっとあやふやだ。
でも、オスカーさんの温もりは覚えてるし、褒められたような貶されたような微妙な言葉をかけてもらったのも、何となく覚えている。……ほだされた、って、どういう意味なのか、ちゃんとオスカーさんの口から聞きたい。
そう思ってオスカーさんの部屋に入ると、やっぱりオスカーさんは寝ていた。
静かに寝息を立てるオスカーさんに、そっと近付いて顔を覗き込む。
相変わらず、綺麗な寝顔だ。
……寝顔はまだちょっと幼さが残ってるような感じなのに、昨日は、そんなの微塵も感じさせなかった。綺麗で格好よくて、何処か……色っぽかった、と言えば良いんだろうか。
いつもの優しくてお兄ちゃんっぽいオスカーさんとは、全然違った。
思い出すと体がまたぽかぽかしてくる。何だか気恥ずかしいというか、あんな顔で見られた事なかったから、凄くどきどきしてきた。今更だけど。
「師匠、起きられますか?」
「……んー」
あ、良かった、眠りからは殆ど覚めていたみたいだ。
ただ、とても眠そうなのは変わらない。ゆったりとした動きで体を起こして、目の前に居る私をぼんやりと見つめている。
それから、私の手を伸ばして、そのまま抱き寄せる。
わ、と声を上げて倒れ込む私。オスカーさんはそのまま受け止めて、また横になった。……確実に二度寝体勢だ!
「ししょー」
「……ん」
首筋に顔を埋めて、また寝だすオスカーさん。
……起こしにきた意味がない。別に起こさなきゃいけない訳じゃないから、良いけども。寝惚けていようと抱き締めてくれるのは、嬉しいし。
まあ良いんだけど、これ確実に起きたらオスカーさんが慌てだすよね、うん。
「誠に申し訳ない」
案の定起きたオスカーさんが全力で飛びずさった後に平謝りしだした。顔は真っ赤だ。
「いえ、別に構わないですけど。嫌だなんて私言った事ないでしょう?」
「そりゃあそうだが」
「何なら毎日一緒に寝ても良いですよ!」
「俺が色々死ぬだろう!」
何で死ぬ事になるのか。
訳の分からない所で声を荒げるオスカーさんに、私は戸惑うしかない。きょとん、としてたらオスカーさんも頭を抱え出すので、何だか私が残念な子なんじゃないかと自分でも疑惑を持ち始めた。
でもわざとじゃないし、何でオスカーさんが死ぬ事になるのかさっぱり分からない。人間それだけで死んだら夫婦はどうやって生活していくんだろうか。
暫くすると平静を取り戻したらしいオスカーさんが、躊躇いがちに私を見る。
「お前、昨日の何処まで覚えてる」
「何処まで……最後の方は曖昧です。あっそうだ、それで思い出したんですけど、師匠、聞きたい事が」
「何だよ」
「昨日、何しようとしたんですか?」
色々と聞きたい事はある。ほだされるって何とか、昨日寝る前のあの感触はとか、一杯だけど……結局、昨日のオスカーさんの態度はなんだったのだろうか。
嫌じゃ、なかったんだけどな。
私としては純粋な疑問だったのに、オスカーさんは「ぶはっ」と吹き出して、信じられないものを見かのような眼差しを向けてくる。
「師匠?」
「……色々と酒を飲んで理性緩めた事を後悔している。……何にも知らない子供に手を出そうとしたとか……」
「子供じゃないもん。それに、分からないものは分からないんだから仕方ないでしょう。そんなの、お母さんや師匠に教わってもないし……。だから、師匠に教えてもらおうと思って」
「とてつもなく危ない口説き文句は止めてくれ」
凄い大真面目にお願いしたのに、オスカーさんは全力で止めてくる。何が危ないんだろう、そんなに危険な事だったのだろうか。
「俺が口頭で教えても俺が精神的に死ぬし、母親に聞いて貰っても理由を聞かれたら俺が社会的に死ぬしどちらとも死でしかない」
「何でさっきから死ぬ事前提なんですか」
「俺にも社会的な立場があるんだよ。下手な事したら色々まずいから」
「じゃあ皆どうやって知ってるんですか。師匠はどうやって知ったんですか」
「お前は言いにくい事ばかり聞くなあ、本当に」
そんなに言いにくい事なのだろうか。オスカーさんは恥ずかしがっているというか……恥ずかしい事なのかな。
首を傾げてもオスカーさんは教えてくれないので、どうやら諦めるしかなさそうだ。いつかは、教えてくれるのかな。……オスカーさんに、教えてもらいたいのにな。
「と、兎に角、気軽に人に体に触れさせたりは、駄目だからな。無防備な格好を見せるのも駄目だ。お前、本当に危なっかしい」
「え、何でそんな事言うのです?」
「だから、」
「師匠以外に私、触らせないし、見せないですもん。師匠じゃなきゃ、嫌です」
だから、オスカーさんの注意って、あんまり意味ないんだよね。私は、オスカーさんにしか、触って欲しいとは思わないもん。
テオは、触っても良いけど、触って欲しいって訳じゃない。……私が触れて欲しいって思うのは、オスカーさんだけだから。
他の人の前では、そういう事は気を付けるもん。
ちゃんと正直な気持ちを言ったのだけど……オスカーさんが余計に頭を抱えだした。
「……ほんと、どうしてこうなったかな……俺はお前に駄目にされている気がする」
「私、師匠の負担になってますか……?」
「寧ろお前が居ないと駄目になってるんだよ、ちくしょう」
「……じゃあ私は師匠にとっての生命線ですか?」
「文字通りな。……それに、今更、手離せるかよ……」
「私が師匠から離れる事はないから、心配しなくても大丈夫ですよ」
そんな心配しなくても、望んでくれたら側に居るのだから。
そう笑うと、オスカーさんはくしゃっと顔を歪めて笑って、私を抱き寄せた。
「ところで師匠、昨日のほだされたってどういう、」
「言いません」
オスカーさんのケチ。




