素直になれなかった結果
今日は午後からオスカーさんとお出掛けするので、私の機嫌は鰻登りだ。まあ元から良かったのだけども。
なのでお父さんからお兄ちゃんに課された罰掃除を私が代わりにやっても全然気分は良い。お兄ちゃん爆睡してるので多分後でお父さんに大目玉食らうと思うけど。
お兄ちゃんには今度ケーキでもご馳走してもらおう、とむふむふ笑いながら箒で落ち葉を集めていたら、砂利を踏む音が聞こえた。
「……お前、ソフィか?」
突然の声にびくりと肩を震わせつつ顔を上げれば、私と同い年くらいの少年二人が立っている。茶髪の少年と、亜麻色の髪の少年だ。
……見た事は、ある気がするのだけど……三年も空けてると、男の子の成長は馬鹿にならないのでちょっと分からない。仲良くしてたら何となくで分かる筈なんだけど……。
「……ごめんなさい、どちら様で?」
「誰って、……近所に住んでるのに忘れるのかよ」
「フリッツ、言い方言い方」
亜麻色の髪の少年が茶髪の少年を咎める。
……あ、名前聞いたら思い出した。
「あ、ええと、フリッツ君と、マリウス君?」
そうだ、フリッツ君だ。よく私に突っ掛かってきた男の子。正直あまり良い思い出がないので、頭が忘れたがってたようだ。ごめん覚えてなくて。
マリウス君はいつもフリッツ君とつるんでるけど、そんなフリッツ君を窘める事が多かった。彼に慰められた事も何度かある。マリウス君自体に特に悪い感情は抱いていない。
「そうだよ、忘れんな。……と、というか、久し振りに顔を見た」
「……そりゃあ王都に居たもん。……何の用?」
……凄くぶっちゃけると、フリッツ君は苦手だ。
子供の頃は髪色の事をよく老けてるとかからかわれたり髪引っ張られたり、ちびとかぶすとかよく言われてたものだ。
……まあマリウス君は止めようとしたし、テオは私が泣いた事を知ると怒ってしまってやり返しに行ってたんだけど。
あの頃からテオはお兄ちゃん代わりだったよ、ほんと。お兄ちゃんが居た頃はお兄ちゃんも大人げなく怒ってたけど。
という訳で嫌いというか苦手だし、自ら関わろうとかは思わない。そもそも何で話しかけられたのかすら分かんないもん。
まさか、まだ私に突っかかろうとしているのだろうか。
一体何の用なのか、と身構えて懐疑的な視線を送ってしまった。最早癖というか、難癖つけられたり馬鹿にされるんじゃないかという想像がきてしまう。
まあ何か言われたらスルーするけど。流石に馬鹿とかぶすとかで泣く程子供じゃない。
馬鹿はオスカーさんで慣れてるし(馬鹿弟子連呼するからね。それも愛情だと思ってるけど)、髪を馬鹿にされても、オスカーさんやクラウディアさん達は褒めてくれたから気にしないし。
「い、いや」
もじ、と何処か所在なさげなフリッツ君。
……さっきから何なんだろう、ずっと何か言いたそうにしてるけど。
「私に何か? 用がないなら、私掃除するけど」
別に話さない訳じゃなし世間話をするのも吝かではないけど、特に私から話す事はない。
苦手だし、また何か文句を言われても嬉しくはない。もう流せるくらいには大人になったけども。
思ったよりも冷たい声になってしまった事に自分でも驚いていると、フリッツ君はとてもしどろもどろになってしまった。
「それはだな、その」
「何やってんだこんな所で」
「あっ、師匠」
家から出てきたオスカーさんに無表情になりかけた顔が緩む。
今日はお寝坊せずにちゃんとご飯を食べてくれたオスカーさん。髪だって私が直したので完璧だ。きっちりしてればオスカーさんは非の打ち所がないくらいに格好良いのである。
……まあ、個人的には、私の前でよく見せるちょっとだらしないオスカーさんの方が好きだったりするのだけど。
「お前の父さん家で怒ってたぞ。まあお前にじゃなくてお前の兄さんにだが」
「私はお掃除好きだから良いんですけどね。それに、後でお兄ちゃんにはケーキをたかります」
「それが狙いかよ」
「好きな事して好きなものを要求出来るって良いですよね!」
そもそもお兄ちゃんが寝坊して掃除すっぽかしたのが悪いのだ。午後から出掛けるとか言ってたのに起きないから。
だからこれは正当な報酬だ、と言い張ると苦笑しつつ頭を撫でてくれたので、私は良いことずくめだ。
ふふー、とにこにこしてると、フリッツ君とマリウス君は唖然としている。そこでオスカーさんも二人に気付いたらしく、さっと手を引っ込めてしまった。
……もうちょっとご褒美タイム欲しかったんだけどな。
「……そっちは知り合いか?」
「はい、まあ昔の知り合いで……」
「そうか。テオ以外にも友人が居たんだな」
「うっ突き刺さる。確かにテオしか親しい人は居ませんでしたけどー」
別に女の子の友達だって居なかった訳じゃないけど、テオと仲良かったから面倒臭い事が色々ありそこまで仲良しは居なかったのだ。幼馴染みが美形ってこういう欠点あるよね。
だから、ちゃんと仲良くなったのはテレーゼが初めてだったりするのだ。
でもマリウス君は兎も角フリッツ君はお友達というか、こう、苦手で顔見知りってイメージなんだよなあ。
当のフリッツ君は、オスカーさんを見て微妙な警戒心を抱いているみたいだ。……というか、敵愾心?
その視線を受けたオスカーさんは「ははーん」と何やら訳知り顔。
「師匠、どうかしました?」
「いや、別に。お前は案外もてるんだな、と」
オスカーさんはいきなり何を言い出すんだろうか。
「これはもててると言いませんよ? ただ突っ掛かられたりしてるだけです。私、意地悪な人は苦手ですもん」
「ほー」
「あっ師匠は別ですよ! 師匠の意地悪には愛がこもってると信じてます!」
「はいはい」
「む、そうやってまた流してー」
むうう、と唇を尖らせる私。オスカーさんはちらり、とフリッツ君を見てちょっと可哀想なものを見る眼差しだ。
フリッツ君は私にはしどろもどろだったのに、オスカーさんの視線は突っぱねる。けど微妙にショックを受けている顔。……だって、苦手なものは苦手なんだもん。
「まあ愛云々はどうでも良い。……お前も罪作りだよなあ」
「罪作り?」
「流石に気付いてやれよ。男の子っていうのは好きな子程いじめたくなるものなんだぞ」
「なっ!」
「……そういうものです?」
ちら、とフリッツ君を見ると絶句してる。どちらの意味なのだろう。
……どちらにせよ、私はどうしようもないのだけど。
「でも私意地悪な人嫌ですもん。好きとか言われても信用出来ませんし、もしそうだとしても応えられません」
私は彼から謝られた事はない。テオやお兄ちゃんに叱られても、全部そっぽ向いちゃうし。
私も小さい頃はかなり泣き虫だったから馬鹿にされたりぽこんと殴られて散々泣いた。馬鹿にされた髪を染めたり切り落とそうかと真剣に考えたぐらいだ。テオ達に止められたけども。
当時は私も子供だったから、本気で悩んだし泣いた。
まあそれも一つの思い出だ、と飲み込めるくらいには昔の事になったけど、その記憶はあるので今更好きとかそういう事言われても困るし。そもそも、それはオスカーさんの推測だもん。
「それに、私師匠一筋なので」
「はいはい師弟愛な。あとそろそろ抉るのは止めてあげような、死体に鞭打ってるから」
「言っておくけど、意地悪したフリッツが悪いよ。僕あれだけ泣かせるのはなしだって止めたのに」
本気なのに、オスカーさんはいつも流すし本気と受け取ってくれない。……まあ私がちゃんと言ってないから悪いのだろうけど。
それに、フリッツ君がもし私の事を好きだったとしても、私はオスカーさんが良いので応えるつもりはない。
好きでもないのに頷く方が失礼だし、気持ちを偽ってまで応えて欲しいとか向こうも思わないだろう。
フリッツ君を見れば唇を噛み締めている。……とても申し訳ない事をしている気がしてきた。
「……その、ごめんなさい。気持ちには応えられない」
「だ、誰もお前なんか好きとか言ってないからな! 調子に乗るな!」
「ええっ、じゃあ勘違いしてごめんなさい……?」
「フリッツ、ムキにならなくても」
「うるさい!」
顰めっ面で声を荒げて、それからフリッツ君は逃げるように去っていってしまった。
……ええと、どちらなんだろう。私の早とちりで良いのだろうか、そもそもオスカーさんが変な事言い出したのも悪いと思うの。
えええ、と困惑するしかない私に、マリウス君は肩を竦めて苦笑い。どうしようもない男だね、という呟きを漏らしている。
「帰って来て変な事になってごめんね。フリッツ、素直じゃないからさー。本当は帰って来たって聞いて一目会いたかったんだよね」
「……そうなの?」
「王都に行ったって後から聞いて悄気てたんだよ、あれでも」
私が王都に行く事になったのを知っていたのは、テオ一家と私の家族だけ。フリッツ君達は後から知っただろうし、その時に何か思う事があったみたいだ。
「ああそういえば言ってなかったね、お帰りソフィ。綺麗になったよ」
「ただいま、マリウス君。お世辞でも嬉しいよ、ありがとうね」
フリッツ君は暴言が多いのでやっぱり身構えちゃうけど、マリウス君は穏やかなので話しやすい。フリッツ君のストッパー認識だけどね。
マリウス君は私の対応に「大真面目なんだけどね」と軽く笑いつつ、オスカーさんをちらり。
それから「まあフリッツじゃ勝てないよねえ。信頼し合ってるの分かるし」と何とも言えない笑み。
「ま、久し振りに会えただけでも良かったんじゃないかな。フリッツも素直じゃないから、出来れば許してやってくれると嬉しい」
「許すというか、別に怒ったり恨んだりはしてないよ?」
「そう?」
「ただちょっと身構えるというか苦手なだけで……」
「フリッツは自業自得だね」
あいつ本当に馬鹿だなー、と呆れているマリウス君。お友達なのにそれで良いのかな二人は……まあ二人はあれくらいの距離感が丁度良いらしいので、私が口出しする事でもないのだけど。
かくいう私もフリッツ君にも素っ気なくしてしまったし、今度会ったら謝った方が良いのかもしれない。フリッツ君が私をどう思ってるのかは、分からないけど。
「ま、これも良い経験だったという事で」
「さっきの奴が色々と哀れになってきたぞ……」
「どちらにせよフリッツがテオに敵うとは思ってなかったし、あそこまで信頼されてるあなたが居るなら尚更無理でしょう、と思ってます」
「薄情だな」
「友情はありますけど、今回ばかりは勝ち目はないかなーと客観的に。半分は自業自得なので、そこはどうしようもないですし」
何だかオスカーさんとマリウス君が割とフランクに会話してる。多分マリウス君が気さくだからなんだろう。
「ほんと、素直じゃないからこうなるんですよね、あいつ。拗れるばかりでしたから」
「……素直、か」
小さく反芻するオスカーさんに、マリウス君は「気を付けた方が良いですよ」とにっこりと意味深な笑みを浮かべている。
そんなマリウス君にオスカーさんは頬を引き攣らせたのだけど、やっぱり小さく「肝に命じとく」と返していた。……二人、何でそんな分かり合った風なのかな。
マリウス君が去った後も、オスカーさんはちょっとだけ考え込むような顔をしていた。




