お母さんは強い
「あらお帰りなさい二人共。……どうしたの、服が濡れているのだけど」
先にお母さんに会って一頻り再会を喜んだ後、オスカーさんにお茶を出してのほほんと団欒してたら、二人が帰って来た。
二人共服の前側だけびしょ濡れだったので、本当に抱き着いてきたらしい。髪もじっとりと湿っているので、文字通り頭を冷やしてきたようだ。
二人はお互いに目を合わせる様子はないので仲直りをした訳ではなさそうだけど、分かりやすくいがみ合ってる訳でもないので、取り敢えずは一安心。
無理に仲良くなれとまでは言わないけど、円満な家族関係でいたい。せめて、普通に接して欲しいんだけどなあ。
「レナーテ、風呂を頼む」
「あら、今から?」
「冷えたからな」
氷に抱き付けばそうもなるよね。服越し髪越しでくっついたみたいなので皮膚とかくっついてなくて良かった。
というか本当に抱き付くとは思っていなかった。
ちょっと罪悪感を感じたし普通にお風呂を沸かすのは結構重労働だったりするので、私が一瞬で魔法を使って溜めておいた。
こういう時魔法って本当に便利だなって思うの。限られた人しか使えないけれど、使えれば格段に生活が楽になるし、生活レベルも上がる。時間だって有効に使えるもん。
「お湯入れといたから二人共一緒に入っちゃってー」
「何故私がライナルトと。入るならソフィとが良い」
「親父ずるいぞ。オレが入るんだ」
「あなた達私を何歳だと思ってるの。子供じゃないから。この年で親や兄と入る訳ないでしょ」
二人に他意はないだろうけど、一応私も年頃の女の子なのでそういうのは遠慮したい。嫌というか、恥ずかしいし。
「じゃあオレと親父ともし入るならどっちを選ぶ」
「そりゃあお兄ちゃんだけど……」
「勝った!」
「でもお兄ちゃんと入るくらいなら師匠と入るし師匠が良い」
「待て俺を巻き込まないでくれお願いだから」
お父さんやお兄ちゃんと入るよりオスカーさんと入った方が余程有意義だと思うの。裸の付き合いは仲を深める、と聞いた事があるし。
流石に全裸は恥ずかしいからタオル巻くけど、効果はそんな変わらないだろう。
まあ、オスカーさんは照れ屋さんだから一緒に入ってくれるのはまずないだろうけど。それを分かって言ってるし。
私の言葉に一気に二人の敵意がオスカーさんに向いてしまった。微妙に一致団結してないかなこれ。
「……この娘たらし……」
「誤解なので待ってくれ。馬鹿弟子よ、頼むから人前でこういう発言は控えてくれ本当に」
「二人きりなら良いんです?」
「その発言も誤解招くからな! お前はお前で人に肌を見せる事を躊躇え!」
「師匠にしか見せないもん」
オスカーさんこそ誤解してる気がする。私が誰にでも肌を見せたりお風呂に入りたいという訳じゃないもん。
大好きなオスカーさんだからこそ、一緒に入りたいと思うのであって、他の人は嫌だ。テオなら構わないけど。
ちゃんと弁えてるし問題はない筈、と思ったのに、お父さんは怒り出してしまった。お兄ちゃんはお兄ちゃんで「ソフィにとって他人より格下なのかオレは」と凹むし。
当のオスカーさんは、絶句している。
視線が合うと顔を掌で覆って「馬鹿弟子め……」と呻いてしまった。……そ、そんなに駄目だったかな。私なりに、本気なんだけどな。
「お父さんはこいつは認めないぞ! 大体ソフィにはテオドールが居るだろう! お父さんテオドールが良いからな!?」
「何でテオが出てくるの。テオはお友達だし、私のお兄ちゃんみたいな人だもん。お兄ちゃん居なかったからテオがお兄ちゃん代わりしてくれたもん」
「ううっ!?」
お兄ちゃん居なかったから、という一言にダメージを受けてしまったお兄ちゃん。……だって、お兄ちゃん早くに出ていったから、頼るのって当然幼馴染みのテオしか居ないじゃん。
そういえばテオも連れてきたら良かったなあ。久し振りの里帰りだもん。
「というか、お父さんお兄ちゃん早く風呂入ってきて。風邪引いちゃうでしょ。師匠は後で部屋に案内しますね」
「や、俺街の宿に泊まるぞ……」
「ええー。一緒にご飯食べたいです」
「毎日食べてるだろ」
「……だって、師匠が居ないと寂しいです」
毎日一緒に食べてたし、最近は美味しいって言ってくれるようになって、笑ってくれるから、料理作るのも以前にも増して凄く楽しくなった。
私の料理の原点はお母さんだから、お母さんの料理も食べて欲しいなって。私も手伝うし。それに、オスカーさんにも賑やかな食卓で一緒に食べて欲しいなって。
「駄目です?」
「だ、大体、大人数になるだろ。部屋とかも困るだろうし」
「あら、部屋は空いてますよ。ソフィの部屋の隣に客室がありますから」
「お母さん……!」
「娘がお世話になっていますから」
お母さんはオスカーさんがお泊まりするのに異論はないようだ。おっとりとした笑顔に、オスカーさんは酷く困惑しているみたい。
ただお父さんはとても嫌そうにしている。お父さんはオスカーさんが嫌いなのは知ってるけど、泊めてあげるくらいしてあげてよ。
「レナーテ」
「あなた。オスカーさんを追い出すとソフィまで追い掛けて出ていくのが想像出来ないのかしら。それに、こんなになついているんだから悪い人じゃないでしょう」
流石お母さん、私の性格をよく理解している。
お父さんが追い出したら私もオスカーさんについていくつもりだった。
本当か、と視線で問い掛けてくるお父さんに唇を尖らせて反応すると、お父さんは漸くみとめてくれたらしく「……特別だぞ」と渋々折れてくれた。
「……夜這いとかしたら許さないからな」
「絶対にしない俺をなんだと思ってるんだ。寧ろ俺がされる可能性が高いだろう」
「え、私何かすれば良いですか?」
「しなくて良いから」
絶対夜に部屋に来るなよ、と念押しをされてしまった。流石に寝ている所に忍び込む程じゃないんだけどな。そんなに嫌なのだろうか。
まあお父さんの許可が出たので良しとしよう。
オスカーさんが私のおうちに泊まる事になった。




