お兄ちゃんは不機嫌です
「その手を離せ不届き者め!」
何かうるさいと思って朝起きたら、お兄ちゃんが私達の体勢に気付いたらしく文句を言っていた。
うるさいなあ、と起き掛けの低い声でつぶやくとお兄ちゃんが起きた事に気付いたらしく心配と怒りがごちゃ混ぜになった顔。怒りは、私を包んでいるオスカーさんに対してだろう。
「もー……朝っぱらから……静かにしてよ、師匠起きちゃう」
基本起きるのは遅いし寝起きもあまり宜しくないオスカーさん。
昨日私が寝るまで見守っててくれたみたいだから私より後に寝たみたいだし、まだ寝かせておきたい。
オスカーさんは、静かに寝ている。寝顔は可愛らしいと思ってしまったり。……オスカーさんって目付きあんまりよくないんだけど、寝てると幼く見えるんだよね。
まあ、オスカーさんからしてみれば私も幼いのだろうけど。
「これが黙ってられるか! 良いかソフィ、そういうのは将来を誓い合った仲でするものなんだ!」
「テオとしても何も言わない癖に」
お兄ちゃんはテオは特別扱いしてオスカーさんには凄く態度が厳しいんだよね。まあ付き合いの差があるのは重々承知してるし、お兄ちゃんにしてみればぽっと出の男が妹とべたべたしてる(正しくは私がしてる)のだから、気に食わなくても仕方ないのだけど。
それでも、私としてはオスカーさんに文句をつけられるのは面白くない。私にとっては、尊敬出来る師匠で、大好きな人なのだから。……まあ、ちょっとだらしない人だけど、そこも可愛いし。
「兎に角駄目だ、離れなさい!」
「お兄ちゃん。うるさい。黙って」
寝起きで叫ばれるの、頭キンキンするから止めて欲しい。あと、幸せな微睡み次時間を邪魔されてちょっといらいらしてるのだ。折角、オスカーさんが甘やかしてくれてるのに。
私は比較的寝起きは良い方だと思ってるけど、こんな声で起こされて機嫌が良い筈もないのだ。
すこぶる機嫌が悪い私にお兄ちゃんは固まった。……私、お兄ちゃんと仲良くしたいのに、お兄ちゃんべたべたするか怒ってばかりだもん。怒らせてる自覚はあるけど。
「お兄ちゃんの怒りもごもっともかもしれないけど、私はこの距離を許容してるの。何かあっても自己責任だって思ってるし」
たとえオスカーさんに潰されようと、それは私の責任だもん。……まあオスカーさん案外軽いから、抜け出せるけども。
「私の選択は私の選択で、それを邪魔されるのは嫌なの。お兄ちゃんが外に行く事を選んだように、私はこの人についていくって決めてるの」
「ソフィ……」
「だからくっついて寝ても良いの」
「……それとこれとは話が違う気がするんだが」
「良いの」
お兄ちゃんの突っ込みは敢えてスルー。私はそのままオスカーさんにくっついておく。
オスカーさんはこの騒ぎでも起きそうにない。ある意味で凄い。
穏やかな寝顔を見せるオスカーさんをほっこりしながら見詰めていると、漸くオスカーさんは騒ぎに気付いたらしくゆるりと目を開けた。
暫くぼーっとしていたオスカーさん、私に気付いたらしくとろりとした視線が向けられる。
「……何だ、もう飯か……?」
危ない、吹き出す所だった。
オスカーさん、寝惚けてる……! おうちだと思ってるんだ、私が起こしに来たからご飯だと勘違いしてる。
思わずふふっと笑って寝惚けているオスカーさんを撫でつつ「まだですよー二度寝してて良いですよ」と囁くと、オスカーさんは喉を鳴らして私の肩口にもぞもぞと頭を置いた。
お兄ちゃんが口を開いたのを視線で制して、そのまま二度寝体勢に入ったオスカーさんを好きにさせつつ、私はここぞとばかりにオスカーさに抱き付いておいた。
オスカーさんは寝惚けていたら抱き締めてくれる、メモメモ。
「……ソフィ、お前こいつを餌付けしてないよな」
気のせいだよお兄ちゃん。私、家事担当してるだけだもん。
「起こせよ!」
その後暫くしたら勝手に起きたオスカーさん、状態に気付いたらしくて飛び起きて後退りしてしまった。
私としてはオスカーさんが可愛かったのでそのままにしておきたかったのだけど、流石に起きてしまったから無理だった。顔を真っ赤にして呻いている。
お兄ちゃんは滅茶苦茶不機嫌そうだったけど、私がじーっと見ているから口には出していない。ただ舌打ちはしてるけど。
「だって師匠寝惚けてたんですもん」
「ソフィを遠慮なく抱き締めて……おのれ」
「こんな恥ずかしい所を人に見られたとか……っ」
「可愛かったですよ! つまり二人きりならしてくれるんですね!」
「しない!」
思いきり突っぱねられてしまったけれど、嫌がってるとかじゃなくて恥ずかしがってるから良い。本気で嫌がられたらちょっと立ち直れなかった。そもそも嫌なら寝る時に抱き締めてくれないだろうけど。
お兄ちゃんはかなり不機嫌になってしまったものの、オスカーさんの反応を見てある意味安心しているみたい。これでオスカーさんがべたべた触れてくるなら確実にキレてた。まあオスカーさんなら有り得ないんだけどね。
そしてこんな事を度々繰り広げながら、私達は故郷に到着した。




