帰省途中の出来事
という訳でお兄ちゃんとオスカーさんを引き連れて、実家に戻る事になった。
お兄ちゃんは職場の人に頼んで二週間程お休みを貰ったらしい。行きに大体乗り換えも含めて一週間かかるのだけど、オスカーさんの転移がある為帰りの日数はゼロ。何とも便利である。
そんな訳で三人旅……なのは良いのだけど。
「ソフィ、おいでー」
お兄ちゃんがちょっぴりしつこい。
久し振りに会ったのだから私と話したいのは分かるしそこは同じ気持ちなのだけど、一々膝の上に乗せようとする必要はないと思うの。
兎に角お兄ちゃんは私をオスカーさんから離そうとする。馬車は三人しか乗ってないし、荷馬車に乗せてもらってるので、私達しか車内には居ない。
くっつく必要もないのに、お兄ちゃんはべったりだ。私はオスカーさんとべったりしたいのだ。オスカーさんが良いと言った時に限ってるけど。
「あのねお兄ちゃん、私もう大人だからね? 一々くっつきません」
「そこのやつにはくっついてるだろ」
オスカーさんにライバル意識を芽生えさせてどうするのお兄ちゃん。
「ししょー、そっちいきたいー」
「俺を巻き込まないでくれ」
「ひどい! もーお兄ちゃん、べたべたしないで」
隣に座るとかなら快く受け入れるけど、膝の上に乗せられるのはちょっと困る。
お兄ちゃん的には荷馬車での移動でお尻が痛くならないようにとの気遣いなのかもしれないけれど、若干煩わしい。というか背中にべったりされて動きにくいのだ。
やっぱりオスカーさんの方が良い、とお兄ちゃんの抱擁を抜け出すべくじたばた。オスカーさんは、私を呆れた目で見ている。
「はーなーしーてー」
「そんなに嫌なのか……?」
「師匠の方が良い」
「俺を巻き込むな、頼むから。お前の兄さん睨んでくるから。あと、俺は膝には座らせないからな」
「妹が嫌だと言うのか!?」
「どっちなんだよあんた……」
オスカーさんも辟易させるお兄ちゃん。
私を相手するより確実に疲れてるね。私はちゃんと引き際は心得てるもん。鬱陶しがられる前には基本的に止めるし。
お兄ちゃんに絡まれて面倒そうなオスカーさんは、相手にするのも疲れるらしく持ってきたらしい本を開きだす。本格的に私は見捨てる方向だこれ。
お兄ちゃんは私を離してくれそうにもない。……まあ逃げ出そうと思えば逃げ出せるけど、久し振りの再会でまだまだ私成分が足りないとかなんとかならしいので、許してあげる事にした。
今日の夜は宿場町に着きそうにもなく、乗り換えもないので馬車で夜を明かす事となった。
因みにお兄ちゃんが一緒に寝ようと笑顔で来た為に却下しておいた。流石に夜くらいは自由にさせて欲しい。
とても名残惜しそうなお兄ちゃんを端っこに配置して、私は真ん中で横になる。私を二人が挟んだ形だ。まあ、オスカーさんは私に背中を向けているのだけど。
魔法で点けていた明かりをオスカーさんが消した為、馬車の中は真っ暗。私の名前を呼びながら寂しそうにしていたお兄ちゃんも、暗さと疲れ、それから元来の寝付きのよさから直ぐに眠りに落ちた。
……私は、この硬い床がどうにも慣れなくて、中々寝付けないのだけど。
オスカーさんは早々に寝てしまったので、私一人だけが起きている。……暗闇に目が慣れてくると、入ってくる月明かりだけでも、うっすらと周りが見えるようになっていた。
そして、お兄ちゃんの方を見たらお腹を出して寝ているので、私は溜め息をついて服を直しつつ一枚だけあった小さな毛布をお腹にかけてやる。
お兄ちゃん、風邪引きやすいからなあ。お腹壊したら大事だよ。
全くもう、と呑気な寝顔を晒すお兄ちゃんの頬を指でつついて、私はもう一度横になる。
やっぱり、硬くて寝にくい。あと、ちょっと肌寒いかもしれない。毛布、私が使わせて貰ってたんだけど、お兄ちゃんにかけちゃったから。……まあ、私結構頑丈な方だし、大丈夫だろう。
「へっくし」
とか思ってたらくしゃみが出たので、自分の体も当てにならないものである。ぷしっ、と気の抜けたような音のくしゃみも続いたので、鼻を擦りつつどうしたものかと思案。
毛布を与えておいて剥ぎ取るつもりはない。それに、お兄ちゃんは仕事があるからあんまり体調を崩してもらいたくはない。
まあ私なら直ぐ治るだろうし良いか、と膝を抱えて丸くなろうとした所で、小さく「……ばかでし」と呼ばれた気がした。
気のせいかな、と思いつつもオスカーさんの方を見ると、いつの間にかオスカーさんは私の方向に向き直っていた。
どうかしたのだろうか、と首を傾げると、月明かりがオスカーさんの少し言いにくそうな顔を照らしている。
「こっち、くるか?」
そうして囁かれた言葉に、思わずオスカーさんを二度見した。
まさかと思って固まっていたら「嫌なら良いが」と撤回されそうになったので、慌てて芋虫の如くもぞもぞと移動する。そうしたら、オスカーさんは開かれていた大きめのローブの合わせ目、それから軽く持ち上げる。
床側のもう片手は、肘を曲げて床に着けたまま。ローブも半分だけ床に敷かれていて。
何を意味しているのかは分かったので、私は遠慮なく懐に転がり込んだ。
もぞもぞと体を寄せると、オスカーさんはそのまま微妙に躊躇いながらもローブで包んでくれる。ぴたりとくっつくと「あんまりくっつくな」と文句を言いつつも腕を枕代わりに貸してくれる。
今日はオスカーさんがいつにも増して優しい。こうして、暖めてくれる。まさか本当にししょー布団してくれるなんて思ってなかった。
ふふー、と一気にご機嫌になってべったりする私。オスカーさんは途端にびくついたものの、それでもそうっと背中に手を回してくれたので、私はとても幸せだ。
頬を擦り寄せるだけで揺れるオスカーさん。嫌がっては、ないよね?
「……あったかい」
「そりゃあ、体温は高いからな」
「ふふ。……師匠の匂い、すき。眠くなっちゃう……」
あんなに寝れなかったのに、この体勢だと直ぐに眠気に襲われてしまう。暖かくて、オスカーさんの心臓の音も心地好くて、大好きな匂いに包まれて。凄い安眠環境だと思うの。
うとうと、とあれだけ来訪の兆しもなかった睡魔がやってきて、どんどん意識を眠りの海に引っ張っていく。
「……早く寝ろ」
「……うん……」
背中をあやすようにぽんぽんと叩かれて、もう眠気も限界だった。
私はそのままオスカーさんにくっついて、瞼を下ろす。それに次いで直ぐに眠気が全身を包んでそのまま眠りへと誘ってくるので、私は抵抗の気力もなく睡魔に身を委ねた。
「……俺の事、信用しすぎなんだよ、馬鹿弟子」
小さく、そんな声が聞こえた気がした。




