真の保護者登場?
「えーと、師匠、紹介しますね。私の兄です。ライナルト=ブルックナー」
気絶するに留めてくれていたので、ぼろぼろにはなりつつもまあ命に関わるような怪我は全くなかった。
だから丈夫なお兄ちゃんは直ぐに起きたんだけど……私にしがみついて離れないのだ。お兄ちゃん、懲りて。
まあ正体が分かったしお兄ちゃんだから良いんだけど……もう本当にべったりだ。私を膝の上に座らせてべったり。家に招いたのは良いんだけど、オスカーさんの前でくらいちゃんとさせて欲しい。
「……ええと、誤解してすまなかった。てっきり不届きものかと……」
「良いんです、あれはお兄ちゃんが悪かったので」
「仕方ないだろう、可愛い妹がこんなにも美人さんに育ってるんだ、確かめたくなるだろう」
「お兄ちゃん、私怒るよ」
「ごめんごめん」
反省してないなこの人。
然り気無く色々な所を触ったお兄ちゃんには鉄槌が下るのも仕方ないので、オスカーさんは悪くない。お兄ちゃんが悪いのだ。
今はべたべたはしてるけど許容範囲なのでまあ良いか。……オスカーさんの視線が気になるけど。というかちょっと恥ずかしいから出来れば離れたい。
そんな私の気持ちも露知らずなお兄ちゃん、私の顔を覗き込んでは不安そうな顔。
「さて、聞きたい事は山程あるが……ソフィ、どうして王都に」
「お兄ちゃんこそ、連絡も寄越さないで。今までどうしてたの」
「そりゃあ此方で仕事してたんだよ。……こっちの地区に住んでいたらもっと早く気付けたんだけどな」
王都は城を中心に城下町が作られている。凄く広くて中心部に行くにはかなり時間がかかるし、城なんてかなり遠目に見える程度なのだ。
お兄ちゃんは逆側の地区に住んでいるらしくて、探しても見つからないのは納得だ。
「親父はどうだった」
「凹んでたよ、すごく」
お父さんと喧嘩して家を出たお兄ちゃん。よく生活出来たな、とは思うけどお兄ちゃん器用だし黙ってれば綺麗だから、まあ何とかなるかなとも思っている。
手に職を付けたらしいので、一安心だ。
「まあ反省してもらわないとな。オレも出た意味ないし」
「そりゃそうだけど……私も心配したんだよ?」
「ごめんな、ソフィにだけは言っておけば良かったな。……久しぶり、ソフィ」
私を抱き締めたまま頬に唇を寄せてくるお兄ちゃん。
昔よくほっぺにちゅーしていたけど、まさかこんな歳になってもしてくるとは。……別に良いけど……お兄ちゃんならやりかねないとは思ってたし。
もう、と抵抗はしないけど不満げに唇を尖らせると、お兄ちゃんはちょっと悄気た顔。
「ソフィからはしてくれないのか? 昔よくしてくれただろう?」
「昔って七歳くらいの時でしょう。……もう、仕方ないなあ。久し振りお兄ちゃん」
何だかお兄ちゃんは昔と全然変わってない、というか昔よりもべったり具合が増している。
全く、と言いつつも久し振りの挨拶で頬に軽く口付けると、お兄ちゃんの顔が溶けた。だらしないよお兄ちゃん。私もオスカーさんの前ではよくそんな顔するから人の事言えないけども。
久し振りの妹を堪能しているらしいお兄ちゃんに呆れた顔を向けていると、ふとオスカーさんが私を見ていた。何だか、固まっている。
「どうしたんです、師匠? あっ師匠もしたいです?」
「んな訳ないだろうが。……本当に、お前の家族ってテオ含めて皆お前大好きだよな」
「大好きというか、皆過保護なんですよね。最近は師匠もですけど」
「俺はそんなに過保護になった覚えはない」
「うそだー」
オスカーさん、此処最近滅茶苦茶私に過保護だからね。今までの分を取り返す勢いで構うというか、兎に角大切に大切に手元に留めておこうとする。
お父さんやお兄ちゃんみたいな絶対に何がなんでも側に居ないと駄目、みたいなのじゃなくて、目の届く範囲に置いておけば良いって感じだけど。
師匠も充分過保護だ、と指摘すると何故か驚いている。自覚なかったのかオスカーさん。
何だかそれがおかしくて笑っていると、お腹に回された手に力がこもる。
「ソフィ、聞いて良いか? 師匠というのは」
「私、魔法使いの卵なの」
「そんなの聞いてない!
「お兄ちゃんが家を出たんでしょ」
オスカーさんが現れる前に家を出たんだから知る訳がないと思う。居たら居たで確実にお父さんと手を組んで反対してただろうけど。
「あのねお兄ちゃん、私ちゃんと修行してるから。もう師匠とは三年も一緒に居るんだよ?」
「……待て、ソフィ今何処に住んでる」
「普通に考えて師匠と居るに決まってるでしょ」
「ならぁぁぁぁん!」
お兄ちゃん耳元で叫ばないで、うるさい。
一瞬鼓膜が破れるかと思って耳を塞いで、それからお兄ちゃんの腕の中から抜け出す。確実にお兄ちゃんは怒った、今の言葉で。
お兄ちゃん、過保護だからなあ……男の子にいじめられたら仕返しにいってたし。すごい大人気なかったお兄ちゃんの思い出がある。
「ソフィ、よく考えるんだ、ソフィは年頃の女の子だぞ? 男はケダモノなんだぞ! 今にも無害そうな振りを止めて襲い掛かるかもしれないだろ!」
「そういうお兄ちゃんの発想に引くよ……?」
すすす、と向かい側に居たオスカーさんの元に。ついでに「師匠はそんな事しませんよね?」と聞いたら「誰がするか」と返って来た。ほら。
「別に横で寝た事あるけどなにもされないよ?」
「……っ、ソフィ、今すぐそこを出てオレの所においで。もう生活は安定してるし、妹一人くらい養えるから」
「お兄ちゃん、私の話を聞いて。私本気だし、師匠はお兄ちゃんが思ってるような人じゃないから。お兄ちゃんも人の話聞かないのはお父さん譲りだよね」
因みに私が聞かないのは大抵わざとである。あと本当に聞こえてなかったりもするけど。
「誰が親父なんかと!」
「だって話聞かないし、強引に話進めようとするじゃん。このまま話が進んだら無理矢理私を引っ張ってこうとするでしょ?」
「それは、」
図星だったようだ。
お兄ちゃんは昔からそうだ、強引だし思い込みが激しいし。そんなお兄ちゃんも好きだけれども、時折面倒臭いと感じてしまう。
……正直、うちの家族はお母さん以外が我が強いというか、自分本意な人間なのだ。私も自分で自覚してる、なるべく気を付けるようにはしてるけど。
自分のやりたい事を優先する節があるから、お父さんとお兄ちゃんはぶつかって結果お兄ちゃん家出ちゃったし。私の場合はお父さんが理解を示してくれたからまあ結果的に円満な別れだったのだけど。
「兎に角、お兄ちゃんに会えたのは嬉しいけど、私は此処で生活していくし、お兄ちゃんの指図は受けないからね」
「ソフィ……!」
「あと、お兄ちゃんは一度実家に帰って」
「嫌だね、親父なんて会いたくもないね」
「お母さん心配してたよ。お父さんと喧嘩しててもお母さんとは違うでしょ」
「う」
「何なら私も一緒に一度帰省しても良いから」
お兄ちゃんはお父さんと喧嘩はしたけれど、お母さんとは仲が悪い訳ではない。寧ろお母さん大好きだ。頑固なお父さんとよくぶつかってたから、お母さんが宥めていた。当然お母さんの方が好きになるというか。
お母さんにも何も言わないままに出てしまった事は後悔しているらしいお兄ちゃん、私の提案に「ソフィが行くなら」と妥協してくれた。
「師匠、帰省しても良いですよね?」
「構わんが……俺も行くぞ」
「何でだよ」
オスカーさんがついていく事に難色を示すお兄ちゃん。
私はオスカーさんが帰りがけには転移を使って時間短縮する、と分かっているから寧ろ来てくれて有り難いなと思ってるんだけどね。
「私も早く転移使えるようになれたら良いんですけどね」
「お前なら大丈夫だと思うぞ」
「ほんとです?」
「ああ」
「へへー、師匠が言うなら頑張れます」
オスカーさんが褒めてくれるなら、何だって頑張れる気がする。
それに、師匠は本当に無理なら無理って言ってくれるから、きっと私は大丈夫だ。なんたってオスカーさんの一番弟子だもん。……理由になってないけど、オスカーさんと同じような存在なら、頑張ったらオスカーさんに追い付けるかなって。……まあ、オスカーさんの背中は遠いんだけど。
ふふ、と笑って腕に抱き付く。オスカーさん、最近は諦めたらしく好きにさせてくれるのだ。
それに……甘えたら、ちょっとだけ甘やかしてくれるようになった。偶に髪を撫でたりしてくれたり、顎の下を擽ってきたり。私は猫か何かなのだろうか。
「おい、お前の兄が燃え尽きてるぞ」
「良いんですー」
そして敢えてスルーしていたけどお兄ちゃんは私達の様子を見て凍り付くというか何か真っ白になっていた。
……お兄ちゃんの前で、テオ以外の男の人と仲良くしてるなんて見せた事ないもんね。
私にとってはいつもの事なので気にせずにくっつくと、お兄ちゃんが崩れ落ちてしまったので私はお兄ちゃんを宥めるのに時間を費やす羽目になった。




