湖の魔物にはご用心
無難な作戦に決めた私達は早速依頼主である村長の所に行き、私達が依頼を受けたと、これから退治に向かう事を知らせた。退治するから近付かないように通達しろ、という事も。
二つ返事で了承されて、それから「ご武運を」という言葉を頂き、私達は湖に向かった。
湖は、思ったよりも広かった。透き通った綺麗な色の水で、奥には森も見える。膝丈程の水深の浅い部分もあり、水遊びにはうってつけの場所だ。
こんなに綺麗な所なのに、今は魔物のせいで閑散としている。私達が近付けないようにと言ったのもあるだろうけど。
取り敢えず比較的浅い部分に居るとの事で、私達は桟橋に移動しながら様子を見る。
奥の方はもっと深いらしいけれど、村側の方は浅め。奥に行くに従って徐々に深くなっていくのだけど、魚人種は今のところ見えないくらいの深さには居る、ようだ。
「さて、炙り出すか」
「炙り出すというかなんというか」
「浮いてきた所を実際に炙っても良いが」
「食べる気しないので良いです……」
オスカーさんは笑ってるけど、鮫に手足が生えたような生き物を炙っても美味しくなさそうだ。普通に魚を食べたい。
……や、魚も巻き添えで浮かんでくるらしいからちょっと食べたいけど、確実に食いしん坊扱いされるから黙っておこう。
「……さ、いくぞ」
「はい」
オスカーさんの言葉に頷くと、オスカーさんはいきなり水の中で魔法を爆発させてくるからびびった。言った瞬間するとか言って欲しかった。
お腹の底に響くような重厚な音と、桟橋を僅かに揺らす振動。魔法を撃たれたと思わしき場所から水柱が噴き上がる。
……あっさりこんな事するオスカーさんって、本当に凄いよね。全然苦でも無さそうだし。
そして、水柱が収まるのと入れ替わるように、何というか本当に説明通り鮫に手足が生えた生き物が、浮かび上がる。
青の鱗に白の柔らかそうなお腹。大きさは、人よりちょっと小さいくらいかもしれない。初めて見た、魚人種。
……やっぱり思った通り可愛くないのも証明された。
そして、周りには大小様々な魚が気絶している。……こういう漁法とかありそうだよね、魔法使い限定だけど。
「これを倒していけば良い。これはまあ邪道だが、遠距離攻撃出来る魔法使いの利点だな」
「これかなり卑怯ですよね」
「まあ仕方ない、手間がかからないから此方の方が良い。安全にいきたいからな」
……オスカーさん、私が危ない目になるべく遭わないようにしようとしてるのだろう。気持ちは分かるし、正しいけど。
私魔法使いとして一人立ち出来るのかなあ、オスカーさんの側には許される限りずっと居るつもりだけど……。
「ほら、とどめ」
「凄いお膳立て感……」
「逆側はお前が魔法爆発させて浮かばせたら良いだろう」
「ううう、そうですけどー」
安全だからこそこんな文句が出るのだけど、でも何か違う気がする……とは思いつつ、私は指示通りに魔法で無防備な姿を晒す魚人種にとどめを刺していく。
水の上なので炎はあまり効果がない、だから雷系統の魔術を使って、なるべく体の内部に通るように強く電撃を浴びせる。ぴくりとも動かなくなったら、次の魚人種に。
撃って、撃って、撃って。
……凄い作業感溢れるな……。
「ん、ちゃんと使えるようになってるな」
「……色々と複雑です……。こう、魔法使いの真価を見るなら臨機応変さとか咄嗟の対応とかを見るべきでは」
「見習いにそこまで要求してどうする。あと、そんな差し迫られるような事になりうる場所にはまだまだ連れていかない」
「ですよねー」
オスカーさんは譲る気はなさそうだ。雷を落としたような轟音を生み出しながら却下するオスカーさん。……オーバーキルというやつな気がするのだけど。
もー、と溜め息をつきつつ、私も作業に集中する。……しまった、作業だと認めてしまった、退治に集中する。
……それにしても、変だなあ。
偶に気絶から戻る魚人種も居るのだけど、その魚人種は、私達に向かってくるというより、逃げる。ただ、私達から逃げるんじゃない、浅瀬に向かっている。
勿論逃がしては村に被害が出るから倒すのだけど……逃げようとするその姿はまるで、私達ではない何かから逃げるような印象を抱かせた。
「師匠、何かおかし、」
あまりくっついて魔法が干渉しても良くないと、少し離れて別の方向の魚人種を殺していたオスカーさんに声をかけようとして……脚に、ぬるりとした何かの感触が巻き付くのを、感じた。
は、と思って足元を見ようとした瞬間、私はとても強い力で引っ張られて、湖に落ちた。いや、引きずり込まれた。
「おい……っ!?」
勢いよく水飛沫が上がった事でオスカーさんが気付いたのだろう。ただ、オスカーさんの声は、凄い勢いで遠ざかる。
頭が痛いのは引きずり込まれた時に桟橋の床で頭を打ったのだと理解して。それよりも、私は突然の事過ぎて、パニックになっていた。
なにこれ、とか、なんでこんな、とか、疑問が浮かんでは消えて、頭がぐちゃぐちゃになる。
ただ、触手のようなものが足首に絡み付いて、私を深い所へと引きずり込んでいる事だけは、理解できた。
――苦しい。
いきなり引きずり込まれた事で、空気なんて殆ど肺に溜めていなくて。桟橋の床で頭を打ったのもあり、私の意識は酸素の欠乏と痛みで揺らぎ始めていた。
呼吸出来なくて、藻掻いていたものの、意識が薄らぐのを感じていた。
気付けば深いところに居て、そしてそれは私を待っていた。
私を水の中に引きずり込んだものは、私が意識を失うのを待とうともせず、その大きな顎の中に誘おうとしている。
まるで蛇のような、形の、魔物。けれど蛇というには触手が幾つも生えていて不気味な姿だった。
ああ、そっか、こんな魔物が潜んでいたから、魚人種達は逃げようと暴れていたんだ……。
納得すると同時に、恐怖が襲いかかる。あんなものに一噛みされれば、間違いなく死ぬ。
そして、その時は近い。
私は触手のようなものに絡めとられていて身動きが、取れない。その魔物は、餌を待つかのように鋭い牙のびっしり生えた口を開けていた。
……私、食べられちゃうの?
最悪の未来を想像して、ぼやけつつある意識で魔法を振るおうとして――それから、蛇のような魔物が、消えた。
正しくは、胴体を横に両断されて、……違う、細切れにするように、体を千々に割かれて。体の破片が血を広げながら水流に流されて飛ばされた、といえた。
触手もいつの間にか本体から分断されていて、拘束も、緩くなる。
何が、と固まった私は、水に無理矢理流されるようにして、そして誰かの腕の中に収まった。
それから直ぐに顎を持ち上げられて、次の瞬間には柔らかいものが押し当てられて、無理矢理唇を開かせられた。
こぽ、と空気が流れてくるのを、感じて。
ぼんやりとその人を見れば、酷く焦った表情で私を見ていた。
『水が邪魔だ、消えろ――!』
私が最後に見聞きしたのは、水の中で喋られる筈がないのに聞こえてきたそんな台詞と、視界を開くように水が割れる所だった。




