寝惚けた弟子と慌てる師匠
夜には依頼先の街に着いた。オスカーさんは暫くふて寝していたものの、漸く機嫌を戻してくれたらしく普通の態度に戻ってくれた。結局なんだったのだろうか。
馬車から降りた私達が向かうのは、宿屋。流石に夜に魔物退治をしようなんていうのは自殺行為なので、翌朝を待たねばならないのだ。
それに、依頼を承ったと依頼主に言おうにもこの時間に訪ねるのは失礼だろう。
という訳なので二人で宿屋に向かって……。
「駄目だ」
「ええー」
部屋を一緒にしようとしたら却下された。
「や、お前流石にそれはないだろう。色々と駄目だ」
「だって部屋二つ取るより一つの方が安上がりなんですもん。それに作戦会議しやすいじゃないですか」
別にオスカーさんだから一緒の部屋でも気にしないのに。寧ろ知らない村で一人で居るよりずっと安心出来るんだけどな。
明日の事だって話しやすいし、悪い提案じゃないと思うんだけど。
それなのにオスカーさんは全力で首を振るものだから、地味に悲しくなってきた。そこまで駄目かな。
……オスカーさんなら、寝顔とか見られても気にしないのになあ。寧ろオスカーさんの寝顔を見ていたい、ちょっと幼くて可愛いのだ。
「あのな、俺が何かするとか思わないのか」
「何かするのですか」
「……しないけどさあ」
「ほら!」
えへん、と胸を張る私。オスカーさんは「純粋培養なのかそうなのか」と唸っている。あと「テオは何してるんだ妹をどうにかしろ」とか。……オスカーさん公認で私はテオの妹化したらしい。
「取り敢えず早くに親元を離れた上途中俺が居なかったせいで諸々弊害が起きているのは分かった。兎に角駄目です」
「えええ」
オスカーさんにきっぱり駄目だと断られてしまった。
むう、と唇を尖らせたけど頷いてくれる事はなかった。だから二部屋取る事に。
折角オスカーさんとお泊まり……まあ依頼だけど他の場所に出掛けられたのになあ。残念だ。
まあ部屋は別でも作戦会議はするので、ご飯を頂きお風呂から上がった所で、私はオスカーさんの寝る部屋を訪れた。
オスカーさんは、私が寝間着だったのを見た瞬間に顔面にローブを投げ付けてきた。ちょっとひどい。風呂上がりなんて家でいつも見てるだろうに。
着ろとの事だろうから遠慮なく羽織らせて貰った。……ほんのりオスカーさんの匂いだ、まだあんまり薬草とかの匂いは染み付いていないけど。
大きくて、暖かい。……この香りに包まれると、安心して、うとうとしてしまう。
お風呂に入って暖まった事もあって、眠さが急に押し掛けてうつらうつらと船を漕ぐ私。
そのままベッド(ソファがなかった、オスカーさんは激しく抵抗した)で隣に座っていたオスカーさんにもたれ掛かると、オスカーさんは「起きろあほ」と頬を叩いてくる。
「寝るなら部屋に帰れ、作戦は明日でも良いから」
「……ぇー……」
「それ貸すからもう寝てくれ」
「……ししょーおふとんがいい」
「駄目だ。ほら部屋に帰れ」
オスカーさんお布団は却下されてしまった。でもローブを借りられる事になったので、まあ、良いか。ちょっと残念だけども。
うとうと、としながらもゆっくり立ち上がりつつ、欠伸。ふわぁ、と大口を開けてしまってだらしない所を見られてしまった。
オスカーさんは取り敢えずさっさと寝て欲しいらしいので、渋々オスカーさんに送られながらも部屋に帰ってベッドに横になる。
ローブに包まれてうとうとする時間は至福で、微睡んでいると体がとろけていきそうだ。
意識も端からほどけるように白んできて、私は心地好さに身を包んだまま、意識を薄れさせていった。
「起きろ馬鹿弟子」
オスカーさんの、呼ぶ声がする。
頭がぼんやりとして仕方ないけれど、ああ起きなきゃなって理屈で分かっているので、ゆっくりと目を開ける。滲んだ視界で、オスカーさんが私を覗き込んでいるのが分かった。
なるほど、夢だろう。オスカーさんが私より先に起きてるなんて。
「……んむ」
夢なら良いか、と近くに居たオスカーさんに手を伸ばして、そのまま引き寄せる。
思い切り体重をかけた私。ベッドに膝を着いていたらしいオスカーさんは、突然の事に驚いたらしくあっさりと私の方に倒れ込んできた。
うわ、という声。
転がってきたオスカーさんを抱き締める。珍しく私が包み込める体勢だったから、オスカーさんを抱き寄せてそのまま夢でも瞳を閉じた。
……オスカーさんが慌てた様子で「止めろ離せ馬鹿弟子」ともがくので、背中をぽんぽんと叩く。
夢なんだからもう少し良い夢見させてくれても良いのに。




