師匠の早とちり
最近はやけに優しくしてくれるオスカーさんに甘えつつ、魔法使い目指して頑張っている。
あと、何だかオスカーさんは私を一人にしたがらない。街に出る時はなるべく私に着いてくるようになった。多分、この間言った事を気にしてるんだろう。
……そこまで心配してくれなくても良いんだけどなあ。
と言ったら「襲われたら目も当てられない」と真顔で答えられた。……そこらに変質者が転がっててほいほい襲われても困るんだけどな。憲兵仕事してって思うよ。
まあそんな訳でオスカーさんがちょっぴり過保護になった訳だけど、今日はそれを発揮してもらう訳にはいかないのだ。
今日は、私の成長を見てもらう日なのだから。
「良いですか、何もしちゃ駄目ですからね!」
オスカーさんを連れて、街の外に私は居た。
理由は単純で、私が依頼を受けたのだ。王都から離れた所にある村に、観光名所の湖を魔物が荒らしているそうなので、退治して欲しい、と。
オスカーさんにもちゃんと私が戦えるという事を証明する為に選んだのだけど、もっと簡単なので良いと言われた。……まあ、魔法使い協会の人に「この調子ならもう少し難しいのはどうですか?」と言われてちょっとランクを上げてみたのだ。
依頼を受けるにはギルドに行くという手段もあるけど、まだ見習い魔法使いの私はギルドには登録出来ないので無駄。魔法使い協会で力量にあった依頼を見繕ってもらう必要があるのである。
……基本的に師匠と一緒じゃないといけなかったんだけどね。一人で行くようになったのはユルゲンさんに最初見てもらって大丈夫だと判断されてからだし。
まあそんな訳で、私達は王都を出て馬車に乗り件の街へと向かっていた。
依頼先の村が湖畔らしく、退治の後にちょっとした水遊びとかも楽しめるかもしれないとわくわくしてるのだ。オスカーさんは、もう少し簡単な依頼にすべきだったと不満そうだけど。
今回の依頼目標は、魚人種、らしい。魔物には縁がない私には魚に人間の手足が生えた何とも気持ち悪い図が浮かんだ。……まあオスカーさんに訂正されたけど。
鮫に手足が生えたような生物らしい。……そんなに変わらなくない?
まあさておき、海棲種全般(今回湖だけど)に言える事だけど、陸に引きずり出せばそう苦戦するものでもないそうだ。引きずり出せさえすれば。
幸い賢くはないそうだし、餌を仕込んでおびき寄せる作戦で大丈夫、だそうなのだけど……。
「こんな時期に魚人種の退治なんて滅多にない。何か裏があるんじゃないのか」
「受付嬢さんを疑うのですか?」
「そうじゃない、だが普通繁殖期にでもならないと浅瀬まで出てこないんだよ。だが今繁殖期ではない筈だ、なら裏があるだろう」
「……そういうものなんですか?」
「ああ。だから、任せきりとか不安だ」
馬車に揺られながら私を見るオスカーさん。警戒がありありと浮かんでいるのは、長年の経験なのだろう。
……そんなに危険なのかな。でも、だとしたらそんなの依頼を勧める側も勘づきそうなんだけどな。うーん。
「……兎に角、何があるか分からん。俺がする」
「ちょっと師匠! 私が受けた意味ないです!」
「お前にもしもの事があったらどうするんだ! 大怪我を負わせたりなんてしたら……!」
「だったらその時は師匠の所でずっと暮らすもん!」
反射的に返した言葉でオスカーさんが噴き出してしまった。
私としてはかなり大真面目だったのに、オスカーさんは咳き込んで、それから微妙に涙目で私を見る。……ちょっと可愛いとか言ったら多分怒られるだろう。
口許を拭いながら信じられないといった顔のオスカーさんに、私は座ったまま胸を張る。さっと目を逸らすオスカーさん。
「おまっ、そういうの軽々しく言うんじゃない!」
「そもそも、オスカーさんが私なしで生活していけると思ってるんですか!」
オスカーさんは、家事が出来ない。掃除はテオとイェルクさんに手伝って貰ってやっとといったくらいだ。多分二人の功績が殆どだろう。裁縫や料理は全く出来ない。
そんなオスカーさんが一人で生活していけると思っているのか。ハウスキーパーでも雇わない限り無理だろう。
そこは否定出来なかったらしく、うぐっと言葉をつまらせている。
「もうオスカーさんは私なしじゃ生きていけない体なのです!」
「人聞きの悪い事を言うな!」
「じゃあ私なしで一人で生きていけるんですか」
「……無理です」
「ほらぁ」
オスカーさんでも自分が自活出来ないって分かっているのだし。
「だ、大体な、そういう事は女の子が簡単に言うもんじゃない」
「何でですか」
「そんな将来を決めるような事。そもそも、俺はまだまだ子供のお前には早いと思ってるし、もっと良いやつが」
「……弟子は止めないっていう意味で言ったつもりなんですけど……あれ?」
あれ、話が噛み合ってない気がする。
私、師匠の所で生活してくって言ったけど、それは弟子のままで、というつもりだった。師匠の事だから傷を負って見るに耐えない体になろうが、何だかんだ弟子のままでいさせてくれそうだし。そういう事に偏見はないだろう。
あれ? と首を傾げる私に、オスカーさんは固まった。
それから、頭を抱えて私に背中を向けるのだ。そして、壁に頭をぶつけ始める。どうしよう、オスカーさんが自傷行為に走ってしまった。
「し、師匠? あの?」
「今盛大に墓穴掘ったからもう放っておいてくれ」
死にたそうな声で呟いてふて寝の体勢に入ったオスカーさんに、私はおろおろとその背中を見守る事しか出来なかった。




