師匠とお出掛け(お買い物編)
「師匠とお出掛け、師匠とお出掛けー」
「そんなにはしゃぐか、子供じゃないんだから」
「嬉しいです! こうしてちゃんとお出掛けするの、一年半ぶりなので!」
ただでさえオスカーさんは仕事以外は引きこもりがちだし、一年半居なかったから、私とオスカーさんがお出掛けするのはかなり久し振りの事だ。
浮かれて当然だろう。
流石にスキップはしないけど気分を軽快な歩みに変える私に、ちょっとオスカーさんは申し訳なさそうになった。責めるつもりじゃなかったんだけどなあ。
オスカーさん、こうして私の事以前にも増して気遣ってくれるようになったし、嬉しいもん。
「あのですね師匠、行きたいところあるんです!」
「はいはい。何処がお望みでしょうかお嬢様」
「前行った魔法使い御用達の服飾店に!」
オスカーさんのローブを新調せねば、と勝手に意気込んでる私。
ただ事情を知らないオスカーさんは訝ったような顔だ。
「これまた何で。前買ったケープのサイズが合わなくなったか?」
「いえ、ぴったりですよ。私じゃなくて師匠のですー」
「俺の?」
「師匠のローブ、テオがボロボロにしちゃったから」
テオ、勢い余って剣抜いちゃったみたいだし。
テオは拳よりも剣の方が手加減しやすいみたいだから何ともだけど、人に刃物を向けるのは駄目だって叱っておいた。
「や、あれは俺が全面的に悪かったし……」
「それはそうだとしても、ボロボロになったのは事実です。日頃のお世話に私がプレゼントしようと思って!」
「俺が悪いのは認めるんだな、事実そうだが……。あと、日頃のお世話とか言ってたら寧ろ俺がお前に貢ぐ必要が……」
「師匠、日常生活は駄目駄目ですもんね」
師匠は、本当に家事が出来ないので私に頼りっぱなしだ。今までどうしてたんだってくらいに。……まあ正解はイェルクさんにお願いしてたらしいけど。
私とイェルクさんが居なかったら、家が腐海になるだろうな、うん。
笑顔で断言するとオスカーさんが凹んでしまったので、真実は時に人を傷付けると知った。……わ、わざとじゃないんだけどなあ。朝と同じ事をしてしまった。
「と、兎に角、師匠にプレゼントしたいんです!」
「お前費用とかどうすんだよ」
「自分で稼いだの、貯めてます! 依頼とか、売り子のお仕事とかで稼ぎました、服くらいならなんとかなります!」
オスカーさんが思うより私自活出来てますからね、と胸を張ったら逆に頭を抱えられた。
「……あのさー、俺が悪かったし、反省はしてるんだが……そういう魔物退治とかの初陣は普通師と行くものなんだよ……俺が悪かったけどさぁ」
「師匠居なかったからユルゲンさんに代わりについてきてもらいました。ユルゲンさんから大丈夫だってお墨付き頂いたから大丈夫ですよ?」
「そうじゃなくてだな……」
「だって一人で頑張るしかなかったですもん。師匠が心配するような事はなかったから大丈夫ですよ?」
怪我もしなかったし、というか魔物とはいえ命を奪う事に躊躇った以外は問題なくこなせました。
直接殺した訳ではありませんが、命を摘む感覚は最初本当に慣れなくて吐いたけど……複雑な事に慣れてしまいましたし。魔物はやられる前にやらなきゃ駄目なんだって、魔法使いの先輩達を見て学びましたから。
だから大丈夫です、と笑ったら、オスカーさんは私の頭をそっと撫でた。立ち止まって見上げると、眉を下げて笑っている。
「俺、肝心な時に居なかったんだよな。……ごめんな」
「ううん、もう良いです。代わりに、これからはちゃんと側に居て貰いますもん」
「……ああ」
「さ、服飾店に向かいましょう! 師匠に似合いのローブを選びます!」
怒られる事覚悟でぎゅ、と腕にくっつくと、オスカーさんはただ眩しそうに私を見るだけだった。
「うーん、師匠すっっっっごい明るい色のローブ似合いませんよね。雰囲気が異質になってしまいます」
「最初から分かってるんだから着せるなよ」
という訳で大試着会。エントリーナンバー一番の真っ白のローブはオスカーさんには何というか似合わなさすぎた。オスカーさん気だるげな雰囲気あるから、こう、爽やかーな感じなの合わない。
オスカーさんも自覚してるらしく、直ぐにローブを脱いでいた。
「じゃあこっちはどうですか? 緑のローブ」
「外に出たら背景に溶け込みそうだな」
「そして魔法を誤射」
「却下な」
あえなく却下されてしまった。
むむ、と唸る私に、オスカーさんは普通にいつもと同じような真っ黒のフード付きローブを手に取る。
「別にいつものようなもので良いだろ、手頃だし。地味めな色がいい」
「えー……面白味がないです」
「お前な」
「それに、オスカーさん髪も瞳も濃い目の色だから、凄く重い感じになっちゃいますし、取っつきにくそうに見えます」
紫紺の髪に紫の瞳。そこに黒のローブが来たらかなり重い印象になってしまいます。いつものオスカーさんでもありますが、もう少し優しい印象を与えられたなら、皆近付きやすくなるんじゃないかなって。
ただ、オスカーさんとしては「別に取っつきにくくても良い」と言うのだ。……むう。
「……折角綺麗な顔してるのに、隠すの勿体ないなあって」
「別に綺麗でも何でもないだろ」
「えええ、師匠は自分の魅力が分からないのですか!? こんなにも素敵で、かっこよくて、兎に角素敵です!」
「わ、分かったから大声で主張するな馬鹿」
オスカーさんは分かってない、と頬を膨らましたら口を掌で塞がれてしまった。むぐぅ、と声で不服を表すと宥められるし。
落ち着いた所で離されたものの、オスカーさんは何とも言えない顔をしている。因みに奥で店員さんが肩を震わせていたのでばっちり聞かれていたらしい。
それに気付いたオスカーさん、滅茶苦茶恥ずかしそうだ。
「兎に角、師匠はもう少し着飾っても良いです。師匠は寝癖直してばっちり決めたらもっと格好いいのに」
「お前どんだけ俺に夢見てんだよ……どう考えてもイェルクとかテオの方が女受けは良いだろ」
「女受けですか? でも私、イェルクさんみたいな如何にもな美人さんとかには惹かれませんし、テオは格好良いとは思うけどそういう対象で見た事はないてす」
「……滅茶苦茶だな」
「人の好みはそれぞれですし、私は師匠が一番です!」
胸を張ると、オスカーさんは言葉を失って、それからそっぽを向いた。小さく「こいつ質悪い」と言われたので、何が質悪いのかさっぱりだ。オスカーさんは偶に変な事を言う。
何故か変な声で唸ってしまうオスカーさんに、私はまあ良いかと放っておく事にした。私が原因みたいだけど心当たりもないしどうしようもないというか。
「師匠師匠、じゃあこっちはどうです?」
よさげなものを見付けて、悩ましそうなオスカーさんの前に差し出す。
今度はオスカーさんの要望を取り入れて、紺地のローブ。ただ、裾にちょっと銀糸で繊細な模様が縫い込まれている。
決して派手ではないけれど、シンプル且つ品のあるデザインだと思う。これならオスカーさんが派手だと文句を付けないだろう。
どうだー、とわくわくしながら窺う私。
オスカーさんは、一蹴はせずにただローブを手に取り、着てくれる。
細身だから簡単に体のラインが隠れる。……ちょっとだぼっとしてるくらいがオスカーさんらしいというか。
「……まあ、悪くはない。ただ、結構大きいな」
「む。……もうワンサイズ小さいのがないか聞いてみます?」
「いや、これで良い。お前もこの方が良いんじゃないのか」
「何でです?」
「いや、お前よくローブの内側に侵入して……あ、」
そこで、オスカーさんは自分が何を言ったか気付いたらしい。
確かにじゃれたりした時はローブの中に入って引っ付いたりするけど、それは子供の頃だったし、今はさせてくれると思ってなかった。
けど、今回そういう言い方したのって、今でも入って良いって意味に受け取れるんだ。
「師匠がそういうならそれにしましょう! 決定!」
「待て、今のは口が滑った」
「これで都の外への依頼も安心ですね! 師匠のお布団があります!」
イェルクさんに聞いたけど、外の依頼だと移動に馬車を使ったりして近くに町がないなら車中泊になるのだと。夜は肌寒い事も多いから気を付けてね、と言われたのだ。
オスカーさんが側に居るなら、一緒に暖を取れる。完璧だ。
ふふふー、と笑顔で店員さんにこれください、と駆け出した私にオスカーさんは慌てた様子だったけど、私の喜びように「まあいいか」と妥協してくれたのだった。




