弟子志願が一人だとは限らない
後半に少しだけ流血描写があります。苦手な方はご注意下さい。
「オスカーさんオスカーさん、今日はどんなお仕事ですか?」
「取り敢えず黙ってついてこい」
無事オスカーさん達の仕事に同伴してもらえる事になった私……とテオ。テオもついてきてるのは、やっぱりイェルクさんが気になったからだろう。
テオには好きにさせてるのに私はがっちりと腕を掴まれているのは、何故だろう。同伴というか連行されてる気がするの。
でもオスカーさんから触れてくれるのは初めてなので、ちょっと嬉しい。
「今日は、山の麓の魔物狩り……なんだけど、どうしようか。ソフィちゃんにはちょっと刺激的すぎる光景だと思うんだけど」
「でも魔法使いのお仕事が見れるなら、大丈夫です。オスカーさんに弟子入りしたらそういう事もするんですよね!」
「だから弟子にするつもりは……ああいやもうお前言っても聞かないから無駄な気がしてきた」
「でしょう。だから諦めて弟子にして下さい」
「断る」
話の流れで弟子にしてもらえるかと思ったのに駄目だった。
街の外に出て、街道から外れて山に向かうオスカーさん達。
何気に歩みが遅い私を気遣ってゆっくり進んでくれるオスカーさんにちょっと頬を緩めて、遅れないようにぎゅっと腕にくっつくととんでもなく狼狽された。腕に抱きつくのは駄目らしい。
「……幼女趣味とかないですよね魔法使い殿」
「ねえよ! あるのはそっちのイェルクだ!」
「待って私幼女じゃないよ……?」
イェルクさんが幼女趣味なのはいつもの事なのでもう気にしない。オスカーさんが幼女趣味の疑いにかけられるのは可哀想だったので、そもそも私は幼女じゃないと主張しておく。
何処をどうみたら幼女に見えるのか。
テオを睨むとふいと目を逸らされるしイェルクさんを見たら「ソフィちゃんは可愛いよ」と答えになってない返事をされるしオスカーさんに至っては鼻で笑って「がきだな」とか言われるし。
……納得がいかない。
むうう、と頬を膨らませたら膨らませたで「やっぱりがきだな」と笑われたので、オスカーさんにはべったりくっついて仕返しをしておいた。急におろおろしだすオスカーさんに私も笑ってあげた。
「……っと、これからは真面目な仕事だからお前ら静かにして俺から離れるな」
「はーい」
「お前はもう少し離れてくれやりにくい」
腕にくっつくのはノーらしい。
仕事の邪魔をするつもりはないので少し体から離れて間隔を空けると、分かりやすく安堵したオスカーさん。……そんなに女の人に免疫がないなんて、今までどう生活してきたんだろう。
見た感じ、二十歳前後だと思うんだけどなあ。……弟子になったらオスカーさんに免疫をつけてあげなきゃ。
「なんか寒気がする」
「おいおい体調不良とか此処に来て止めてくれよ。……ほらきた」
ほらきた、とイェルクさんの台詞につられて前を見れば、普段私達が目にする事はない、魔物が居た。
ひゅ、と息を飲んだのは私とテオも一緒。街は結界に守られているから、街の外に出なければまず魔物となんて出会う事もないのだ。
熊に似ていて、でも人間より三回りくらいは大きくて、熊なのに両腕部が肥大化して前にだらりと下げたような立ち姿。体毛は自然では考えられないような、濃い青。瞳は対照的に真っ赤で――私達を、血走った目で捉えていた。
それが、奥に何体も。鹿や、猪のような姿をした魔物が居て。
「付近まで出てきたとか冗談じゃないな。……さっさと駆除するか」
「大体やるの僕なんだけどね」
「うっせ。俺だと加減が出来ないんだよ。お守りするしな」
けれど、二人は変わらなかった。
いつものように軽口を叩き合って、へらりと笑って。
「じゃ、二人と後ろは任せたよ」
「ああ。ヘマすんなよ」
「流れ弾が飛んで来ない限り大丈夫だから」
「誰が飛ばすか。……行ってこい」
その言葉を合図として、イェルクさんは姿を消した。ううん、物凄いスピードで駆けて、そしていつの間にか抜き放っていた剣を振るっていた。
最初に振るわれたのは、近かった熊のような魔物。
それはまるで風のようで、そして抵抗なんか感じさせない流れるような動きで、一瞬にして首と胴体を両断していた。まるでバターを切るみたいだ、と先日のマドレーヌを作った時を思い出して何だか胸の奥がぐるりと渦巻くような気持ち悪さを覚える。
イェルクさんはびしゃ、と血が飛び散るのも構わず二振り目でとどめとばかりに胴体を斜めに切り落とし、直ぐに近くに居た魔物に剣を振るう。それが当然だとばかりに、自然な動作で近くの魔物から片っ端に両断して。
地面に広がる赤い液体に、一つの生が急速に失われるのを感じて、思わず目眩がしてよろけてしまった。それも、オスカーさんに支えられるのだけど。
「だから言っただろう、遊びじゃないって。……命の取り合いもするんだ、生半可な覚悟でこられても困るんだ」
支えてくれたオスカーさんから、そう囁かれて……私は、魔法使いになりたいのなら逃げては駄目なのだと思い知る。
血が一杯出てるのは気持ち悪いし、命を奪うのは罪悪感があるけれど。でも、それがこの人達の仕事なんだ。楽しい事ばかりじゃ、ないのも、分かる。
「女に、それも子供にこういう光景を見せるのも悪いが……これが俺達の仕事だ。お前が想像してるような、明るくてふわふわした夢のような魔法使いなんて居ない」
「……大丈夫です。ちょっと気持ち悪かったですが、認識を改めました。魔法使いになるという気持ちは変わらないので」
「お前なあ……おっと」
話の途中で討ち漏れたらしい魔物が此方に向かっているのが見えて、オスカーさんはそれに慌てた様子もなく、ただ視線でその魔物を捉えた。それだけで、魔物に紫電が飛び、呆気なく絶命する。
……これが、魔法使い。本物の、魔法使い。私のようなちょっとした奇跡が起こるようなものではない、明確に自分の意思を以て、放たれる力。
凄い、そう零すとオスカーさんは苦笑して「図太いなお前」と私の頭を撫でた。
「ちょっとオスカー、僕一人に任せないでよー」
「はいはい」
くしゃくしゃともう一度私の頭を撫でたオスカーさんは、魔物と向き合って面倒臭そうにしながらもイェルクさんの援護をしていた。
二人揃うと、最早一方的過ぎる展開だった。
イェルクさんが前で急所を確実について倒して、その討ち漏らしはオスカーさんが後ろから魔法を飛ばして倒す。魔法も、電撃を飛ばしたり氷柱を刺したり燃やしたり(これはイェルクさんに火事になるから止めろと怒られてた)と、多彩で。
「……すごい」
「凄いな」
気付けば魔物は全部倒れていて、私とテオは同じ感想を同時に口にした。
本当に、あっという間だった。テオも、ただ戦闘に釘付けになっていた。特に、イェルクさんの剣技に見とれていたみたいで、ずーっとイェルクさんを視線で追いかけていたもん。
イェルクさんは返り血を浴びたまま此方に向かってきてオスカーさんに魔法で水をかけられていた。軽く吹き飛ばされてたけどへらへら笑っているのはいつもの事だからだろうか。
「や、オスカーも気を使うんだね。女の子に血塗れで近付かせるのは良くないって思ったんだろ」
「やかましい。感電させるぞ」
「おお怖い怖い」
掌でパチリと言わせたオスカーさんにイェルクさんはまたへらへら。
それから視線が合った私に「水も滴る良い男だろう?」とにこっと笑うので、私も怖さとかその辺が吹き飛んで思わず笑ってしまった。
……戦う姿が怖くないといったら嘘になるけど、イェルクさんは怖くない。
ふふ、と笑った私だけど、ふとテオが私の前に出てイェルクさんと向き合うように立った事に気付く。
……さっき横目で見た時、瞳が熱を持っていたから、うん、そうなると思ってたの。
テオ、何だかんだで私と行動似てるから。
「……イェルク殿、いえイェルク様。俺を弟子にして下さい」
「お前もかよ!?」
本日弟子志願二号が爆誕した。




