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隙間を埋める為に

「師匠、師匠は向こうで何してきたんですか?」


 ずっと気になっていたけど、今まで聞けずじまいだった事。

 オスカーさんはエルフの里に一ヶ月程滞在したそうですが、その間何をやっていたのでしょうか。聞こうと思ってもオスカーさんが避けてたので聞けなかったんですよね。


「エルフの里でか。……そうだな、ユルゲンの叔母、つまり俺の義理の大叔母と会って、ユルゲンから託された義祖父の形見と、日記を渡してきた」

「それが、ユルゲンさんに頼まれた事だったんですね」


 ユルゲンさんは自分がエルフの里には入れないと言うから、入れそうなオスカーさんに頼んだ。……まあそのせいでややこしい事になったけだ、ユルゲンさんを責めるのも悪いでしょう。

 ただ、かなーりタイミング悪かったというか、私を連れていかせて欲しかったというか。次行く機会があれば意地でもついていきますからね本当に。


「そうだ。まあ行って渡してきて色々見てきたが……何というか、本当に流れが違うんだなと思ったよ」

「え?」

「……ユルゲンの叔母は、どう見ても、子供だった。今のお前より若いかもな」

「ええっ!?」


 ユルゲンさんの叔母さん、という事は確実に何十年も前に生まれてますよね、それが、子供……!?

 いえ、確かに里と此方の流れが違うのだから、そういう事は有り得るのでしょうけど……!


「エルフは成長速度に個体差があるらしいんだが、それを差し引いても……なんというか、見掛けが若すぎるというか。そもそもエルフ自体長命だし。ああ、でも時の流れが違うとはいえ歳自体は俺よりは上だったんだぞ?」

「そ、そうですか……エルフって凄いですね」

「それを実感した」


 しかも俺を玩具にするわからかうわ……とエルフの里での事を思い出してやや遠い目をするオスカーさん。オスカーさんはオスカーさんで向こうで色々苦労したみたいだ。


「それで、まあエルフ達と会話したり色々文献を漁ってきた。俺達みたいな体質の人間の事とかな」

「分かったのですか?」


 ……私達の、特別な体質の事。


 ある程度は制御出来るようになった今、あまり意識をする事はないのだけど……私達は人よりもずっと魔法を扱う事が出来るらしい。私も無意識に使ってきた。


 だからオスカーさんは協会内でも屈指の実力者だと言われているし、私も魔法を習い始めて三年程だけど、三年で此処まで使えるようになるのは本当に有り得ないらしい。


 テレーゼとは同期だけど、彼女はまだまだ上手く魔法を扱えないようだ。実力差、というよりは魔法にどれだけ適合してるか、という事らしく、魔法そのものだと例えられる私は、異常に魔法が馴染む。


「何と言えば良いのか。……まあ特別変異、みたいなものには変わらないらしい。ただ、魂が人間のものとは思えない、と」

「……魂が?」

「人間のそれとは違う、だそうだ。体も魔法そのものに近い。生きる魔法とか言われるくらいには。……ただ、俺達は人間だし、人間であるつもりだ」


 まるで人とは違うんだ、と言われた気分になっていたのだけど、オスカーさんはそんな私の不安を見越したように、きっぱりと言い切る。


「普通にご飯を食べて寝て、感情もある、人間だ。魔法に近かろうが基本的なものは変わらないし生殖機能もなんら変わらない。当たり前だが人の腹から生まれてる人間だ」

「……魂の質が違うとか言われても。違うなら違うで良いですけど、師匠もなんですよね?」

「多分俺もお前もそうなんだろう」

「じゃあ良いです、寂しくないです!」


 ……オスカーさんが居るなら、じゃあそれでいいか、となってしまう私は、彼に傾倒しすぎなのだろう。

 でも、良いんだ。例え知らない誰かからお前は人間じゃないって言われても、私にはオスカーさんが居るんだもん。寂しくなんかないよ。


 もし、迫害されたら、とか考えるけど……その時は、オスカーさんは一緒に逃げてくれるかなあ。私達の事を知らない、新天地に、一緒に行ってくれたらいいんだけど。


 まあそんな事にはならないだろう、と自分の妄想に呆れて苦笑する私に、オスカーさんは呆気に取られた顔。


「師匠?」

「いや、お前なら悲しむかと思って」

「だって、私は私に変わりないのでしょう? なら良いですよ、師匠にとって私は私なんですから。私にとっても師匠は師匠です、それは誰に言われても変わりませんよ。人間とかそうじゃないとか、言われてもピンときませんし」


 私達は同じような存在で、一人じゃない。それだけで充分だと思う。

 まあ人間じゃないってテオとかに言われたら泣く自信あるけど、テオ達はそんな事言わないだろうから。


「……そうか。言うの躊躇わなくて、良かったんだな」

「師匠は私を突き放すのを躊躇って欲しかったですー」

「……ごめん」

「私こそごめんなさい。……もう大丈夫です、一人にしないんですよね」

「ああ」

「……うん」


 それだか約束してくれれば、良い。


 そっと隣のオスカーさんの腕に抱き付くように身を寄せて、体を預ける。

 ……もう、この手を離したくない。離したら、置いていってしまわれそうで。


 今度エルフの里に行く時は、私もオスカーさんについていくと決めてるのだ。もう、置いていかれないように。……そして、オスカーさんを置き去りにしないように。


 ぴと、とくっつくと、オスカーさんはびくっと体を揺らして、何故か恐る恐る私を見てくる。正確には、密着した胴体に。


「師匠?」

「……そ、そう言えば、お前指輪ぴったりになったな」

「え? あ、はい、そうですね、成長しましたもん」


 何か地味に誤魔化された気がするけど、何を誤魔化されたのだろうか。まあ良いけど。


「丁度良くなりました。似合ってますか?」


 むぎゅっとくっつきながらぴったりになった指輪をオスカーさんに自慢すると、オスカーさんはやっぱり目を逸らした。さっきから何なのだろうか。


「どうしたんですかさっきから」

「いや、何でもない」

「そうやって何でもないとか目を逸らすから、誤解が生じるのです」

「……すみません」

「怒ったりしないので言って下さいね」


 私に言いたい事があれば言えば良いのに。

 なんですか? と首を傾げて見上げる私に、オスカーさんはひどく視線をさまよわせながら唸って、それから意を決したように私を引き剥がして肩を掴む。


 ほんのり顔は赤い気がして、もしかして照れてるのかな、と思ったり。


「……あのですねお嬢さん、無邪気に抱き付くのは止めましょう。年頃の女の子が気軽に抱き付くもんじゃありません」

「何で敬語」

「そんなのどうでも良いから。……兎に角、抱き付くのは止めよう、な?」

「何で? 一人にしないんですよね、距離を埋めてくれるんですよね」

「物理的に埋めてどうすんだよ!」

「師匠。今回出来てしまった溝は、そもそもの物理的な距離のせいによるコミュニケーション不足と師匠の拒絶によるものです。その距離を埋める為には精神的な触れ合いは勿論の事、物理的に距離を埋める事により互いの温もりを分かち合いお互いを知る事も重要だと思うのです。根本的に対話が足りなかったですし、きっかけを作る為にも体を離してよそよそしく接するのは得策ではないかと存じます。ご理解いただけますか」

「……はい」


 触れ合いは私達の隙間を埋めるのに重要な役割を果たしているのです、とこんこんと説くと、オスカーさんは何故か肩を縮めてしまった。

 ……兎に角離れるのは嫌だという言い訳だったのだけど、オスカーさんが気圧されているのでこのまま突っ切ってしまえ。


「じゃあくっついても良いですよね」

「待っ、」

「……師匠、一年半も姿眩ませて放置して、その挙げ句突き飛ばしたり無視したり逃げたりしたんですよね……寂しかったのになあ。悲しくて毎日枕元を濡らしてたのに」

「……申し訳ありません、どうぞお好きにくっついて下さい」

「やったぁ! 言質とりました!」


 オスカーさんが折れてくれたので、私は遠慮なく抱き付く事にした。

 丁度目の前にオスカーさんの胴体があったのでそのまま凭れるようにしてぎゅっと抱き付くと、オスカーさんが呻く。……そんな体重かけてないんだけどな。


 ……まあ私もオスカーさんの罪悪感を逆手に取ってて卑怯なのは自覚してるから、本当に嫌なら止めるつもりだ。嫌われたくないもん。


 ぺとっとくっついて背中に手を回して、それから見上げる。オスカーさんは、唇をもごもごとさせていた。顔は、さっきより赤くなっている。

 オスカーさんはこういう密着が苦手なのは、分かってる。けど、そろそろ慣れて貰わないと困るのだ。


「……嫌なら離れますけど」

「嫌というか、……ほら、師弟だから、な?」

「師弟ですよ? だから何か問題が?」

「……や、良いわ。好きにしてくれ」


 何が駄目なのだろうか、と首を捻ったら、オスカーさんは諦めたように溜め息をついては遠い目をした。

 因みに、この体勢はオスカーさんが五分で根を上げたのでもう少し軽いスキンシップから始めないといけないらしい。

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