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ちょこっと信用をなくした師匠

 無事に仲直りした所で、私達は夕暮れだったけど迷惑をかけたテオ達とディルクさんの所に謝罪しに行った。


 テオ達は私とオスカーさんが手を繋いで(私がせがんだ)きた事で円満に解決したのだと分かったらしい。ただ、テオはまだ怒ってるらしくて無表情だった。まあ無表情はいつもの事なのだけれど。


 かなりお怒りだったテオが「次やったら二度と日の目を見られなくしてやる」とかなり物騒な台詞をオスカーさんにプレゼントしていた。オスカーさんは、とても真面目に首肯している。


 イェルクさんは穏やかに笑っていた、けど目が笑っていなかった。こっちの方がある意味怖い。

 オスカーさんもイェルクさんの怒りは実感しているらしく冷や汗。「一年半も弟子を放ってたもんねえ、僕悄気て萎れてくソフィちゃんずっと見てたんだよ」とまったりした口調がやけに恐ろしかった。


 オスカーさんも全面的に非を認めているので平謝り。……二人が私の為に、こんなに怒ってくれるのが、ちょっと嬉しかったなんて今は言えそうにない。


「まあ、今後はこんな事がないように」

「もうしません」

「したらテオの制裁が待ってるからねえ。……まあ僕も親友の過ちは正してあげるから、ね?」


 テオよりイェルクさんの方が怒ったら怖いと思ったこの頃。


 そんな訳でもう一度二人にはたかれてから、ディルクさんの家に向かった。

 ディルクさんは私達の行方とその後が気になっていたらしく、和解したと言えば安心していた。お弟子さん達も同様だったらしくて、皆少しずつ表情は違ったものの分かりやすくほっとしていた。


 本当に、皆に迷惑かけたんだな、私。


「あの、クラウディアさん。服お返しします」

「あら、貰ってくれても良かったのだけど」


 出会ってから数年経ってるので、クラウディアさんは私にも打ち解けてくれたらしく結構親しげに話してくれる。敬語が取れたのが良い例だ。

 ……まあクラウディアさんの方がお姉さんだから、敬語は外してもらった方が良いというのもあったけど。


「いえ、流石に高そうですし……」

「気にしなくても良かったのよ、楽しかったし」

「クラウディアは嬉々としてたらしいからな。その趣味はどうかと思うぞ」

「師匠は黙らっしゃい。……はい、これ洗って干しておいたの。ずぶ濡れだったから」


 然り気無く笑顔で足を踏んでディルクさんを黙らせたクラウディアさんは、私に紙袋を渡してくる。私があの日着ていた服一式とリボン、それから……見慣れない服が。


「あと、それはおまけ。……オスカー様の前で着てみると良いわ」

「はい、ありがとうございます……?」


 よく分からないけど、オスカーさんの前で着ると良い事があるらしい。有り難く受け取る事にする。


「心なしか寒気がしてきたぞ」

「オスカー、クラウディアはあれだ。……可愛い女に可愛い服を着せて悦に入るやつだから。弟子がお眼鏡に敵ったぞ、良かったな」

「良くない。……つーか本当に何の服を……」


 オスカーさんは頬を引き攣らせているけど、オスカーさんが喜んでくれるらしいのでまた機会があれば着ようと思う。


 そうしてお詫び行脚、といっても二ヶ所だったのだけど(ユルゲンさんの所は行ってないらしい)、それを終えて帰宅した私達。

 もう、とっぷりと日が暮れていた。


「……帰って来たな」

「そうですね。……晩御飯、作らなきゃな。ちょっと待ってて下さいね、確か野菜とか卵は残ってた筈なので」


 帰りがけに何か買って帰れば良かったかな、なんてちょっぴり後悔しつつ髪を束ねてエプロンを着けるのだけど、オスカーさんはそんな私をほうっと見上げていた。


「どうしましたか?」

「……いや。……その、しっくりくるようになったな、と。昔はエプロンに着られていた感じがあるから」

「む。まあ、大人になりましたし、ずっと家事してたから。ちゃちゃっと晩御飯作っちゃいますね、今日はそんなに凝ったの作れませんけど」


 肉も魚もないので、作れるものも限られてるんだけどね。野菜と卵は余ってるから野菜を具にした大きめのオムレツと、サラダぐらいしか出来そうにない。

 今日はご飯とか食べずにそのまま色々あったから、早めに出してあげたい。オスカーさん、お腹空いてるだろうし。


 さっと作りますね、とエプロンを翻して、私はキッチンに向かった。




 宣言通り、本当に手軽に作れるものしか用意出来ていない。

 せめて時間があったならスープとかも作れたのだけど、それもままならなかった。

 なのでトマトソースをかけた野菜たっぷりのオムレツとサラダ、あと残ってたジャガイモをオーブンで焼いたものくらいなのだけど、オスカーさんは何処かそれを目前として表情を明るくしていた。


「ほんと手軽なものしか作れなかったのですが」

「や、作ってくれるだけ有り難いと身に染みてる」

「大丈夫ですよ、もう飛び出したりしませんから。明日からはちゃんと食べ応えのあるもの作ります」


 昨日今日で色々ありすぎてこんな事になってしまったけど、明日からはちゃんと家事も再開するし、家出なんてしたりしない。

 もう、オスカーさんもあんな酷い事言ったりしないだろうし。


 まあ冷めない内にどうぞ、と勧めて、私もフォークでオムレツを割く。小さめの角切りにした野菜を入れたオムレツは、急造で拵えたトマトソースをからめて頂くのが一番良い。勿論なにもなくても味付けはしてるから美味しいのだけど。


 私なりにはまあ急いだ割にはそこそこに美味しいとは思うけど、そもそもこれ食材の味を生かしただけなんだよね。サラダとか食材そのものだから。


 もっと手間かけたかったなー、とか思ってると、オスカーさんは私の方を見ていた。


「……美味しいよ」


 ちょっと耳を疑った。

 あのオスカーさんが、美味しいって言った。


 ……これは、多分あれだ。オスカーさんはお腹空いてるんだろう。お腹空いてたら何でも美味しく感じるものだろうし。

 若しくは、私の機嫌を損ねていた負い目があるから褒めてくれてるんだろう。どんな料理を作っても美味しいと言ってくれなかったんだから、きっとそうだ。


「何だよその顔」

「空腹は最高のスパイスと言いますからね、それが美味しく感じさせているのでは?」

「何でそこまで疑ってんだよ。お前褒めて欲しいって言っただろ」

「別にご機嫌取りはしなくて結構ですけど」

「本気なんだよ」

「うそだー。だってこの間の腕によりをかけて作ったご馳走でも無言で食べてたのに、これが美味しい訳ないでしょう」

「あ、あれはその、素直になれなかっただけで」

「別に無理しなくて良いですよ? それに、美味しかろうとこれほぼ素材の味ですし」


 美味しいと言ってくれたのは有り難いし嬉しいけど、何というか、オスカーさんは美味しいとは絶対に言わない人だったから、信用出来ないというか。


 別に、美味しいの一言がなくても慣れてしまった。

 オスカーさんが離れるまでは勿論言わなかったし、オスカーさん居なくなってからは一人だったし、帰ってきたら帰ってきたで美味しい以前に無視するからそれどころじゃなかったし。


 今まで言われてこなかったから、もうそれならそれで良いかな、と思う私が居るのだ。美味しいと言わせたい反面、本当に美味しいのかと疑ってしまうし。

 だから、別に言わなくたって気にしないけどなあ。


「……これはあれか、俺の今までの態度のツケか」


 何故か食事の手を止めて愕然としているオスカーさんに「冷めちゃいますよ?」と首を傾げるしかなかった。

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