弟子の本音
ディルクさんに話をする事になったのは、翌日の事だった。
貸して貰ったふかふかのベッドに倒れるように眠り込み、起きたら幾分頭もスッキリしていた。多分、落ち着くのを狙ってディルクさんは当日に細かく話を聞かなかったんだろう。
寝た事で、ちょっと落ち着いた。
昨日程悲しみに満ちてうじうじしている訳じゃない。というか、皆が優しかったからちょっと慰められた。ご飯も美味しかったし、ベッドもふかふかで、心地好かった。……少しだけ、冷静になれた。
思い切り啖呵切って家出した訳だけど、オスカーさんは探してくれただろうか。それとも、私の事を見限って、そのまま放置だろうか。
考えると胃がきりきりするけど、私が勢いとはいえ家出を選んだのだから仕方ない。あの時は本当にオスカーさんの側に居たくなかったのだ。
借りた服に着替えて、私はディルクさんの元に向かう。
因みに今日も装飾過多なワンピース。クラウディアさんの趣味らしい、可愛い子に服を着せるのは。可愛いかはさておき、まあ満足してくれるなら良かった。デザイン的にあまり凹凸がない子用の服らしく、胸元がちょっときついけど。
「それで、どうした」
ディルクさんの部屋に入ると、テレーゼと一緒に待ち構えていた。ディルクさんは私の服装を見るなり哀れむような眼差し。テレーゼさんはちょっと遠い目だ。
まあ借り物なので文句を言うつもりはないし、何だかんだこういう服はちょっと憧れていたので。
「……師匠が、ずっと私に素っ気なくて」
ディルクさんの向かいに座るとテレーゼがお茶を入れてくれる。
私はその気遣いに感謝しながら、小さく呟いて告げる。
「オスカーが? あの弟子を猫可愛がりするオスカーが?」
「……師匠は、昔の私が良いそうです」
「は?」
何言ってんだという顔をされたけど、実際そういう事なのだと思う。
「師匠、帰ってきてから私と目を合わせないんです。触ったら、振り払ったりするし、近付いたら逃げるし。……師匠は、今の私なんて見てくれないんです。頑張ったのに見てくれないし、一人で出来るって証明しようと頑張ったら、怒るし」
「あいつがか?」
「一人で魔物倒しに行ったら、勝手な事をするなって怒られて。……勝手って言うけど、師匠は私の事見てくれないし頑張ったんだよって言おうとしても逃げるし。じゃあもう勝手にするしかなかったのにしたら怒るし」
「……取り敢えずオスカーが馬鹿なのは分かったぞ。ダメダメ師匠だな、ほんと」
オスカーさんが行方を眩ませる前なら、笑って「ディルクさんよりは良い師匠ですよ」と突っ込んだのに。
……今、ちょっとオスカーさんを庇える心境じゃない。
「だから言っただろう、私の方が良い師匠だと」
「……そうかもしれませんね」
少なくとも、弟子を無視したりする師匠じゃないのは、確かだ。
昔は自分を着飾る物扱いみたいなディルクさんは好きじゃなかったけど、今なら何となく弟子達が慕うのも、分かる。
装飾品というか、多分お弟子さん達はディルクさんを構成する一部なのだろう。物というか最早家族みたいな扱いだし、大切にしてる。何だかんだ、弟子さん達もからかいながらも師匠を好きみたいだし。
そういう師弟の形なのだろう。ディルクさん達にはそれが合っているのだ。
「……お前、本当にへこんでいるのだな。あんなに好きだと言い張った師匠が悪く言われてるのだぞ」
「大好きですけど、……そういう問題じゃないです。良い悪いで判断したら、今回の対応は良くないと思います」
……突き飛ばしたり弾いたりする事なかったと思うし、あんな怒る必要なかったでしょう。理不尽すぎる。
「師匠のばかぁ」
「……テレーゼ、どう思う?」
「多分、ですが。ソフィさんが成長した事に意識してるのだと思います。オスカー様は女性が苦手、と聞いているので」
「ああ……まあオスカーは苦手だな」
それはテオにも言われた。
それは知ってるし承知してるけど、私だよ? 一番弟子だよ? 今までくっついても気にしなかったというか慣れてたのに。別に、そう私は変化した訳じゃない、と思う。
「……でも、私が相手ですよ。ずっと弟子だった私が」
「ソフィさん成長しましたもの。ねえ師匠」
「ん? まあそうだな、脂肪は付いたと思うが」
「師匠」
「すみませんとても女性らしくなったと思います」
テレーゼに睨まれて、ディルクさんは悄気ながら訂正した。ディルクさん、ほんとお弟子さんに弱い気がする。
「という事です。きっと意識してるのだと思いますよ、女性として」
「……そうなのかなあ」
「そうです」
私はそんなにも変わったのだろうか。
そりゃあ、私も一年半も経ったからちょっとは大人っぽくなったよ? クラウディアさんみたいなナイスバディではないけど、ちゃんと女の子っぽい体型になったけど、でもそんなの誤差範囲だ。
少なくとも、無視して良い事にはならない。というか、それならそれでオスカーさんにももっとやりようがあった筈。
「……なら仕方ない、……なんていう訳がないでしょう」
ちょっと冷静になって考えてみれば、私に然程非はない筈だ。精々オスカーさんの気持ちを推し量る事が出来なかったくらいで。
でもオスカーさんも同じだろう、私の気持ちなんてちっとも分からないだろうし、というか分かろうともしてないだろうし! 散々無視して逃げて手を弾くし!
「ならそう言えば良いでしょう師匠のばかぁぁぁぁぁ!」
「あっキレたぞ」
「当然の帰結というか」
「たかがそんな事で私を無視しますか! 私の中身が変わった訳じゃないんですよ!? へたれにも程がありませんか!?」
女の子っぽくなったからってあんな態度で突き放すとか有り得ません! 寧ろ女の子っぽくなったなら相応に扱うべきでしょう! なのに乱暴に振り払ったり手を弾いたり!
せめて言葉で言ったなら私も気を付けたしもう少しやりようはあったのに!
「師匠のばか、ばか、ばかぁ!」
「……お前は、オスカーと仲直りしたいのか?」
「したいに決まってます! でも師匠避けるし怒るし逃げるし、出来る訳がないじゃないですか! それに私謝りたくないもん!」
「……だとさ、馬鹿師匠」
え?
ディルクさんの言葉に耳を疑った私。その疑問は、奥にあった扉が開いた瞬間に、解決した。
昨日喧嘩別れした筈のオスカーさんが、そこに立っていた。




