幼馴染みの慰め
オスカーさんが帰ってきたその次の日、オスカーさんは報告書を提出する為に朝早くから出掛けてしまった。
昨日はオスカーさん、晩御飯も食べずに部屋にこもりきりだったし、今日は今日で私の寝ている間に家を出てしまった。夕方に帰ってくる、と書き置きはあったからまだ良かった。
ちょっと夜に泣いて疲れて寝てしまったから、起きるのが遅かったというのもあるのだけど……何だか、避けられている。というか、間違いなく避けられている。
私が一体何をしたというのだろうか。まだオスカーさんとは殆ど言葉を交わしてもない。別に過度にくっついた訳じゃない、そもそもオスカーさんが距離を取るし。
……思い出したら悲しくなってきた。考えるのは止めよう。
はぁ、と随分と気が重くなってしまった私、取り敢えず買い物に出掛ける事にした。
折角だし、オスカーさんが帰ってきたのだから、ご馳走でも作ろう。
オスカーさんが居ない間に料理の腕だって上がったし、美味しいって言ってもらえるかな。テオやイェルクさんにはよく振る舞ってるし、太鼓判押されてるんだけどな。
二人はオスカーさんが居なくなって悄気ていた私を気遣って、よく遊びに来てくれた。……本当に、二人には感謝してる。ディルクさんやテレーゼ達も、優しくしてくれたし。
後でちゃんと報告しなきゃな。
「ソフィ?」
市場で材料を買い込んでいると、私を呼ぶ声がした。
紙袋を抱えながら振り返ると、丁度さっき考えた相手が立っている。
「テオ、どうしたの珍しい。お仕事は?」
「休み。お腹空いたから買い出し」
先に大人になったテオは、もうすっかり男の人の体格だ。なんならオスカーさんにも近付いているし、逞しさならオスカーさんより上だ(オスカーさんは細いし仕事以外は軽く引きこもりなので)。
すらっとした長身に引き締まった体。顔立ちも男の子らしくなった、私は見慣れてるけど客観的には凄く整ってる。これで騎士団にでも入れば美形の凄腕騎士とか持て囃されそう。
かなり私を見下ろすようになってしまったテオ。今日は、仕事も鍛練もお休みみたいだ。
「なるほど。良かったらお昼作ろうか? 師匠、夕方に帰ってくるって書き置きしてたし」
「帰ってきたのかあいつ」
「こーら、歳上でしょ。……うん、昨日帰ってきたよ」
テオ、何か昔はオスカーさんの事『魔法使い殿』って呼んでて、慣れてきたらちゃんと『オスカー殿』って呼ぶようになったのに。……今は最早『あいつ』とか『あの魔法使い』とか雑な呼び方になってる。
多分、テオは私が凹んでるの見て怒ってるんだろうなあ。テオ、私の事大切にしてくれてるから。
「……何かあったんだな。分かった、御馳走になるついでに話くらい聞くよ」
泣かせたとかならぶっとばす、と小声で呟いたのは聞こえなかった事にした。……き、昨日思い切り泣いたのは言わないでおこう。オスカーさんしんじゃう。
頬を強張らせる私にテオは「買い物は済んだか?」と聞いてくるので、頷く。すると荷物を取られた。そのまま、私の家に向かって歩いていく。
……こういう所は紳士的なんだよなあ、とか思いつつ、私はテオの隣を歩く事にした。
「……師匠は、私に何か不満があるのかなあ」
簡単に昼食を済ませた後、私はテオと隣り合って座り、口を開いていた。
オスカーさんが帰ってきた後の反応や、避けているという事をかい摘まんでお話しするのだけど、テオの無愛想な表情が負の方向で歪みだした。
剣、私が預かってて良かった。今のテオに持たせると危ない気がするの。
「……取り敢えず、あいつが馬鹿なのは分かった」
「ば、馬鹿とまでは……」
「大馬鹿だと思う。……つまり、あいつは今のソフィが知らないソフィになったから戸惑ってるんだろう」
「戸惑う?」
「……まあ気持ちは分からなくもない、しかし動揺して素っ気なくするのは理解出来ない」
テオは、オスカーさんの態度の理由が分かるらしい。
……戸惑ってる、と言われても、私はオスカーさんの知るソフィとなんら変わらないのに。……前と同じように、側に居てくれて、他愛ない会話して、一緒に笑ってくれるだけで、良いのに。
私、そんなに、変わったのかな。オスカーさんが私じゃないと疑うくらいに、変わったのかな。
……私は私なのに、疑われて、信じてもらえなくて、避けられて。どうしたら、良いんだろう。私はどうしたら、昔のように戻れるんだろう。
「前みたいに、戻れるかなあ」
「それは向こうが感情に折り合いつけるしかないだろう。ソフィは、何ら悪くないから。あいつが馬鹿なだけだ」
「……そんなに悪く言っちゃ駄目だよ」
「良いんだよ、ソフィ泣かせたし」
う、ばれてる。一応朝目許冷やしたんだけど、まだ腫れてたかな。
「時間経っても改善しないなら、一度うちやあの赤い魔法使いの男の家に避難でもすれば良いからな。友達が弟子なんだろ」
「……うん」
「俺は師匠のうちに居るけど師匠も喜ぶよ。何もしないから安心しておいてくれ。師匠も、ソフィを庇うだろうし」
「……そうかなあ」
「そうだよ。……だから、辛くなったらどっかに逃げるなり、部屋に引きこもるなり、自分の精神の安定を第一にしてくれ。……我慢はしなくても良いんだから」
ああ、テオはやっぱり優しい。昔から、ずっと私の事見ててくれたし、いつも励ましてくれる。私の大切な幼馴染みで、お兄ちゃんみたいな安心感をくれる人。
……お兄ちゃんは未だ見付かってないから、お兄ちゃんが居なくなってからはずっとテオにべったりしてたなあ。
私の頭をあやすように撫でてくれるテオに、私は「もうちょっと頑張ってみるよ」と小さく返した。
「オスカーさんお帰りなさい」
テオは心配しながらも帰宅して、私は晩御飯を頑張って作っていた。凹んでばかりではいられない、と気を奮い立たせて、御馳走にしてみたのだ。
エプロンを着けたまま笑顔で出迎えると、オスカーさんは目を剥いた後やっぱりそっぽを向いてしまった。ま、負けない、挫けない。
「今日はちょっと腕によりをかけたんです!」
「……何で」
「折角師匠帰ってきたから、お祝いしようと思って。さ、師匠、早く早く!」
出来立てを冷めない内に食べて欲しくて、手を引こうとオスカーさんの手を取って……それから、振りほどかれる。
バシ、と思ったよりも強く振り払われ、というか弾かれて、じわりと広がる痛みに目を丸くする。……自然と、また涙腺が緩むけど、唇を噛んで我慢。
オスカーさんは、弾いた手を見た後私の顔を見て、眉を寄せた。それは、怒っているようにも、嫌がっているようにも、後悔しているようにも取れる。
……ごめんテオ、泣き言を言うけど最初から結構きつい。
分かんない、分かんないよ。オスカーさんが何考えてるかなんて。
「……ごめんなさい。先に、食事の準備してますね」
声が震えないように気を付けながら告げて、私はキッチンに戻って、それからしゃがみこんだ。
……苦しい。お腹と胸がぐるぐるもやもやかっかして、熱くて、気持ち悪くて、どうして良いのか分からない。何処に吐き出したら良いんだろう。
オスカーさんがただ前みたいに戻ってくれるだけで、きっとこの渦巻く靄は晴れるのに。
どうしたら良いの、私。




