尾行も時には必要です
「此処最近何処に通ってるんだ」
やっぱり好奇心には耐えきれず、朝から二人をこっそりつけてみようと家を出たら、テオに出くわした。
まだまだ朝早いというのに何で外に居るのかと思えば、素振りをしていた。テオは騎士志願らしくて、成人したら騎士団に入るんだと意気込んでいる。
今日もまた、朝から鍛練なのだろう。
「んー、魔法使いさんの所。弟子にしてもらおうと思って」
「君も飽きないよな。まだ魔法魔法言ってるのか」
「テオだって私の周りで起きてる変な現象見てきてるでしょ。使いこなせるようになりたいもん」
テオは、私の秘密の共有者というか共犯というか。昔からテオとよく遊んでいたし、目撃する回数が多かった。……偶にテオのせいにしてたけど、あれは反省してる、いや本当に。
「でも魔法使いって数少ないんだろ。その人は本物なのか」
「本物だもん! 多分!」
「多分なのか」
「魔法見たことないけど、でも魔物退治に呼ばれた人達だから本物だよ」
「騙されてないと言えるか?」
……テオは疑ってかかってるけど、オスカーさんは本物の魔法使いだもん。多分。
私が訪ねた時はいつもぐうたらしてるけど、魔法使いだもん。ほんとだもん。……魔法使いだよね?
そう言われるとちょっと怪しくなってくるけど、でも凄腕の魔法使いって聞いたし。
「じゃあ魔法使う所を見たら良いんだよね。今日オスカーさん達外に行くって言ってたから、こっそり後をつけてみるつもりなの。テオも行く?」
「……一人で行かせたら危なっかしい気がするからついてく」
「失礼だよね。私はしっかりしてるもの」
「しっかりしてると自分で言う人間程しっかりしてないらしいよ」
「テオかわいくなーい」
昔はもっとにこにこしてたのに、今では無愛想だし何か素っ気ないのかお節介なのか分からないし。優しい事には変わりないけども。今だって私が騙されてないか気にかけてくれているし。
頼りになるのは間違いないのだけども。
何だかんだで面倒見は良いのよね、とかひっそりと笑いながら、テオの手を取る。
握った掌は、少しだけ汗で湿っていたけれど、温かくて昔のテオのままだとまた笑った。
「……あれが魔法使いか? やる気の無さそうな顔をしているが」
「さりげなくテオひどい」
街に出て泊まっていた宿屋を張り込みしていたら、二人が出て来た。
ローブを纏っている方が魔法使いのオスカーさんだ、と教えた結果感想がこれ。中々にテオは毒舌だと思うの。
「確かに宿屋でのんびりしてるけど、やる気がない訳じゃない筈。魔物退治行ったとも言ってたし」
「この目で見るまで信用出来ない」
「テオは疑り深いね」
「ソフィが人を疑わなさ過ぎだ」
尾行しつつ、ひそひそ。
今のところ尾行はばれていない筈。後ろ一度も振り向いていないし、距離もある。物陰に隠れて移動してるから、そう簡単にはばれない、と思う。
今日のオスカーさんは、珍しくきっちりとローブを纏っている。普段はシャツとズボンでごろごろしてるので、ちょっと見惚れてしまったり。
オスカーさん、いつも髪の毛ぼっさぼさだけど、今日は綺麗だ。夜の空みたいな、紫と紺が混じりあった深い色の髪。
私の髪は白っぽい銀で、年寄りとか言われたりするから、オスカーさんみたいな髪の色は羨ましい。
「……ソフィ、魔法使いの隣の人は?」
「え? ああ、仲間のイェルクさん。多分、剣士なのかなあ」
よく見れば、イェルクさんは腰に剣を佩いている。魔物退治の仲間だと言っていたから戦えるのだとは分かっていたけど、剣を扱うなんて思ってなかった。
……だって、イェルクさんいつもへらへらしてるし、細いから。
「……剣士」
テオはオスカーさんよりイェルクさんが気になったらしく、目が釘付けになっている。テオは騎士志望だから、剣を扱う人が気になるんだろう。
後でイェルクさんにお願いしてテオに剣の稽古でも付けて貰えないかなあ、とか考えていたら、二人は街の出口に向かうのではなくて、その手前にあった曲がり角で曲がった。
「テオ、見失っちゃう!」
「追いかけるんだな」
「勿論!」
早く追い付かないと見失っちゃう、と走って追い掛けて、曲がり角で曲がって……。
「お前ら何こそこそつけてきてるんだよ」
そして、オスカーさんに取っ捕まった。
「い、いつから気付いて」
「最初からだよ。何かあほが居ると思ってな」
「偉そうに言ってるけど最初に気付いたのは僕だけどね」
側に居たイェルクさんの苦笑。気配を察知するのは得意なんだ、と言うイェルクさんは、戦う人なんだなと改めて思い知らされる。……そしてテオはじーっと腰から下げられた剣を見てるし。
視線に気付いたイェルクさんが不思議そうに「彼は?」と問い掛けるので「幼馴染です」と返す。
テオは、真顔のまま腰を折った。
「ソフィの保護者です、どうも」
「待って、一歳しか変わらないから。幼馴染だから」
「おー保護者か、これを連れ帰ってくれ」
「オスカーさんひどい!」
面倒そうなのはいつもの事だけど、やっぱり拒まれるのはちょっと悲しい。弟子にしてくれるまで負けないけども。
むー、と唇を尖らせて不満を露にする私、鼻で笑うオスカーさん。そして、相変わらず無表情のテオ。
「あなたが魔法使いですか」
「……そうだが」
「胡散臭い」
「お前二人、歯に衣着せないなほんと」
あっオスカーさんちょっとイラッとしてる。イェルクさんはまあまあと宥めてるけど、確実にイラッとしてるよオスカーさん。
「あなたのせいでうちのソフィが変な方向に進むのでたぶらかすのは止めて下さい」
「いつからテオのうちの私になったのかな……」
「そうか。じゃあお前もこいつを連れて帰ってくれるとありがたい。俺らは今から仕事なんだ」
「そうそれ! お仕事見せて貰いたかったの忘れてた!」
うっかり尾行が目的みたいになってたけど、本命はお仕事をこっそり覗き見る事なんだよね。
……見付かっちゃったからこっそりは不可能になったけど、見つかってしまったからには正々堂々正面からお願いするしかない。
「お仕事着いてっちゃ駄目ですか?」
「駄目に決まってるだろ、遊びじゃないんだぞ」
「じゃあ後ろからついていきます。嫌だと言われてもついていきます」
「お前もしつこいな……」
「俺からもお願いしていいですか、魔法使い殿」
テオ……味方してくれるの?
「ソフィは駄目だ駄目だと言われる程燃えるし、駄目なら無理矢理ついてくので。目を離して怪我されるよりは側に居させた方が安全だと思います」
……確かにそうだけど、人から指摘されるとなんか凄く複雑だ……。
これにはオスカーさんも心当たりがあったらしく「ああ……」とちょっと遠い目をしている。……オスカーさんの中で、私はきっと駄々っ子のイメージなんだろうな……弟子にしてくれるまで直す気はないけど。
「オスカー、目を離した方が危険だから、手綱掴んだ方が良いと思うよ」
「手綱……そうだな、そうした方が安全な気がしてきた」
手綱って……とは思ったものの、黙っていれば連れてってくれそうな雰囲気だったので、口を閉じておいた。
「……絶対に、指示に従うと誓えるか?」
「はい!」
「嬉しそうだなちくしょう。分かった分かった、大人しくしてるならつれてってやる」
「ありがとうございます師匠!」
「師匠になってない!」
やった! とオスカーさんに抱き着いて感謝の気持ちを露にすると、ビクッと大袈裟に揺れるオスカーさん。
こてんと首を傾げると、ぎこちなく顔を逸らして「離れろ」と呻く。凄い、嫌そうというか戸惑いだらけの反応に、私が逆に戸惑いそう。
「あー、オスカーは女に免疫ないから。話すのでギリギリくらいなんだよね」
「うるさい黙れ。誰ががきなんか意識するか」
「がきじゃないですー!」
もー、と離れて胸をぺしっと叩くと、少しだけ安堵したような表情を浮かべたオスカーさん。
……接触はいざという時の為に取っておこうとこっそり決めた今日この頃。




