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そうして弟子は大人になった

三章開始です。三章は時間が飛びます。

 私はソフィ=ブルックナー。魔法使い見習いだ。

 年齢は半年程前に十五歳の誕生日を迎えたので十五歳と半分。オスカーさんと過ごしたのも約一年半となった。


 年齢と過ごした日々の計算が合わないのは、オスカーさんが私の十四歳の誕生日一ヶ月前、つまり約一年半前に行方を眩ませたからである。


『ちょっとユルゲンに頼まれ事をされたから、暫く家を開ける。待っててくれ』


 そう言い残して何処かに行ってしまった。

 てっきり、暫くだから一ヶ月くらいかな、とか思ってたのに。誕生日祝ってくれるって約束してたのに。


「一年以上も帰ってこないのはどういう事!」


 オスカーさんは帰ってこなかった。


 1ヶ月、半年、一年待っても音沙汰なく、そしてとうとう一年半の年月が流れた。

 ……誕生日前に出て誕生日までには帰ってくるからとか言ったから私も頑張って待ってたのに、誕生日になっても帰ってこなかったし! それも二回目も!


 お陰で私はもう十五歳も半ばだし、とっくの昔に成人した。

 成人の儀式の後見人はユルゲンさんがやってくれたから良いけど! 普通後見人って家元を離れてるから、保護者のオスカーさんがするべきじゃないかな!?


 オスカーさんが居なくなってから、私は成長した。

 ちょっと背も伸びたし、胸だって膨らんだしくびれだって出来た。褒めてくれた白銀の髪もお尻まで伸びたし、顔立ちだって大人っぽくなった。小指の指輪だって、狙い済ましたかのようにぴったりになった。


 オスカーさんも見直してくれるかな、なんて甘い事を考えながら待ってるけど、私そろそろ怒っても良いと思うの。


 オスカーさん自体には多分悪い事は起きていない。契約印は、何となくだけどオスカーさんの無事を伝えてくる。ただ、何だか違和感は感じる気がするけども。

 もわもわ、する。なんか、変な感覚がするんだよね。でも、オスカーさんは取り敢えず無事なようだ。




 あまりに帰ってこないオスカーさんに、私は痺れを切らして失踪もといお使いに行って三ヶ月のところでユルゲンさんに怒りながら聞きに行った事がある。

 頼まれ事とは何なのか、何処に行ったのか、何故こんなに遅いのか、と。私も聞くまでかなり我慢した方だ。


 ユルゲンさんも此処まで帰ってこない事は驚いていた。隠す必要もないか、とあっさり教えてくれた。


「オスカーにはエルフの里に行ってもらってる」

「……エルフの里に、ですか?」


 ユルゲンさんの、故郷……という訳ではないらしいけど(此方で生まれたそうなので)ユルゲンさんにとっての、大切な場所。

 エルフの、聖地。

 ただ、どうしてオスカーさんが? というか、人間が入れる場所なんだろうか。


「父親の形見を、里に居るだろう叔母に渡そうと思ってね。あと、君らみたいな体質の子についての文献がないか聞いてもらってるんだ」

「理由は分かったんですけど、オスカーさん入れるんですか?」

「エルフは魔力そのものを好むから。私は、人間との混ざりものとしてエルフの血を薄れさせた罪みたいなものがあるんだよ。だから、入れない。けど、オスカーは魔法が形になったような存在だから、エルフには快く受け入れてもらえる筈だ」


 勿論君もね、と付け足されたけど、それは喜んで良いのか悪いのか。

 少なくとも、ユルゲンさんにとっては、羨ましい事なのだろう。入りたくても入れない、故郷にも等しい場所。父親の生まれた場所に入れるのだから。


 用事は分かったしそれなら仕方ない、のは分かるけど、こんなにもかかるものなのだろうか。


「エルフの里はちょっと時間の流れ方が変則的というか、一定じゃないんだよね。まあ有り体に言えば、あっちの時間とこっちの時間は必ずしも同じではないんだ。此方の方がちょっと時が過ぎるのが早いんだ」

「……つまり、師匠は向こうで普通に過ごしてても私達はそれより早く時間が過ぎると」

「そういう事になるね」

「何でそんな所にー!」


 理由は分かるし理屈は納得出来るけど、感情が納得出来ない。


 帰ってくるの遅くなるって分かっててユルゲンさんは送り出したんだ、それにそれとなくオスカーさんも知っていた筈だ。

 ……だったら誕生日までに帰ってくるなんて希望を持たせるなー!


 当然怒ったけど、ユルゲンさんも悪くない。いや個人的にはどうせなら私も行かせて欲しかったと責めたいのだけど。

 早く帰ってこなきゃ、私怒るんですからねオスカーさん。




 とまあそんな事があったのが、一年と数ヵ月前。


 見事帰ってこなかったオスカーさんの帰宅を今か今かと待ちながら、私は一人で鍛練していた。というか実戦に移っている。


 十三歳の誕生日からオスカーさんが出発する前までの、十ヶ月程。

 私はオスカーさんからみっちりと魔法の扱い方を仕込まれたし、魔法だってちゃんと扱えるようになった。


 そしてオスカーさんが出発してから今までの一年半で、私は自分で言うのもなんだけどめきめきと実力を伸ばした。オスカーさんが帰ってきたら、これだけ頑張ったんですよ、って胸を張る為に。


 私は頑張った。兎に角頑張った。オスカーさんが居なかったから、ユルゲンさんや色々な結果仲良くなったディルクさんとその愉快な仲間達もといお弟子さんに、教えを乞う事もあった。

 頑張って、一人で魔物を倒せるようにもなった。依頼をこなしてある程度自活出来るようにもなった。


 私、頑張った。

 だから――そろそろ帰ってきてくれないと、私、怒る、よ。




「……不貞腐れているな」

「これを不貞腐れずにしてどう待てと」

「まあ気持ちは分からんでもないがな。まあ落ち着け」

「むぎゅう」


 今日はディルクさんのお屋敷に来ている。テレーゼに招待されたのだ。

 ディルクさんに焼き菓子を口に突っ込まれて黙らされたので、私はもぐもぐとしながらもオスカーさんの不満にテーブルをバシバシと叩く。

 サッとテレーゼもディルクさんもカップを持ち上げて避難させる辺り、本当にいつもの事になってきた。


「大体あやつが筆不精なのは今更であろう。中間報告もしないし。自己中心的だからな」

「それはそうですけどぉ。というか自己中はディルクさんですー」

「何ィ!?」

「オスカー様も早く帰ってくると良いのですが……」

「テレーゼぇ……」

「おい私は無視か!」


 ディルクさんをスルーして自己中心的を否定しないテレーゼ。

 けど何だかんだ楽しそうに、毎日健やかに暮らしているので、やっぱりディルクさんの事は好きなのだろう。……良いなあ、師匠が側に居るって。


 不満ありありなディルクさんはまあ流して、私は側に居るテレーゼに凭れかかる。ぐず、と鼻を啜るとそっと頭を撫でてくれる。

 テレーゼは、最近かなりしっかりしてきた。弟子間の荒波に揉まれたらしく、意見ははっきりと言うようにはなった。気弱そうなのはあまり変わらないんだけど、こう、控えめな中にも芯がある。


「エルフの里、というのはそこまで時間差があるものなのでしょうか」

「流石に極端なものではないとは聞いてるんだけど……実際帰ってこないし……」

「もしかしたら、お前が中年になっても帰って来ないかもな」


 ……中年になっても帰ってこないで、お婆ちゃんになったくらいで帰ってきたら。……オスカーさんは若いままで、私だけ、老けて。


「うわぁぁぁぁんそんなの嫌だぁぁぁぁ」

「師匠! ソフィさんを泣かせないで下さい! 全くもう、いつも一言多いし女心を気遣いませんし。ほらソフィさん、大丈夫ですから泣かないで下さい」

「ううう、もしそんな事になったらディルクさんの髪の毛根こそぎ抜いてやる……」

「禿げるだろう!」


 反射的に頭を押さえているディルクさんを横目にテレーゼにしがみつく。テレーゼはディルクさんに冷ややかな眼差しを送っていて、ディルクさんがショックを受けているのでちょっと溜飲が下がった。


 ……もし、オスカーさんがいつまでも帰ってこなかったら。


 私は、どうしてるのだろうか。一人で、ずっと主の居ないあの家を待ち続けるのだろうか。それとも、オスカーさんへの恋心を薄れさせて、誰かと結婚して家庭を築くのだろうか。


 今の私では後者はまず有り得ない。

 私は今でもはっきりとオスカーさんが好きだと言えるし、想いは募る一方だ。気持ちに偽りはない。


 けど、もし十年経ったなら?

 私はこの想いを保ち続けられるのかな。……好きで、居続けられるのだろうか。


 ぐず、と鼻を啜って、私はテレーゼの肩口に額をくっつける。


「早く帰って来てよぉ……」


 小さく呟くと、テレーゼは何も言わずに私を抱き締めてくれた。

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