二人きりのしあわせな誕生日
オスカーさんとの食事を楽しんで、それから食後の団欒に。勿論、食後のイチゴタルトは美味しく頂いた。
……前に食べたものよりもずっと美味しく感じたのは、誕生日効果だからだろうか。
居間のソファにくっついて腰掛ける私。オスカーさんも今日ばかりはくっついても怒らない、というかよしよしと撫でてくれて私は実にご満悦である。
にゃーん、と甘えるように凭れると、オスカーさんは微妙にぎこちなさそうになりながらも甘やかしてくれる。顎の下を指で擽るように撫でてくるのだ。本当に猫を扱うみたいだ。
幸せだ、オスカーさんに祝ってもらえて、甘えさせてもらえて。前半の憂鬱さを帳消しにして余りある幸福だ。
オスカーさんも優しいし、一杯触ってくれるし、撫でてくれるし、もうこれだけで私は確実に幸せなのである。欲を言うなら抱っことかハグして欲しいけど、照れ屋さんなオスカーさんにそこまで期待しちゃ駄目だろう。
代わりに全力で甘えて喉を鳴らす。
ふにゃふにゃと自分でもふやけてしまったと分かる顔のままべったりすると、オスカーさんは顔を逸らしてしまった。
「ししょー?」
「渡したいものがあるので離れてください」
「は、はい」
何故か敬語でお願いされたので、まああんまりくっつきすぎるのも良くないよなとそっと離れて見上げる。ただ、手は握ったまま。……だって、オスカーさん珍しく好きなだけ甘えても許してくれるんだもん。
こてん、と首を傾げた私に、オスカーさんはこほんと咳払い。
それから、懐に片手を突っ込み、もう片方の繋いだ手は私の手ごと軽く持ち上げる。
「あくまで小指だからな。勘違いするなよ」
何だか言い訳じみた言葉をもごもごと口にしつつ、オスカーさんは勢いよく私の小指に何かを突っ込んだ。
ひんやりとした、金属の感触。
「日頃頑張ってるご褒美、だ」
その言葉と共に、そっと手が離され、小指にされた事が漸く判明する。
小指に、契約印を形にしたような、蔦が絡み合ったような環がはめられていた。
少し緩くてすぽっと抜けてしまいそうなそれは白銀の輝き。小さな花が一つだけ咲いていて、それは青の花弁で。私の瞳の色のような、青い色。
「テオが言ってたんだよ、指輪欲しがってるって。……勘違いするなよ、深い意味はないからな。お前はいつも都合よく解釈を……うおっ!?」
「ししょぉぉぉぉっ」
「また泣くのか!? 今日涙腺緩みすぎだろう!」
「ししょーが悪いんです、一人にするし、いきなりサプライズするし、ししょー素敵ですばかああああ」
抱き付いてごちゃ混ぜになった感情を涙と共にぶつけると、オスカーさんは若干引け腰になったもののゆっくりと背中に手を回してぽんぽん。
小さく「俺も甘くなったなあ」と呟いたオスカーさん。きっと子供を甘やかすつもりで触れてくれるのだろう。
「ししょう、ししょー、ありがとうございます、だいすきです」
「はいはい」
オスカーさんは、本気にしてくれない。
……けど、今は本気にしてくれなくても良いや。今幸せだもの。
えへへ、と涙を拭いながら笑って、ぐりぐりと額を肩口に押し付ける。
泣いてしまったけれど、私はとても今胸が温かい。これは嬉し泣きだから、良いんだ。こんなにもあっさり泣いてしまうなんて恥ずかしいけれど、オスカーさんが泣かせてきたんだもん。
ぐりぐりしながら、ちらりと小指に光る指を見て、へにゃり。
ちょっと大きめなのは、サイズを間違えたそうだ。オスカーさんらしい、こういうところは詰めが甘い。……でも、大きくなったら、きっとぴったりになるだろう。
「今日は師匠に一杯泣かされましたね、ひとりぼっちの時に泣いちゃったし」
「うっ。……仕方ないだろ、ごめんって」
「大丈夫です、我慢出来ましたから」
うりうり、と今度は頬を擦り寄せる私に、オスカーさんは「ああくそ」と漏らす。
「分かった分かった。お詫びに一つだけ、俺に叶えられる事があるなら何でも叶えてやるぞ」
「えっほんとです? 師匠太っ腹!」
「あくまで、出来る範囲だからな」
ねだったつもりはなかったのだけど、オスカーさんはやけくそ気味に私に告げる。念押しをしてくるのは、余程私が難しいお願いをしてくると思ったのだろう。
……私、そこまでごうつくばりじゃないよ?
お願い事、かあ。……でも、大体叶ってるしなあ。
強いて言うなら、今日あんまり側に居られなかったから、もう少し側に居たいくらいで。
――そうだ!
「あっ、じゃあ、一緒に寝たいです!」
「却下」
「お願い何でも聞いてくれるって言ったのに!」
「出来る範囲って言っただろ!」
「お金もかからないし直ぐに実行出来る事ですよ!?」
あえなく却下された。
何故駄目なのか。お金かからないし簡単に叶えられる事なのに。お口にちゅーしてとかだと全力で嫌がられるだろうし、私もそういうのはお互い同意の上でするべきだと思ってるからしないけど。
「一緒に寝ても何もしないですよ?」
「それは普通男側の台詞だからな」
「何かしてくれるのです?」
「誰が子供を相手にするか。せめてあと二年してから言え」
あっ、着実にカウント減ってる。
というか、何かするって何をするんだろうか。私、オスカーさんの寝顔を見てにまにましようと思ってたくらいだけど。
男の人の台詞って言われたけど、何をするのかな。子供だと出来ない事なのだろうか。
首を傾げると、オスカーさんは微妙に強張った顔で「そもそも俺は何もする気がないからな」と言うのだ。どういう事なのか説明してくれないと分からないんだけど、オスカーさんは説明してくれそうにない。
「じゃあ何もしなくて良いから添い寝して下さい」
「それ変わらないよな!?」
「良いじゃないですか!」
何でそんなに焦るんだろう、テオだと普通に頷いてくれるのに。
むう、と唇を尖らせるものの、オスカーさんは駄目だと首を振っている。
仕方ない、と溜め息。
「……折角の誕生日なのに師匠と居られなかったから、寝る時くらい側に居て欲しかったのに……」
「うっ」
「じゃあ、お願い事変えて、」
「……わ、分かったよ、隣に居れば良いんだろ隣に居れば!」
あれ、承諾してくれた。かなりやけくそ気味で。
良いのですか? と窺うと、もう何か諦めたらしくて「男に二言はない」とぐったりした声。
偶にオスカーさん二言はあるんだけど突っ込まない方が良いかなあ。……突っ込まなければ、オスカーさん一緒に寝てくれるんだし。
そこは甘えておこう、と「やったあ」と笑ったら、オスカーさんは疲れたように大きな溜め息をついた。
そうしてお風呂に入った後に、私はオスカーさんのお部屋にお邪魔していた。といってもお掃除によく入るから、緊張とかはないのだけど。
「師匠師匠、早く早く」
「何でお前はそんなに元気なんだ……」
「嬉しいからですね!」
「早く寝てください」
真顔でお願いされたので「はぁい」と返事を返してベッドに飛び込む。
ぽよんと跳ね返りを楽しみながら寝転んで「師匠もはやくはやくー」と呼ぶと、とっても疲れたお顔のオスカーさんは渋々ベッドに上がってくれた。
ただ、私を転がして端っこに移動させたけど。
「ひどいー、目が回るじゃないですか」
「遊んでないで早く寝ろ」
「転がしたの師匠なのに」
むう、と頬を膨らませても、オスカーさんは相変わらずの顔でそっぽを向く。それから、何も言わずに魔法で付けていた照明の灯りを落とした。
急に暗くなった室内に少し驚いたものの、横にオスカーさんが転がったので私はもぞもぞとくっついてみせる。当然オスカーさんはびくっと体を震わせたけど、逃げはしなかった。ただ、背中は向けられたけど。
「此処は抱き締めてくれるところでは」
「調子に乗るな」
「はぁい。……ねぇ師匠」
「何だ」
「私、頑張れてますか?」
月明かりだけが光源の室内だからこそ、問い掛けられる言葉。
私は、オスカーさんの期待に応えられているのだろうか。弟子として上手くいっているのだろうか。才能がないとか、思われてないだろうか。
あれだけせがんでおいて、努力が足りないなんて思われてないだろうか。
声が震えないように気を付けながら問い掛けると、隣で鼻で笑うような気配がした。
「ま、頑張ってるだろ。それに、別に焦らなくて良い。お前なりにゆっくりでも成長していけば良いんだ」
その言葉に、少しだけ瞳が潤んだ。
照明、早めに消してくれて良かったな。今、また泣いてるからオスカーさんに見られたら慌てられそうだ。
オスカーさんの背中にくっついて小さく「ありがとうございます」と囁くと、オスカーさんの体に合った強張りがほどける。
オスカーさんはそれ以上何も言わずに、私に背を向けたまま吐息を零した。
私もまた、静かに瞳を閉じる。
……来年も、再来年も、こうして誕生日を一緒に過ごせたら良いなあ。ゆっくりでも成長しながら、オスカーさんに認められながら、過ごせたら。
「……来年も再来年も祝ってやるよ、だからまあ、お前なりに頑張っていけば良いさ」
考えている事を見越したように呟いたオスカーさんに、私は小さく笑って、目の前の背中に顔を埋めた。
これで二章終了、次から三章に入ります。
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