ひとりぼっちの寂しい誕生日
作者のミスで消すつもりがなかった感想を一つ削除してしまいました。返信するつもりがどうしてこうなった……。
活動報告にて返信致しました、お心当たりのある方は覗いて頂けたらな、と思います。
という訳で無事におうちに帰って翌日の事。
今日は私の誕生日で、今日から十三歳となる。大人に一歩近付いたのである。といっても、昨日から変化がある訳でもない。人間急に成長したりはしないのだ。
誕生日という事でちょっとそわそわしてたのだけど、私の変化にオスカーさんは気付いた様子がない。
……そりゃあ気付くとは思わないけど、ちょっとくらい不思議に思ってくれても良いのになあ。まあ、高望みしすぎか。
「弟子よ、俺は出掛けてくる。帰ってくるのは夜だから、留守番していてくれ。晩御飯は材料買ってくるから帰ってきたら作ってくれ」
なんて思っていたら、オスカーさんはそんな事を言い出して。
お出掛け。夜まで、お出掛け。お留守番。一人で。
……折角の誕生日なのに、オスカーさんと過ごす事はおろか、一人で家にこもっていなければならない。誰も、祝ってくれない。……ひとりぼっち。
ぎゅ、と胸が詰まったような感覚はしたけれど、元々私はオスカーさんに誕生日だとは言っていない。態度にも分かりやすく出した訳じゃない。……気付いて貰うなんて、虫の良い話だ。
引き留める訳にもいかない。用事があるのだから、オスカーさんは外に出る。無駄にうろついたりする人じゃないから、本当に必要な用事で外に行くのだろう。
だから、私の我が儘を口にするのは駄目だ。
此処は耐えるべき、と私は笑顔を浮かべる。
「はい。行ってらっしゃいませ、師匠」
――笑顔で送り出したは良いものの、私は暇を持て余していた。
以前は勉強漬けで部屋に引きこもるのが当たり前だったし、それに何の疑問も不満も抱かなかったけど。
でも、今は勉強しつつも、オスカーさんと過ごす時間を多く取ってるし、お出掛けだってする。
なので、折角の誕生日にオスカーさんが居なくて尚且つお出掛け不可というのは、結構に暇だし寂しい。
せめてテオとか遊びに来てくれたら良かったんだけど、なんかテオは此処のところ忙しいというかイェルクさんのパートナーとしてお仕事に励んでるらしく、そもそも今王都に居ない。帰ってくるのはあと一週間はかかるそうな。
……暇だ。
ソファに座って、私はぼぉっと天井を見上げる。
渡された本は暗記したし、他の本もちょっとずつ読み進めている。訓練だって毎日してるし、オスカーさんに見てもらって少しずつ魔法が使えるようになってきたのだ。
私は魔法に無意識に親しんでいたからか、覚えてしまえば結構あっさり使えるようだ。だから、次々と新しい魔法が使えるようになるのが、楽しくて仕方ない。
……でも、今日ばかりは鍛練するつもりにもならない。
はあ、と溜め息をついても、聞いているのは私だけ。
……寂しい。オスカーさんが居るだけで、良かったのになあ。プレゼントとか良いから、側に居て欲しかっただけなんだけどなあ。
でも、現実はこうして一人きり。……夜には帰ってくるのが幸いだけど、あまりにも虚しい誕生日過ぎる。
また溜め息が出る。
どうせオスカーさんが帰って来るまで、私はひとりぼっちだし、退屈だ。
なら、少しくらいお昼寝をしても良いだろう。どうせ来客もないしお勉強はお休みだし、オスカーさんも暫くは帰ってこないだろうから。
まだ、帰ってくるまでに時間はある。
少し期待は裏切られて残念だったけど、そもそも期待する方が筋違いなので、諦めるとしよう。
そう納得させておいて、私はそのままソファに横になる。……部屋に戻るのも面倒だし、まあ、帰ってくるまでには起きる筈。
瞳を閉じる前に視界がじわりと歪んだけど、私はそのまま目を閉じた。
気付けば、何もかけていなかった筈の体に、温もり。ぼんやりと瞳を開ければ、体には黒いローブが掛かっている。
ああ、暖かいな……とまだ寝惚けた頭で思って、もう一度瞳を閉じようとして、慌てて起き上がる。
いつの間にか、窓の外は真っ暗だった。
「随分と間抜けそうな顔で寝ていたな、馬鹿弟子」
そして、呆れたとも微笑ましそうとも言える、幼子を見守るような目でオスカーさんが私を見ていた。
あ、とか、う、とか喘ぐようにしか言葉が出てこない。……何で私は爆睡していたのか。もう夜だし、晩御飯も作ってないのに。
「お、お帰りなさいませ、師匠。今すぐ晩御飯用意しますから、」
「晩御飯は良い」
「……え?」
晩御飯は良いって、外で食べてきたという事だろうか。それならそうと先に言って欲しい。
……私一人で、晩御飯、かあ。
ああ駄目だ、想像したら悲しくなってきた。今日って誕生日だったんだよね、……オスカーさん居ないまま、ただ寝て、それで最後も一人で終わっちゃうんだ。
じわ、と視界が潤んできたのが自分でも分かって手の甲で擦る私。オスカーさんは、酷く慌てたようで私の顔を覗き込む。
「ど、何処か痛い所あったか?」
「……何でもないです」
「……弟子」
ぐずぐず鼻を啜ると、オスカーさんは頭を撫でて、それから私をローブにくるんだまま横に抱えた。
……何処に行くんだろう、と少しだけ収まった涙でオスカーさんの進む先を見て……そして、目を瞠った。
食卓には、料理が並んでいた。
多分、出来合いのものを買って来たのだとは、思う。けど、やけに豪勢で、鶏の脚をこんがりときつね色に焼いたものだったり、貝や海老がたっぷり入ったサラダや、私の好きなコーンがたっぷり入ったスープにそれから干した果物が練り込まれたパンだったり。
倹約しながら美味しいものを目指す私の料理より些か豪華だ。というか、量が多い。
並べられたのは、二人前。
向かいではなく、隣に。片方にはグラスに濃紫の液体、多分ワインがなみなみと注がれている。そして、もう片方には、……真っ赤なイチゴのタルト。
「ん、ほら座れよ。……誕生日なんだから」
「……何で知ってたんですか?」
「テオに聞いていた。ごめんな、一人にして。用意してたらどうしても当日じゃないと駄目だから……ああこら泣くな」
オスカーさんは、誕生日、知っていたんだ。……私の為に用意してくれた。
そう思うと、勝手に涙が溢れた。
ううう、と顔をぐしゃぐしゃにして掌で隠すと、オスカーさんは慌てながらも撫でてくれる。もう我慢の限界だとオスカーさんにしがみついた。
オスカーさんはやっぱり優しくて、抱き留めてはただ背中をぽんぽんと叩いてくれる。ぐずる私に、ひたすらに優しく触れて泣き止むのを待ってくれた。
すん、と鼻を啜ってしゃくりあげるのも収まってきた頃、暫く宥めていたオスカーさんは涙に濡れた私の目を拭う。
じ、と見上げると、オスカーさんは「目が真っ赤だぞ」と笑った。泣かせたのは誰ですか、と零すとまた私の頭を撫でた。
「泣くな馬鹿。……ほら、ご飯が冷めるから、食べるぞ」
「はいっ!」
オスカーさんの言葉に、私は今日一番の笑顔で返事をした。




