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そうして丸く収まった

 手加減はしたらしく、取り敢えずそこそこに殴られただけで済んだディルクさん。多分この内の何発かは誘拐の制裁が加わってるのかな。

 弟子さん達が止める様子はなかったので、公認だ。……まあオスカーさんも本気では殴ってないから、血は出てない。ちょっと腫れては居るけど。


 ざめざめ泣いてるディルクさん。……ちょっと申し訳ないけど、あの時のオスカーさんを止めてなかったら息の根を止められてたので、怒ってないからこそこれくらいで済んだのだと安心して欲しい。

 それに、殴ったオスカーさんも痛そうだもの。殴るって、慣れてないと自分を傷付けるって、テオも言ってたし。


 漸くすっきりしたらしいオスカーさんは、痛みに呻くディルクさんにハナを鳴らす。


「こいつは俺の弟子だ、手を出すな」


 きっぱりと言い切ったオスカーさんに、私はついつい頬が緩んでしまって抱き付く。オスカーさん、今日は珍しく引き剥がさなかった。

 えへへ、とにまにました私に何か言いたげにしてたものの、オスカーさんはただ、くしゃりと頭を撫でる。もう、手は震えていない。


 断言したオスカーさんにディルクさんはぽかんとして、それから瞳を細める。その瞳は、少しだけ、羨ましそうに見えた。


 オスカーさんはその瞳を切って捨てるようにそっぽ向き、私の手を引いて来た道を戻る。

 ……暫く風通しが良いけど、ディルクさんの弟子さん達は我慢してね。


 そうして屋敷を抜けた私達だけど、後ろからクラウディアさんが追い掛けてきた。


「この度はうちのバ……師匠がご迷惑をおかけしました」


 今バカって言いかけた。さっきはクラウディアさん会話に参加せず黙ってたけど、やっぱり弟子さん達皆思ってるんだ。


「全くだ」


 クラウディアさんまで邪険にする事はないオスカーさん、染々と頷いている。


 ……私、ちょっと気になったんだけど、どうしてクラウディアさん達は、ディルクさんの弟子を止めないんだろうか。

 呆れたり、残念がったり、怒ったりしてるのに。


「クラウディアさんは、ディルクさんが師匠で満足してるのですか?」

「ええ、まあ。……なんだかんだ、大切にしてくれますし、褒めてくれます。価値を正当に認めてくださるので。まあ、それ以上に師匠自身が自身を誇ってるのですけど。自分勝手なおバカさんですが、そこも憎めないのが我々です」

「あはは」


 ……なんだ、そういう事か。

 私にはいまいち分からないけれど、この人達は何だかんだ、ディルクさんが好きなのだろう。

 だから、離れない。私と同じように。


 苦笑を浮かべるクラウディアさんだけど、ふと表情を引き締める。


「師匠は嫌われても仕方のない事をしたのかもしれませんが、テレーゼは嫌わないでやって下さい」


 ……あ、それを言いに来たのか。


 私はテレーゼに騙される形で、連れ去られてきた。友情を利用されたのだ。

 けど、それは契約印による強制だって分かってたし、テレーゼも泣きそうな顔をしていた。本当は嫌々だったんだろう。


 そんなテレーゼを嫌ったりする筈、ないのにな。


「大丈夫ですよ、嫌ったりしません。……あ、テレーゼに伝言お願い出来ますか?」

「……何ですか?」

「良かったらまた来てね、一緒に遊ぼうねって、伝えておいて下さい」


 今日は散々だったし、お出掛け気分が台無しになって残念だったけど。

 だからこそ、また今度、邪魔が入らないところで、遊びたいな。おうちで遊んでも良いし、お出掛けしてもいいし。……今度は、テレーゼ自身の意思で訪ねてくれたら、嬉しいな。


「はい、必ずや」


 私の言葉に、クラウディアさんは安堵して、それから本当に嬉しそうに微笑んだ。




「……ったく、本当になにもされてないか」


 ディルクさんの屋敷を出て、私はオスカーさんに手を引かれて帰路に就いていた。

 かなり心配してくれたのだろう。今でも、ちょっと私を気遣う様子を見せている。


「はい。丁重におもてなしされました」

「そこは逃げろよ馬鹿」

「いやぁ、お菓子がですね」

「食い意地張ってるなお前は」

「あうっ」


 そ、それは否定しないけど、そもそもあれはディルクさんがお菓子を口に突っ込んでくるから……!

 大体狭い馬車の中で暴れて逃げるなんて不可能だし、テレーゼ居たし。……どうしようもないよね?


 うんうん、と自分に言い聞かせて、ふと気になった事をひとつ。


「そういえば師匠、どうして此処が?」


 どうして私が連れ去られた事が分かったんだろう。ディルクさんの所に居る、とは知らなかった筈だし知れなかった筈。

 一応契約印で何となくの居場所は分かるけど、あくまでぼんやりとした方角と遠近くらいなもので……。


「書き置き。……ディルクが連れ去った、って書いてあったんだよ。ごめんなさい、とも」

「あ。……テレーゼだ……」


 ……テレーゼ、あの時の書き置きに、そんな事書いててくれてたんだ。

 命令されて逆らえなかったから、せめてもの抵抗で、オスカーさんに危機を知らせて。……ああ、ほんとに嫌だったんだな、テレーゼ。優しいもんね。


 ふわ、と笑みが浮かぶ私に、オスカーさんは「まあそいつは渋々だったんだろうな」とだけ感想を漏らす。

 オスカーさんは、諸悪の根元であるディルクさんには怒ってたけど、手伝ったテレーゼには怒ってないんだな。良かった。


 一安心して、それからそんな事を強要したディルクさんを思い出す。

 ……何か、詰めの甘い誘拐犯だし、色々と残念すぎて、恨む気にならない。あと、ちょっと予想と違ったから、ってのもある。


「うーん。ディルクさんって何か、思ってた人と違いました」

「違った?」

「何か、もの扱いしてるのは凄く嫌いですけど、でもディルクさんを本当に嫌ってるお弟子さんって居なかったんですよね。テレーゼも、クラウディアさんも、スヴェンさんも、他の子達も。仕方のない師匠だって呆れてましたけど、見捨ててないですもん。もっと非情な方だと思ってたら、愉快な人でした」

「頭の中が愉快だからな」


 辛辣な評価のオスカーさんですが、まあ私も否定しきれる程ディルクさんを知らないので、くすっと笑って。


「私としては、まあ誘拐されたのはあれですけど、何だかんだ師匠の小さな頃のお話を知れて、良かったです」

「今すぐその記憶を消せ」

「いやですー」


 この野郎、と頬をつねってくるオスカーさんに、私はふふふ、とつねられながら笑った。

 これからもオスカーさんの事、少しずつでも一つ一つ知っていけたら、良いな。

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