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保護者襲来

 今誘拐犯の自宅に居る訳だけど、何だか誘拐されたという緊迫感はなく、単にディルクさんのオスカーさんへの不満を聞く為に呼び出された感がある。

 しかも何かかなり勢い付いてて、オスカーはあーだこーだと文句たらたらで悪口を言ってるのに、私にはオスカーさんの昔大暴露大会にしか聞こえないという。しかもディルクさん語る時生き生きしてるし。


 ……あー。これは確実に、あれだ。

 ディルクさん、オスカーさんに構って欲しいが故に私を誘拐したパターンだ。

 私がオスカーさんを褒める度にムキになって張り合ってるけど、つまりはオスカーさんを意識してるからそうなるんだ。


 そう考えると、何か微笑ましいものを感じてしまう。

 思えば最初の時もオスカーさんにスルーされて「無視するな」と怒っていたし、つまりはそういう事なのだろう。そもそも、オスカーさんを嫌いだとは一言も言ってないんだよね。


 案外ディルクさんも素直じゃないんだなあ、とほっこりしてると、それまで呆れ気味に私達を見守っていたクラウディアさんが、ひくりと鼻を動かす。

 同時に、弟子の一人もビクッと肩を震わせて慌てた様子で壁の方を見る。青い髪の男性なのだけど、その人は他の弟子に下がれ、という合図を出して。


「師匠、今すぐに帰した方が良いですよ」

「む。私の魅力をまだ語っていないが」

「壁を突き抜ける程に感じ取れる、濃密な魔力が物凄いスピードで近付いて来てるんですが」

「あーあ、俺知ーらね」

「は、」


 ディルクさんが息を飲んだ瞬間に、壁が吹き飛んだ。


 轟音と共に、壁に大穴が開く。

 ガラガラ、と建材が崩れ落ちる音。かなり堅牢な作りになっていたのに、繊細な砂糖菓子かでも壊したように呆気なく砕かれ、大部分が木っ端微塵に。

 もうもうと沸き上がる砂塵。


 その奥から、ゆらりと姿を現したのは、黒いローブを纏った私の大好きな人だった。


「うちの弟子を拐かしたのは何処の馬鹿だ」


 ただ、表情が無だ。無表情。顔に怒りとかそんなものはなく、ただただ無表情だ。

 ――代わりに、全身に濃密な魔力を纏っている。


 あまりにも濃い魔力は可視化する、という知識はさっき思い出したのだけど、オスカーさんの姿はまさにそれだ。

 全身を覆い隠すように、黒とも濃紫とも言える靄がオスカーさんを取り巻いている。障気にも似たそれは、ゆらりゆらりと圧力を伴って、オスカーさんを包んでいた。


 オスカーさんは、滅多に強く感情を乱さない。喜怒哀楽は分かりやすいけど、それが強く発露される事はない。自身をコントロールしているからだ。

 けど……今のオスカーさんは、表情を押し隠しているだけで、その実荒れ狂う感情を制御出来ていないように思える。


 オスカーさんは、固まった私の姿を見て、少しだけ安堵の息を零す。……ただ、その側に居たディルクさんを見て、瞳に剣呑な光が宿る。


「オスカー……!」


 ディルクさんの焦りとも戸惑いとも取れる声に、オスカーさんは答えない。

 ただ、無言で一歩一歩、歩き出す。


 オスカーさんが踏んだ所が、弾けていく。敷かれていた絨毯は溶けるように消えて、床は砂になる。

 全部消してやると言わんばかりに、オスカーさんは静かに、脅威を振り撒きながら歩いていた。纏う魔力も、濃さを増していく。


 やばい本気で怒ってる。まだ付き合いの短い私でも、これは冗談抜きに怒ってるのが分かる。

 このまま放っておいたら、血を見るどころじゃ済まない。


 それは駄目だ、と私の体は自然と動いていた。


 正直、怖くなかった訳じゃない。

 けれど、オスカーさんは私の為に探しだしてくれて、私の為に怒ってくれている。そのオスカーさんを否定したりなんてしないし、拒んだりはしない、逃げたりはしない。


 オスカーさんに駆け寄ってしがみつく。私には、何も起こらない。

 ぴた、と歩みを止めたオスカーさんは、ただ変わらぬ瞳で私を見下ろす。


「師匠。ししょー、もう良いですから。止まって、ね?」

「退け」

「師匠」

「良いから退け、邪魔をするな」

「……師匠!」


 もう良いの、と言っても、オスカーさんは怒りを鎮めてはくれない。収まりきらなかった激情をぶつける相手を見付けているから、オスカーさんはその激情を全部叩き付けるまでは止まってくれないのだろう。

 冷静な普段なら善悪の判断も付くし、理性が一時の発散と今後の大惨事と悲劇を天秤にかけて止まってくれるのに。


 言葉は冷たいけど、優しく私を退けようとするオスカーさん。

 このままでは、多分ディルクさんの抵抗なんてオスカーさんの前で無意味で、そのまま何の抵抗もなかったかのようにオスカーさんはディルクさんに制裁を加えてしまう。

 ……それがどういう事か、分からない程馬鹿でもない。


 必死にどうにかして止めなきゃ、と考えて、兎に角オスカーさんを止める方法を頭に思い浮かべる。

 ……こうなったら、ちょっと手荒な手段を使うしか。


「師匠、止まって!」

「退けろ、邪魔をするな」


 言葉では止まらない。

 だから、私は歯を食い縛り、そして思いきり手を振り翳して。


「――っ止まれと言ってるのです! 良いから、話を聞きなさい!」


 全力で、頬を平手で打った。

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