最早何が何だか
ディルクさんに連れられて(というか拐かされて)ディルクさんのお屋敷に辿り着いたのだけど、なんというか豪邸としか言いようがなかった。
うちとは比べ物にならない、かなりの広さのお屋敷。うちが何個入るんだろうか想像がつかない程には広い。
そもそも外観からして違う、立派な門に外壁、庭もかなり広い。何処ぞの貴族が住んでそうな建物だ。
「どうだ、凄いだろう」
「ええ(家が)凄いですね」
「そうだろうそうだろう」
私の返事に気を良くしたらしいディルクさん。豪快に笑っている。テレーゼはもうディルクさんの事は突っ込まず「此方です」としずしずと案内を出している。
因みにテレーゼの師匠であり家の主であるディルクさんは私の隣で満足げに笑っていた。……や、もうなんか残念感が溢れてるように思うのは私だけだろうか。
そうして広間に案内されて……。
「……師匠、また拾ってきたんですか。いい加減にしてください」
そして広間に入ってそうそうに、呆れた声が飛んできた。
広間には、六人程の男女が居て、そして一斉に私に視線を投げてくる。そして、同時に疲れたような表情を浮かべた。あっ苦労してるんですね、と一目で分かってしまった。
最初に声をかけたのは、ローブを押し上げる程に豊満な胸元をお持ちの女性だった。金髪のとても美人な人だ。……ただ、顔には疲労というか呆れというか諦念やら何やらが浮かんでいる。
こんな美人を弟子にしているなんて、というか毎回困らせてるのかなディルクさん。彼女、諦めてる感じがひしひしと伝わってくる。
「未成年者誘拐だよ、というか幼女誘拐」
「……師匠、無理に連れてくるのは犯罪だとあれほど」
「師匠の事だからどうせ話聞かないで無理矢理連れてきたんだろう、師匠はもう少し周りの事を考えろ」
「その癖計画的だから困るんだよね」
「師匠は人の話を聞く癖を付けた方が良いと思うんだぁ」
彼女の言葉を皮切りに、口々にお弟子さん達から不満とも怒りとも取れる声が飛んで来る。
男女比は二対四、つまりテレーゼも含めて男性二人に女性五人のお弟子さんを持っているという事になる。
……ある意味凄いな、養っていける辺り。確かに弟子を作ると協会から一定期間で補助金貰えるけども。
ただ、年長でありしっかりしていないといけない筈のディルクさんが逆に怒られて諭されているという。
ディルクさんは最初自信満々だったものの、口々にお弟子さんに叱られて次第に悄気ていく。……あっ、これいつもの事みたい。また師匠は、と呆れた目を皆がしてるんだもん。
「師匠、帰してあげましょう。そもそも、その子師匠居るでしょう。幾らか他人の魔力が混ざった匂いがします」
もう何処から突っ込めば良いのか、と微妙な気持ちで居ると、金髪の彼女が帰す事を提案してくれた。
彼女、というかお弟子さんは皆良い人達なのだとよく分かる。他のお弟子さんも同意してくれてるし。
ただ、彼女の言う事には、一つ首を傾げる事があった。
「匂い……?」
「クラウディアは魔力を匂いとして感知する稀有な能力持ちだ。すごいだろう」
そこで調子を取り戻したらしいディルクさんが、どうだと胸を張る。
彼女はクラウディアさんと言うらしい。多分、弟子を取り仕切ってる人だと思う。
魔力を、匂いとして関知する、か。
基本的には魔力って五感で感じられるものではない。余程濃密なものであれば可視化したりするらしいけど、後は基本的には感じ取れない。ただ、魔力を持ったりしている人達なら、特有の別の器官というか感覚が、魔力を感じ取る。
という事はイェルクさんも魔力自体はあるんだ、という事に気付いてしまった。最初魔力を感じるって言ってくれたもん。
さておき、魔力を匂いという物で感じ取る、のか。本にも、稀に五感で感じる人が居ると書いてたし。それがクラウディアさんなのだろう。
それは素直に凄いと思う。
「ええ、この人が凄いです」
「む。何故だ、俺が凄いとはならないのか。これだけ弟子を揃えているのだぞ」
「だって、それは私にとってあなたが凄いという事にはなんら繋がらないです。この人達が凄いのであって、あなたは凄くない」
そう、そこが私とディルクさんの合わない所なんだよね。
私、地位名誉とか権力とか、そういうのって苦手だし、誇ってくる人は敬遠する。ユルゲンさんはそんなのしない人だし、わたしを一人の個人として扱ってくれるから、好きだ。
でもこの人は、私をオスカーさんの弟子として、そして珍しい人間という価値観でしか、見ていないんだもん。
「物扱いするなら、尚更あなたの元に行く訳がないでしょう。弟子は物じゃない、装飾品じゃない、収集物じゃない。私とは価値観が合いません」
「言ってくれるじゃないか」
その台詞とは裏腹に、何処か楽しげで。
ちょっと、違和感を感じた。
普通、怒ったりするのだけど……寧ろ楽しそうにしている。勧誘している人が全力で拒んでいるというのに、焦った様子はない。
あれ、もしかして……?
「それに」
私は一つの予測を口にはしないまま、続ける。
……この人、悪い人じゃないのは分かる、かなり残念で人の話は聞かない人だけど。……本当にもしかしてなんだけど、単に連れ去ってオスカーさんをつついてやろうと思ってるだけ?
だって、勧誘してる割に、然程結果には頓着してないし。
「……それに?」
「私、師匠大好きですから。それだけで、乗り換える可能性はゼロです。有り得ません」
推測はさておき、笑顔で答える。
そう、そもそもの話、たとえどれだけこの人が凄かったとしても、乗り換えるなんてまず有り得ないのだ。
だって私はオスカーさんの事が好きで、オスカーさんについていきたい。あの人の側に居たい。あの人のようになりたい。
だから、どれだけ口説かれようと金を積まれようと、私の意思は変わらないのだ。損得勘定抜きに、私はオスカーさんと共に在る事を望むのだから。
「オスカーの何処が良いんだ! あんな口が悪いやつ!」
私があれだけディルクさんの事を否定しようと怒らなかったのに、オスカーさんの事になるとムキになるディルクさん。
何処が良いって、取り敢えずディルクさんより全部良い。あとディルクさんも大概口が悪いと思うの。
「むっ、あれは素直じゃないと言うのです。言い過ぎたらしゅんとなって謝ってくるのが可愛いんじゃないですか!」
「理解出来ん!」
「師匠の魅力を理解出来ないとは残念な人ですね! 師匠は甘いもの好きなのに私に食べてる所見られたくないからこそこそ食べるんですよ! お掃除に入るの私だから食べかすとかゴミでバレバレですけどね! そこも可愛いです!」
「趣味がおかしい!」
オスカーさんの魅力は一杯で溢れていると言うのに、ディルクさんに趣味がおかしいと言われてしまった。
分かってない、分かってないよディルクさん。ディルクさんは男だしオスカーさんに疎まれてるから優しくして貰った事がないんだろう。オスカーさんは優しいし可愛いし格好いい人なのに。
「大体私とてオスカーがお菓子好きな事くらい知っている! 私も同じユルゲン様の弟子なのだからな!」
「そうなのです!?」
「そうだとも! あやつは一回地味に太ってユルゲン様にお菓子を没収されて不貞腐れていた事もあったのだぞ! 格好悪いだろう!」
「ちょっとぽっちゃりミニ師匠……それはそれで……!」
「お前の趣味が分からん!」
……小さい頃ちょっとぷにぷにさが増したらしいオスカーさん。それはそれで可愛いし見てみたい。
不貞腐れるオスカーさんもさぞ可愛らしいだろう、全然失望する気にはならないなれない。寧ろ見たい。
そんなオスカーさんも素敵です、と主張すると意味が分からないとばかりに叫ばれる。何でオスカーさんの魅力が分からないのか。
「何この間抜けな会話」
「さあ」
お弟子さん達が呆れの範囲を私にまで広げてるけど、知らないもん。ディルクさんがオスカーさんの良さを理解しないのが悪い。
「もっと師匠の話して下さい!」
「ふん、あいつの取って置きの恥ずかしい話でもしてやろう! 幻滅するがよい! あやつはな、あんな顔をしておいて大の猫好きなのだ。その癖触るとくしゃみが止まらなくなるから触りたくても触れずに悶絶するし、触ると痒さとくしゃみで涙目になるのだ!」
「師匠は猫好き……! 貴重な情報ありがとうございます!」
師匠は猫好き、私覚えた。
だからぬいぐるみのチョイスが猫だったんだ……! 実物触れないからせめて家に持って帰るのは猫を選んだんだね!
日頃は無愛想なのに猫好きとか可愛い師匠、今度猫耳を用意してくっつきにいったら構ってくれるだろうか。ユルゲンさんかイェルクさんに言ったら喜んで協力してくれそうだ。
ディルクさんから師匠の知らない情報を聞いて、ほくほくの私。……あれ、私って何で連れ去られたのかほんとに分からなくなってきたよ。
まあいっか。




