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話を聞いてください

「人攫いー! 誘拐はんたーい!」


 馬車に詰め込まれた私は、誘拐犯であるディルクさんをはたいていた。正当防衛というか、これは人として当然の反抗の権利である。


「誘拐犯ー! 馬鹿、人でなし、変態、ロリコン、センス皆無ー!」

「いて、いてっ! 暴れるな、後ちょっと黙れ! しかも最後らへん単なる暴言になってるだろ!」

「嫌がる子供を連れ去ってあられもない事を強要する変態めー!」


 きゃーと甲高い声を上げて抵抗しつつ、テレーゼにこんな事をさせた恨みもついでに晴らそうと顔面と然り気無く鳩尾を狙う。脚は思い切り脛を蹴り、ついでに踵で足の小指らへんを思い切り踏む。今日踵のある靴じゃなかったのが惜しい。

 テオに変態に捕まったら取り敢えず脛とか鍛えられない場所を狙えって言ってた。男なら股間を狙えと。


 ……股間を狙った方が良いのかな。


「止めろ、そこを見るな、脚を上げるな。頼むから大人しくしてくれ」

「そ、ソフィさん、流石にそこは……」


 む、テレーゼが言うなら止めるのもやぶさかではない。

 狭い車内で暴れるとテレーゼにも当たりそうだし、私は暴れるのだけは止めておいた。暴れるのだけは。


「誘拐犯、変態、ロリコン、全身トマトめ、爆ぜてしまえばいいのだ……!」

「然り気無く物騒な事を言うなお前……!」


 人の純情を台無しにした罪は重いのだ。折角一緒に遊べると思ったのに……! テレーゼ泣きそうだし!

 このこの、と些かボロボロになった(足型つき)赤いローブで体をガードするディルクさんを責め立てると、流石に疲れてきたらしくてぐったりしたご様子。


「お前の言葉を聞いてると疲れる……」

「連れ去っておいて何を言うの」

「仕方ない、口を塞ごうか」


 口を塞ぐ、という言葉に肩を震わせると、ディルクさんは側にあった箱からなにかを取り出す。

 これはやばいかもしれない、ディルクさん計画犯だし多分オスカーさんが居ない日に限定して予定を立てて実行したのだろう。なら捕らえる為にはしてある筈だ。

 もしかして、縄とか猿轡が……!


 と戦々恐々だった私、ディルクさんに口許に何かを無理矢理押し当てられてきゅっと目を閉じる。


 そして口の中に押し込まれたのは、何か甘いものだった。


「むぎゅ」


 ……眠り薬入り? とか想像したものの吐き出す事を許されず、むぐむぐと噛む。


 柔らかくしっとりとした食感のそれ。舌の上でバターの芳醇な香りを漂わせるそれは、ほんのりと洋酒が入っている。それがバターの香りに混じってふわりと漂うけど、決して癖のあるものではない。

 きめ細かい生地の舌触りは格別に美味しい。甘過ぎないけれど、物足りなさはない。甘さと食感とコクが絶妙なバランスで保たれてる。


 って律儀に感想を抱いてる場合じゃなくて。

 というかこれ、私が好きな店の焼き菓子の味がする。


「あの、むぎゅう」


 取り敢えず飲み込んで口を開いた瞬間また詰め込まれた。今度は形的と味的にチョコ風味のフィナンシェだ。

 やばい美味しい、ってそうじゃない。落ち着こう自分。何故お菓子を突っ込まれているのか。


「ちょっと待っ、んむ」

「ふはは、私はお前をちゃんと調べたのだ! お前の行きつけの菓子店の菓子だぞ! 黙らざるを得まい!」

「師匠、詰め込みすぎです」


 そこは冷静に突っ込むテレーゼ。

 美味しいけど立て続けに口に入れられると、幾らしっとりしてても口の中が水分を失って来る。

 あと、此処の焼き菓子は一つ一つがしっかりした味で濃厚だから、味が混ざるしちょっとくどくなってしまう。出来れば一つ食べるごとに飲み物でさっぱりさせたい。


「ええと、水要ります……?」


 気を効かせてくれたテレーゼが何処からともなく取り出したカップを取り出す。こくこくと頷くと手渡してくれたので、私は遠慮なく飲んでおいた。

 もう薬とか入ってたらどうしようとか考えるよりお口が大混雑なのをどうにかしたかった。


 ごくごく、と飲んで渇きを満たしつつ、味もリセット。ぷはっ、生き返った。……というか焼き菓子三つも食べるとかなりお腹が膨れて来る。


 ふー、と一息ついた所でディルクさんがもう一回突っ込もうとするので、私は慌てて口を押さえる。


「騒がないのでそれ以上は止めて下さい、晩御飯入らなくなっちゃう」

「そうか?」


 あっさり引き下がって、そのまま自分の口に放り込むディルクさん。多分薬の心配は要らないだろう。

 ……というか、なんだろう、誘拐された筈なのに何か違う。何でもてなされてるんだろう私。


 もぐもぐと咀嚼しながら「お、うまい」と素直に感想を口にするディルクさんに「そうでしょうそうでしょう美味しいでしょうお気に入りの店なんです」と言おうとして……違う、思い切り流されてる私。


 何か最早抵抗とかの気力が失せてしまって、私はふかふかのクッションの敷かれた馬車の椅子にぐったりと体を預ける。

 ……しかもこの馬車内装めちゃくちゃ綺麗だしふかふかだし。何これ、私誘拐されてるのかお招きされてるのか分からなくなってきた。


「……何で私を誘拐したんですか」


 取り敢えず、一度は聞いてみる。

 寧ろ素直にテレーゼからうちに来ませんかと言わせた方が良かったと思うの。そしたらこんな乱暴な真似はせずに済んだと思う。


「手荒な真似をしたのは悪いとは思ってる。しかし、素直に着いてくるとは思えなかったのでな」

「普通にテレーゼから誘われたら行きます」

「今度からそうしよう」


 や、普通にディルクさんにお誘い受けてもお断りしたいのだけど、聞いてくれなさそうだ。


「で、目的だったか? お前、私の弟子にならないか」

「お断りします」


 うっかり手袋外してた所を目撃されてたから何となく予想はしていたので、遠慮なしにばっさり切り捨てる。ショックを受けた顔をされた。

 逆に、無理矢理連れ去っておいて勧誘して承諾すると思う方がおかしいだろう。どう考えても無理でしょ。どれだけ自分に自信があったんだろうこの人。


「む、何故だ」

「女の子を誘拐して俺に乗り換えろとか頷く訳がないでしょうに」


 私は至極まっとうな事を言ってる筈だ。テレーゼも「まあそうですよね」と遠い目をしてる。

 ……破天荒な師匠を持つと弟子も大変なんだな、と他人事ながら思ってしまった。私の師匠はなんだかんだ常識人だからほんと良かった。


「それは私の凄さを知らないからだろう。知って貰ったら了承してくれるだろう」

「いやいやないですし知りたくないです」

「だからこそ一度家に来て貰って私の魅力を知ってもらおうと思ってな」

「いえ結構です」

「まあそういうな。オスカーから乗り換えるに値する男だというのを証明しよう」

「話聞いて?」


 話が通じないよこの人。テレーゼは諦めてるらしく首を振った。無理だ、と表情に書いてる。

 ……テレーゼも苦労してるなあ、と思うと胸が熱くなる。今度労いにお出掛けの誘いをしたら遊んでくれるかな。


「まあ兎に角私の家でもてなそう。弟子も全員居る事だし」

「いや結構だと……もおおお」


 ディルクさんが話を聞かないので、私は軽く地団駄を踏んで、取り敢えずどうにかして断って逃げる手段を考える事にした。



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