赤との遭遇
「む、お前は」
話が終わってもオスカーさんが迎えに来てなかったので、私は待ち合い室で待つ事にしたのだけど……飛んできた声に頬が引き攣った。
この声、初めて協会に来た時に聞いた覚えがある。……そう、テレーゼと一緒に居たディルクさんの声だ。
顔を向ける気にならずにそのままそっぽ向いてたら、立ち去ってくれるかと思いきや、何故か私の目の前に立つのだ。
オスカーさんよりも長身のその人が立つと、影が差す。
……流石に無視出来なくて顔を上げると、相変わらずのお派手さたっぷりの出で立ちで、腕組みをして此方を見下ろしている。ちょっぴり、不満そうだ。
私としても後ろにテレーゼがついていないので不満である。どうせならテレーゼ居たら良かったのに。
「何故不満そうな顔をする」
「……あなたこそ。私はテレーゼが居ないから」
「む。今日はテレーゼはおらぬし私一人だ」
「じゃあ話し掛けないで下さい」
「可愛いげのない……オスカーそっくりな弟子だな」
姿は見られていたし、テレーゼから聞いているかもしれないので、別に素性を知られている事については驚きはない。
ただ、私に何の用があって話し掛けてきているのか。テレーゼは多分、話してなさそうだけど。
私の訝るような顔に気付いたディルクさんは、相変わらずド派手な髪をふぁさっと掻き上げて、それから鼻を鳴らす。
……わー、あんまりこういう事言うのはよくないって分かってるんだけど、スッゴク視界の邪魔だ。目がチカチカする。オスカーさんが基本的に黒ずくめだから尚更眩しい。
「偶々テレーゼが気に入ってる娘を見たから話し掛けただけだ。でなければ私がオスカーなんぞの弟子に構うか」
「オスカーなんぞとはなんですか。オスカーさんに無視されて立ち尽くしてたのに」
「なっ」
あっ、立ち尽くしていたというのは想像だったのだけど図星だったようである。
ぷるぷると長身を震わせて、私を睨む。
「あれはオスカーの人の話の聞かなさが露呈されただけだろう!」
「だって急いでましたし。そもそも師匠に話し掛けてなくて素通りしたら勝手に怒っただけじゃないですか」
「くっ、ああ言えばこう言う……! 本当に可愛げないな!」
「可愛げは師匠限定です、安売りしてません」
素っ気ないのは、オスカーさんに対して敵愾心を抱いて、尚且つ此方まで巻き込んでくるからだ。別にディルクさんがオスカーオスカー言わないで普通に話しかけてきたら相手はする。テレーゼが居たら尚良し。
そもそもディルクさんが素で喧嘩腰なので、私も塩対応になってしまう。
取り敢えず早くオスカーさん来ないかな、と額を右手で押さえると、ディルクさんは私の顔を凝視する。
何なんだろう、本当に。
「お前、」
「馬鹿弟子!」
なんて思ってたら、丁度呼び声がかかる。……ちょっと呼び方が複雑だったけど。
ぱ、と視線を移せば、ちょっと急いだらしいオスカーさんが息を乱しながら駆け寄ってきてくれた。あんまり運動得意じゃないんだからわざわざ走らなくても良かったのに。
私に近寄ってはそのままディルクさんを押しやり、そのまま私の手を掴んで立ち上がらせる。然り気無く「邪魔だ」と言ったのでディルクさんが顔を赤くして唇をわなわなと震わせていた。
「人を突き飛ばしておいてその態度はなんだ!」
「人の弟子にちょっかいかけておいて何をほざく。……さ、帰るぞ馬鹿弟子」
「師匠、ちょっと怒ってません?」
「怒ってない」
怒ってない、という割には声が刺々しい。かなり不機嫌なのが顔にも出てる。いつもより三割増しで目付きが鋭くなっていて、その瞳はディルクさんに向けている。
……もしかして、心配してくれたのだろうか、なんて。
でもオスカーさんに聞いても今は答えてくれそうにない。早く帰ろうと手首を掴んでぐいぐいと引っ張っている。焦ってるようにも、見える。
抵抗する気もないのでオスカーさんに連れられるがままに待ち合い室を去るのだけど、そういえばこれだけは言っておこうと歩きながら振り返る。
「ディルクさん、テレーゼに宜しくお願いします。また会おうねって伝えて下さい」
ディルクさんの家を知らないし押し掛ける程勇気もないし、そもそもオスカーさんが許さない。
だから、また機会が出来たなら会おうと伝えておいて欲しかった。
きょと、と真っ赤な瞳を丸くするディルクさん。
私はちょっと呆気に取られたらしいディルクさんに軽く手を挙げて、そのまま引きずられてった。
「あの、師匠、何でそんな慌ててたんで……わっ」
「先にユルゲンの所に行ったらこれが残ってた」
顔面に突き付けられたのは、白い手袋。
ハッと右手を見ると、袖に隠れてはいたけれど、私は素手である事に気付かされる。……あのあと机に置いたままつけるの忘れてた……!
「その状態であのあほに近付くな」
「私のせいじゃないのにー」
忘れたのは私の落ち度だけど、ディルクさんが話しかけてきたのは私のせいじゃないと思うの。どちらかといえばオスカーさんに因縁があるからおまけ的な私にも話し掛けてきたんだろうし。
だから怒ってたのか、見付かったら面倒そうだから。
……なんだぁ。
「てっきりやきもちかと思ったのに」
まあそうだったら良いな、程度の希望だけど。
なんちゃって、と笑うと、オスカーさんは無言で進む。私の手を引いて。
「師匠?」
「そんな訳がないだろ、馬鹿弟子」
ちょっと拗ねたような声を出したオスカーさんに、私はからかって「すみません」と笑って手を握り返した。




