ユルゲンさんの正体
今日私は魔法使い協会に来ている。
ユルゲンさんに呼ばれたらしくて、私はオスカーさんに送られて魔法使い協会の本部に着いた。
因みにオスカーさんはその後用事があるらしく、暫く抜けるとの事。ユルゲンさんとのお話の後にまだ迎えに来てなかったらちょっと待ってくれ、と。
……ユルゲンさんから逃げてる訳じゃないとは思いたい。
「いらっしゃい、ソフィちゃん」
受付の人に訪ねたら奥の方にある部屋に案内された訳だけど、その部屋が如何にもという豪華さで腰が引けた。
迎えてくれたユルゲンさんは相変わらずのおっとりした笑みなのだけど、よく考えればこの人協会のトップだし、魔法使いにとってかなり恐れ多い存在なのでは。うちに唐突に遊びに来るお茶目な人だけども。
「こんにちは、ユルゲンさん」
流石に馴れ馴れしくし過ぎても駄目だよな、と姿勢を正してきっちり腰を折って挨拶する私に「そんな畏まらなくてもいいよー」とのほほんとした声。
……良いのかなそれで。
ゆるーいユルゲンさんに戸惑いつつもユルゲンさんに歩み寄ると、ふと奥の方に目を引くものが。
テーブルの上には、お皿。そして、鮮やかな赤の果物の乗ったムースケーキが、そこにあって。……ベリーが一杯だ。
私が目を引かれたものを理解したらしいユルゲンさん、にこっと天使のような笑み。
「ああ、お茶しようと思って。ソフィちゃんお気に入りのお店のケーキ、新作出たから。まだ食べてないかな、と。食べるよね?」
「食べます!」
オスカーさん、ケーキに釣られましたごめんなさい。
晩御飯はきちんと食べます。作るの私だけど。
あれ、私なんで呼び出されたんだろ。
ケーキをご馳走になってご満悦の私、胃の中にケーキを全部納めた所で当初の目的を思い出す。
うっかりケーキに夢中になってしまったけど、私は何故わざわざ呼ばれたのだろうか。
イチゴとラズベリーに果物ランキングのトップ争いさせてる場合じゃない。イチゴはイチゴ単体で素晴らしいけど、ラズベリーは個人的にチョコ系と合わせてこそ真価を発揮する、ポテンシャルが半端なく高い果物なのだ……ってそんな場合じゃないんだってば。
因みにベリーとチョコのムース、凄く美味しかった事を明記しておく。
「あの、私なんで呼ばれたんですか?」
私の隣で、食後のお茶で一息つくユルゲンさんに、恐る恐る問い掛ける。
「ああ、うっかり本題を忘れてたよ。お茶したかったってのもあるんだけどね」
良かった、ちゃんと用事はあったようだ。お茶の為だけに呼び出されたのかと一瞬思ってしまった。
多分お茶だけで呼び出したら、オスカーさんが「こっちも暇じゃないんだ」と怒ったと思う。
「ソフィちゃんの契約印を見せて貰おうかと思って。色々と確かめたい事があって。……私が行くとオスカー追い払おうとするから」
なるほど、そういう事だったのか。だったら私を呼ぶ理由も分かる、人目に触れない場所じゃないとあんまり見せられるものでもないし。
オスカーさんは多分ユルゲンさんの事、何だかんだで慕ってるのは思うのだけど……あの人素直じゃないから、口に出せないのかもしれない。素直じゃないオスカーさんも可愛いけど。
そういう事なら、と快く頷いた私。外出時には着けている手袋を外して、ユルゲンさんに手を差し出す。
承諾に安堵したユルゲンさんが私の手をそっと取り、それから手首をぐるりと囲む絡み合った蔦模様の契約印をじっくりと見つめる。
相変わらず白っぽい肌にくっきりと浮かぶ蔦の輪。普通は一本ラインの契約印が出るそうなので特別、らしいけど。……具体的に何か違うのだろうか。
「うーん、多分だけどこれは君らだからこそこんな形になったのかな」
「私達だからこそ?」
「君らの体質は同じだから、こうして交わるように印が出たんじゃないかなあと。まあオスカーみたいな体質なんて人間にはほんと極稀っていうか、長年協会の長を務めてる私でも君とオスカーしか見てないからねえ」
「……何年長を務めてるんですか?」
「そうだね、かれこれ五十年は」
「五十年!?」
待って、ユルゲンさん今何歳なの。どう考えても見た目三十歳いくかいかないかだよね。肌なんて凄く艶々してるし、私なんかより真っ白。染みやたるみも一切見られないのに。
……最低でも五十歳は越えてるとか、おかしい。
驚愕のあまり口をぱくつかせるしかない私に、ユルゲンさんは「そんなに驚く事かな?」と笑う。いや驚くと思うの普通に。
「私はエルフでね。……といっても里に行けないはぐれエルフなのだけど」
ユルゲンさんが足首まで伸びている艶やかな髪を耳にかけると、人のものより耳が尖った形をしている事に気付かされる。
今まで長い髪の毛で隠れていたのだろう。多分、隠していたのかもしれない。
「エルフ、という種族については知ってるかな?」
「は、はい。その、人とは時の流れが違う種族だ、と」
――エルフ。それはおとぎ話に出てくる、森と過ごし森で一生を終える種族。人とは時の流れが違い、軽く人間の数倍は生きる長命種。
魔法が得意、と言われる種族、らしい。ユルゲンさんがそのエルフなら、魔法に長けているのも頷ける。
「そうだね、寿命も人と違う。とある特別な森にある里で過ごす分には、もっと人間と時の流れが違う生き物だ。頑固で偏屈揃いの融通が効かない種族だ。まあホームからは出てこない生き物だね」
「……ほ、ほんとに居るんですね、てっきりおとぎ話だと」
「ま、基本的には里から絶対に出ない生き物だよ、例外も居るけど。もう此処数百年は私と父親以外エルフは外に出てないんじゃないかな。だからおとぎ話みたいな存在だと言われても頷けるよ」
まさか生けるおとぎ話になってしまうなんてね、と笑ってるユルゲンさん。
「その、ユルゲンさんのお父さんは?」
「死んだよ、事故で。エルフなのに、人間分の寿命をすら全う出来ずに死んじゃった」
まだまだこれからだったのにね、と笑ったユルゲンさんに、私は軽率に聞いてしまった事を後悔した。
けど、ユルゲンさんはそんな私にただ穏やかな眼差しだけをくれる。責めたりなんかせずに、慈愛の瞳で。
「私は人との混血だから、そのエルフ達よりは人間に近い。母親ももう亡くなったけど、私は魔法使いだった母親の跡を継いでこうして魔法使い協会を管理してる訳だ。私がそうして貰ったように、魔法使いの子達を育む為に」
そう締めくくったユルゲンさんは、凪いだ瞳を私に向ける。
「あまり特別扱いしちゃいけないんだけどさ、オスカーと君は私にとって特別なんだ。魔法を司るエルフのサガなのかな?」
そうして私の手首を撫でたユルゲンさんに、私はどうして良いのか分からなくてただユルゲンさんの瞳を見返す。
色々とユルゲンさんについて新たな事を教えられ過ぎて、困惑しそうだ。
オスカーさんの義父で、協会のトップで、半分エルフの血を引いていて、歳はもう五十は確実に過ぎていて(それどころじゃなくお年を召してると思うけど)、やっぱり慈愛深い人で。
……あれ、結局何歳かは聞いてなかった。まあ良いか。
「多分里には君らみたいな子について書いた文献の一つや二つありそうなんだけど、私は場所は分かっても里には入れないからねえ。……ごめんね、結局私にも詳しく契約印とか体質の事分からなくて」
「い、いえ、お気遣いありがとうございます」
寧ろ色々気遣わせて申し訳無い、と頭を下げると、ユルゲンさんは変わらない笑みを浮かべて「こっちでも色々文献漁るから何か分かったら直ぐに教えるよ」と約束してくれた。




