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ご褒美タイムの追加を下さい

 ひとまずオスカーさんに渡されたあの分厚い本の数々は頭に入れたので、飛び出る魔法を抑えようという訓練に移った私。

 といっても感情を揺さぶる為にオスカーさんに罵倒されるのは二度と御免なので、今度は逆に正の感情で昂らせてみようという事になった。つまり、喜びとか楽しいという感情を強く持たせて貰おうという事だ。


「ふふふー」


 という訳でオスカーさんに抱き締めて貰った。


 訓練だからと積極的にぎゅうっと密着してくるオスカーさんに、私は役得だとか思いながらもにこにこ笑う。というか勝手に頬が緩む。


 すっぽりと腕につつまる体格の私は、抱き締められるとオスカーさんを一杯に感じる事が出来る。

 失礼ながら出不精の割に程好く引き締まったほっそりしした腰も、男の人だって分かる腕も、ローブに染み付いた薬草のほんのりとした匂いも、私より高い体温も。


 多分私だけが知ってる、オスカーさんのこうした男らしい感触。体格差があるからこそ分かる心地好さがある。


 頬擦りしながら喉を鳴らして笑う私。マタタビを与えられた猫よりとろけてる気がする。

 猫に負けじと「にゃー」と鳴けば微妙に体を強張らせるオスカーさん。……猫は駄目だったかな? でもオスカーさんが買ってきてくれたぬいぐるみ、猫なんだけどな。


「おい馬鹿弟子よ、これ絶対お前普通に楽しんでるだけだろ」


 気のせいだと思う。


「というか喜びで飛び出るならイチゴタルトで出たよな」

「……キノセイデハ」

「お前分かってて俺にさせたよな」


 目を逸らすと、オスカーさんに「お前というやつは」という言葉と共に両頬をつねられた。

 ばれた、そして痛い。


「だってー。辛い思いをしたしちょっとくらい良い思いをしておこうかと思って」


 そう言われると弱いらしいオスカーさん。泣かせた事に罪悪感があるらしく、私の顔を見てそれから「あと五分だけだぞ」とぶっきらぼうに妥協してくれた。

 流石オスカーさん、優しい。そんな所も大好きだ。


 そういえば、オスカーさん抱き付いても昔みたいに顔を真っ赤にしたりはしないな。昔は腕にくっついただけで真っ赤になったのに。

 慣れたというのは喜んで良いものなのか悪いものなのか。


 まあどちらにせよ、照れさせるのと、異性としてどきどきさせるのは別物なので、私はもっと自分を磨かなければならないのだ。

 

 という訳で五分程のご褒美タイムを満喫した私である。




「逆に師匠はどうやって制御したんですか?」


 ご褒美タイムを目一杯楽しんだ私は、ふと気になった事を聞いてみる。


 オスカーさんも私と同じ感情の昂りで魔法が飛び出る体質な訳だったけど、今のオスカーさんは完璧に制御して扱っている。

 昔は飛び出て苦労したそうだし、どうやって鎮めていたのだろうか。


「荒療治というか、結果的に収まった」

「荒療治?」

「俺はお前と違って性格が攻撃的だし、敵を作りやすかった。感情だって荒ぶってたし、やさぐれてたんだよ」


 昔の事はあまり思い出したくなさそうなオスカーさんは、ちょっぴり渋い顔。


「ユルゲンの義息だから、やっかみ受けてたしな。同じ弟子にすらよく突っ掛かられてたよ。今でも突っ掛かられるし。俺も、自分の力は理解していたから、他人を見下してたしあいつらなんかに負ける筈がないって対抗してたな。今思えば恥でしかないが」

「それは……魔法撒き散らしまくりじゃあ」

「ああ。さながら歩く爆弾とかそんな感じの悪がきだったよ。ちょっとつつけば直ぐに爆発するから」


 今ではちょっと口と目付きが悪い程度で、優しいし思い遣りのある男の人だ。本気で怒ったりなんてしないし、からかいも受け止めてくれる人だ。

 そんなオスカーさんにも、そういう時期があったんだ。


「……ある日、ユルゲンを巻き込んでな。俺を止めようとしたユルゲンに、魔法で牙剥いた。すげえ後悔した、俺のせいで死にかけたって」

「師匠、」

「それからは、俺のつまらない意地や見栄のせいで人を殺すなんてあって堪るか、って思うようになって、我慢を覚えたさ」


 ……私は、思い出したくない事を思い出させてしまったのだろうか。オスカーさんにとって、決して愉快な過去ではなかったのに。


 後悔が押し寄せる私にオスカーさんはからりと笑って「あと、あいつら子供だなって思ったら楽になった。俺も大概がきだったけどさ」と冗談めかす。

 ……オスカーさんは乗り越えたんだ。強い、な。


「俺はもう災厄の子という名前は払拭出来ないが、お前はまだまっさらだ。……お前は、魔法に望まれた子、魔法に愛された子だよ。……魔法を怖がってはならない、真に恐れるべきは人の内に潜むもの。お前はそれが分からない程、愚かではないだろう」

「……はい」

「ん、宜しい」


 魔法自体に、善悪はないし意思もない。ただ、使い手によって全てが決まる。

 だからこそ魔法使いは自分を律し、そして魔法を使わねばならない。魔法とは力であり、意思により振るうものだから。薬になるか毒になるかは、使い手次第。

 私は、薬として使いたい。


 私の真面目な顔に満足したらしく笑って頭を撫でてくれたオスカーさん。……オスカーさんは、私に自分と同じ道を歩んで欲しくないが故に、こうして体験話を聞かせたのだろうか。

 私が災厄の子だって、言われないように。


「……師匠」

「何だ?」

「師匠がたとえ災厄の子とか言われたとしても。私にとって師匠は、大切な人で、希望そのものです。私にとっての道標で、私にとって魔法を導く者だと思います」


 ……たとえ、他人にとってのオスカーさんが災厄の子だったとしても。

 それでも、私にとってオスカーさんは、誰がなんと言おうと、尊敬する師匠だし、私にとっての希望であり目標であり、そして大好きな一人の男の人だ。そこは、変わらない。


 此処は揺るぎないですよ、と嘘偽りない笑顔で告げると、オスカーさんは「……そうかよ」とだけ静かに返した。

 くしゃり、と髪を撫でられる。その手は、少しだけ震えていた。


「師匠も、不安になる時はありますか?」

「まあそりゃあな。……俺だって、人間だからな」

「じゃあ、師匠が不安になったら、私が側に居てあげますね」

「……頼もしいんだか頼もしくないんだか」

「む」


 そりゃあオスカーさんに比べたらへっぽこだし半人前にも満たない魔法使い見習いだけど。

 でも、ほんの少し心を癒すくらい、出来る、と思うもん。


 茶化してばっかり、と唇を尖らせた私に、ふわりと温もりが訪れる。


「……ありがとな」


 ご褒美タイム、ちょっと追加された。

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