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涙腺は弱いです(師匠限定)

「弟子よ、そろそろ制御訓練に移ろうかと思う」


 テオ達にも注意されたので、適度に気分転換はしつつ相変わらず勉強に励む日々だった。といっても、もう渡された本は大体覚えて、後は細かい所のすり合わせとかなのだけど。


 ある日、私は師匠に地下室に呼び出された。

 地下室は対魔力建材で出来ているらしく、そう易々と壊れはしないそうだ。オスカーさんが本気で魔法使ったら簡単に壊れてしまうそうなので、あくまで私ならといった基準らしいけど。


「一応基礎は出来てるし、簡単な魔法ならまあなんとかなるだろう。が、その前にお前は感情を抑える訓練をしようか」

「か、感情を、ですか」

「こないた皿割っただろ。ああいうのをなくしていく。あれ危ないから」

「ご、ごめんなさい、無意識に……」

「や、あれは俺が悪かったから当然なんだけどな。……まあ悪かったのは俺だし、もしもあれが俺に向けられてても受け入れるつもりではあるが、他人に向けるもんではない」

「はい……」


 物に対して攻撃してるなら、まだ良い。けど、それが人に向けられたのだとしたら? ……考えるだけで、恐ろしい。私が、人を傷つけるのだから。

 オスカーさんは、そこを危惧しているのだろう。


「制御が出来たら、逆に思いのままに使うように訓練していくつもりだ。だから、ひとまずは危険性のある方を収めよう」

「……はい」


 私は、危険なのだ。普段は無害かもしれないけれど、荒れ狂うと回りに危害を及ぼす。

 私だって、人を傷つけたくはない。だから、最優先に感情と魔法を制御しなければならない。


「と、言っても、感情で発動だから、その思いをさせて耐える事なんだろうが……」

「もう一回イチゴを横取りします?」

「それ俺がわざとしてるって分かってるから怒らないだろ」

「むむ」


 けど、私ってよく考えればそう怒ったりする事はないから、不意に感情が昂った時に抑えきれるかなんて、訓練出来ないというか。

 イチゴだってとった所で多分オスカーさんがまた代替品をくれそうなので、最早怒れないというか。


 ……どうしよう。


「……罵倒しても無駄だよなお前」

「オスカーさんは愛の鞭だと思ってるので」

「すっげぇポジティブだな……」


 大体、オスカーさんの罵倒って、頑張っても「馬鹿」「あほ」「うざい」とかなんだよね。普段あまり口がよろしくないオスカーさんは普通に言ってるからね。

 そしてオスカーさんはそれ以上言うと非常に申し訳なさそうな顔をするという。何だかんだで根が善人なんだもん。


 どうしようか、とお互いに向き合って悩む私達。


「……じゃあ、取り敢えず感情を揺らさないようにしてくれ。今から色々言ってくから」

「は、はい」


 そもそもの感情を揺らさない訓練から始める事になった。と、言っても、早々激情なんて抱く事はないのだけど。


 さあどうぞ、と構える私に、オスカーさんは咳払い。


「お前なんて嫌いだ」


 ぐさっ、と突き刺さるものの、これは嘘だ、と言い聞かせて平静を保つ。地味にどきっとしたけど。


「お前なんて視界にも入れたくない」

「そもそも押し掛けてきて迷惑なんだよ」

「好きで弟子にした訳じゃないのに」

「べたべた馴れ馴れしい」


 ……これ、本当に嘘だよね? どうしよう、凄く突き刺さる。胸が痛い。

 本当にこんな事思われていたらどうしよう。オスカーさん、今だからこっそり本音混ぜ込んでる、かもしれない。

 違うもん、オスカーさんそんな人じゃないもん。……違う、もん。


「大体一々構ってきて鬱陶しいんだよ。好きで師匠やってねえ、分を弁えろ。さっさと破門にしてやりたい」


 あ、駄目だ。


 胸の奥がぐちゃっとなって、熱いものを一気に注ぎ込んだ結果、色々溜め込んでたものが破裂して辺りに飛び散るような感覚。

 ああこれが魔法なのかな、と他人事のように思ってる私が居て。


 ……駄目だ、魔法を使っちゃ駄目。我慢しなきゃ、苦しくても。胸がじくじくずきずきと痛むけど、それを、解放しちゃ駄目。


 唇を噛むと、強く噛みすぎたのか血の味がする。逆に、これが冷静さを与えてくれた。

 内側の荒れ狂う何かが、ゆっくりと収まっていく。


「……ちゃんとギリギリで収まったな、えらいぞ……って、」

「……っふ、」


 魔力は、魔法となる前に収められた。

 けど、目頭が熱くなって、瞳からその熱を逃がすように落ちていく水滴。

 こんなにも人は簡単に泣けるのだと思い知らされる。私が弱いだけなのかもしれないけど。

 的確に抉っていく言葉の数々に、呆気なく涙腺は耐える仕事を放棄してしまった。


 鼻の奥がツンとして、でも口の中は苦い。血の味と、飲み下しきれず今も尚残る、悲哀にも似たどろどろの感情が。


「ちょ、泣くな! ああほら唇が切れてるし!」

「だってぇぇぇ」

「嘘に決まってるだろ! じゃなきゃそもそも弟子にしないし追い出すし此処まで付き合わない!」

「じゃぁなんでそんな的確なんですかぁ……」

「弟子が言われて嫌なことなんて簡単に想像がつくんだよ! あー、ほんとごめんって、そんな事一切思ってないから」


 涙が止まらなくて鼻を啜る私に、オスカーさんはかなり慌てて「よーしよし」と頭を撫でてあやしてくる。

 ……それだけで泣き止む自分も自分だ。


 暫くなでなでしてもらって、涙の出は小康状態になる。スンスンと鼻を鳴らすのは流石に止まらないけど。

 ひっく、とまだ引っ掛かるようにしゃくりあげてはしまうけど、オスカーさんが目尻を拭ったので、我慢する。


「……私、師匠が何か言わない限り比較的安全だと思います」

「俺もそう思う」


 私がオスカーさんの前で泣いたのは、全部オスカーさん絡みだと思う。オスカーさんが割と関わってる。良くも悪くも、私はオスカーさんに振り乱されているのだ。

 好きだから、どうしてもそうなってしまう。


「……師匠、これからは頑張って制御するので、ああいう訓練だけは止めましょう。私心臓止まっちゃう」

「そうしよう」


 今度同じ事があって耐えられる自信がないのでそう言うと、オスカーさんはとっても神妙な面持ちで頷いてくれた。

 これからはもう少し穏便な手段の訓練にして貰おう、そうしよう。

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