お詫びの印は正装とイチゴタルト
「師匠師匠、どうです、似合いますか?」
この間のイチゴ摘まみ食い事件から数日。私はオスカーさんに連れられて魔法使い御用達の服屋さんに来ていた。
あの後平謝りされて、そこまで怒ってないのにと笑い飛ばしたら何だかとっても優しくしてくれた。
味を占めてはならないのだけど、珍しく一杯撫でてくれたり付きっきりになってくれたから、ちょっと嬉しかったり。
お出掛けの約束も守ってくれて、イチゴ1つの対価で此処までしてくれて、私は幸せ者だ。
今は服屋さんで試着をしている。
正式に魔法使いの弟子となったのだから、衣装も揃えろとユルゲンさんの提案によって、上着を買う事になった。
魔法使いはローブのイメージが大きいのだけど、クロークやケープでも良いみたい。取り敢えず魔法使い協会の紋章さえ着けてれば何でもありとかなんとか。
今はオスカーさんと同じような黒のローブを試着してるけど、オスカーさんは微妙な顔。
「……何か野暮ったい」
「それを言ったら師匠の服装も野暮ったいです」
「うるさい。俺はこれが良いんだ」
オスカーさんは今のローブを気に入ってるらしくて、変える気はなさそうだ。でも私もオスカーさんはそれがいいと思う。ちょっとだぼっとしてる方が良い。いざとなれば潜り込めるし。
でも私にはローブは似合わないそうなので、オスカーさんに却下された。
「あとお前には重い色はあんまり似合わない。髪は映えるかもしれんが、雰囲気が重くなりすぎる」
「明るめ……うーん」
基本的に魔法使いって黒とか紺とか茶色とかの暗めな色合いばかり着てるし。……や、ユルゲンさんの純白のローブとかディルクさんの真っ赤なローブとか例外はあるけど。
だからあんまり見当たらないんだよね、と陳列された衣装を見て肩を竦める。
出来れば可愛いのが良いんだけどなあ、とローブを脱いで元の場所に戻しながらぼやく。あんまりに地味なデザインも、ちょっと私は駄目かもしれない。女心が許さないというか。
オスカーさんも暫く思案顔だったものの、ふとある一点に目を向けてから足早にそちらの方向に向かっていた。
そして掛けられた一着を取って、私の方に戻ってくる。
手にしていたのは、薄目の白い生地にレースの縁取りがなされたケープだった。
それは背中側が長くなっている形で、お尻の辺りまで隠れる程。
合わせ目ともなる胸元には金の刺繍が施された青のリボンが飾られていて、柔らかい雰囲気を少しだけ引き締めている。
見るからに一般の人が想像する魔法使いという格好ではない、けど、非常に女の子らしいデザインだ。
「此方の方がマシだ」
「おおお……師匠にしては珍しくセンスが……」
「やかましい」
小突かれた。
だってオスカーさん、いつもローブだし、脱いでも同じようなシャツとズボンだけだし。お洒落という概念がないんだもん。
「兎に角着てみろ」
「はーい」
オスカーさんが勧めてくれたのだからこれは着なければ、と嬉々として羽織る。ケープなので肩にかけるような形なのだけど、軽くて動きやすい。
ひらひらしててちょっと魔法使いっぽくないかなあ、と思ったものの、好みな感じ。
「どうです?」
軽く生地を摘まんでくるんと回ってみる。緩やかに翻る裾がなんとも優雅だ。普通にお洒落として着ても良いくらいには可愛い。
中々に良いのでは、とオスカーさんに聞いてみると、オスカーさんはじーっと私を見るだけ。……駄目なのかな、似合ってない?
と思ったら、オスカーさんは私の横をすり抜けて、少し奥に居た店員さんに声をかけた。
小声で何かを話していて、何事かと思えば店員さんは店内の奥に消えた。そして、直ぐに戻って来た思えば、オスカーさんに青いリボンを渡している。
丁度、胸元にあるリボンと同じようなもので。
「おい、馬鹿弟子」
戻ってきたオスカーさんは、そのまま私の髪を結っていた紐をほどき、そのリボンで結び直すのだ。
これにはびっくりで目をしばたかす私に「どうせなら合わせろ」の呟き。……その為に、店員さんに予備がないか聞いたんだろうか。
私の、為。
「し、師匠」
「何だ」
「……似合ってますか?」
恐る恐る問い掛けると、師匠は目を丸くして。
それから小さく「ま、似合ってる方だろう」と口にしたから、私は此処数週間で一番幸せな気持ちになりながら、はにかんで「ありがとうございます」と返事をした。
「師匠師匠、イチゴが、イチゴが!」
「分かったから落ち着け」
オスカーさんに「師匠だから弟子の仕事服ぐらい買う」との事でケープを買って貰ってしまって申し訳なかったのだけど、今私はそれを後回しにしてしまう程に興奮していた。
そう、私の目の前には例のお菓子屋さんのイチゴタルトが置かれている。お外で食べるよりおうちでゆっくり食べたいので持ち帰ったのだ。
新しく買ってくれたお皿に乗っかったそれは、照明の光を浴びてきらきらと瑞々しく光っている。
「食べて良いですか!」
「どうぞお食べください。先日は誠に申し訳ありませんでした」
「良いですよもう。気にしてませんから」
何故か滅茶苦茶丁寧に頭を下げられてしまった。もう気にしていないというのに。
「じゃあ、いただきます!」
これだけは遠慮はしない。こんなに美味しそうなものを目の前にして我慢は出来ない。
小粒なイチゴが整然と並んでいるタルト。沢山イチゴが盛られていて、タルトの表面は真っ赤だ。よく熟れた事を示す、鮮やかな色。小粒ながら甘酸っぱさのつまった品種だと店員さんは説明してた。
期待をたっぷり込めて、フォークで一口分、切り分ける。
サクッと耳障りのよい軽快な音と手応え。タルトは水気を吸ってると美味しさが半減するのだけど、此処のタルトはしっかりとサクサク感を保っている。
中にはカスタードが詰められていて、その下には薄くスライスされたスポンジ。水分を吸収する為に敷かれてるのだろうけど、此処のスポンジは美味しいから何ら問題はない。
イチゴとカスタードのコントラストが目にも鮮やかで、なんとも食欲をそそる。思わず、喉が鳴った。
ゆっくりと口に運んで、一噛み。
「美味しいか?」
こくこく、と首を縦に振る。
美味しい、兎に角これに尽きる。イチゴの瑞々しい甘酸っぱさも、カスタードのコクのある甘さも、サクッと香ばしいタルト生地も、堪らない。
無言でもぐもぐと舌鼓を打つ私は、多分今顔が陶酔してるのだと思う。でももう良いやって思えるくらいには、今幸せだ。
「……そこまで幸せそうだとイチゴを奪った事に物凄い罪悪感が湧くな」
「もうどうでも良いです……おいひい」
今が満足なのでそれで良い。
一口一口を大切に食べる私に、オスカーさんは生暖かい眼差し。
「そんなにうまいなら良かった」
「師匠も食べます?」
「いえ、結構です」
「何で敬語に」
「お前からイチゴを奪うと恐ろしい事になりそうだ」
「もう! あれは突然だったから! 私から言ってるのに怒る訳ないでしょう!」
私がとんでもなく食いしん坊だと思われてるとか! ……食いしん坊は否定しないけど、自ら言ってるのに怒る筈がない。
そのイメージ止めて下さい、と唇を尖らせつつ、一口分切り分けてフォークに刺し、オスカーさんの口許に。
「はい、あーん」
「……」
「師匠」
「……あーん」
じーっと見詰めると、オスカーさんは若干恐る恐る口を開けた。そのまま私がタルトを口に運んでオスカーさんの口内に入れてからフォークを引き抜く。
もぐ、とゆっくり噛むオスカーさん。
「うまい」
「ほら! ……ちょっと待って下さい師匠、私の料理には美味しいって言ってくれないのにー!」
「じゃあどうしろと」
「私のにも美味しいの一言を!」
「あと三年は修行しろ」
「厳しい!」
リアルな数字出されたよ! 確かに三年もすればかなり上達はしてると思うけど!
もぉ、と唇が尖るけれど、裏を返せば三年は一緒に居ても良いって事だから、それは嬉しい。出来れば、ずっと先も一緒に、居させてくれたら良いのに。
「じゃあ三年経ったらちゃんと言って下さいね?」
「美味しかったらな」
からかうように笑ったオスカーさんに、私は絶対美味しいと言わせてみせると改めて誓ったのだった。




