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食べ物の恨みはなんとやら

 居間で晩御飯をどうしようかなんて考えていたら、聞こえてくるノックの音。

 今日はテオもイェルクさんも魔物退治で居ない筈。オスカーさんから誰か来るとも聞いていない。一体誰だろう。


「来客? はーい、どちら様で、」

「やあ」


 突然の来訪者は、とても長く綺麗な髪を揺らした、柔和な笑みを湛える男性だった。




「ししょーししょー!」

「何だ騒々しい。あとその間抜けな呼び方は止めろ」


 研究室で自分の仕事に勤しんでいたオスカーさん。私は思わずノックも忘れて研究室に飛び込んだ。

 バァン、と勢いよく扉を開けてしまった為にオスカーさんが一瞬びくっと背中を震わせたけど、私は構わず駆け寄って背中に縋りつく。


「師匠師匠、パパさんがきました」

「は? お前の父親か?」

「師匠のパパさんが」


 師匠の父親=ユルゲンさん。


 聞くや否や、師匠は書庫を飛び出した。

 猛スピードで。

 普段はゆったり構えてるというか運動は然程しない師匠を考えればひっくり返りそうな反応だ。


 私も一瞬反応が遅れて、それから慌てて後をついていくと、一足先に出くわした師匠が肩を怒らせている所であった。来客だから居間に通したんだけど、師匠的には余計な事をという顔だ。


「何で来てるんだよ!」

「え? 会いに来てくれないから会いに来ちゃった」


 ぷんすかしてる師匠とは対照的に、ソファに腰掛けて実にのほほんとした笑顔を返すユルゲンさん。凄くゆったりして寛いでる。まるで我が家のようだ。

 来ちゃった、と笑顔のユルゲンさんはなんと言うか、可愛い。歳上の、それも男性にそう評価するのは失礼だけど。


 どうしたものかと戸惑う私だけど、気付いたらしいユルゲンさんがにっこりと笑って、持参してた何かの紙袋を持ち上げる。


「あ、ソフィちゃんこれよかったら。来る時に見掛けたお店のお菓子なんだけど、ソフィちゃん好きそうだと思って」

「ほんとですか!?」

「ああ。たんとお食べ」


 手土産まで……! しかもこれはイェルクさんに聞いた王都では有名なお菓子屋さんの名前が! 一度食べたいとは思ってたけどこんな所で食べられるなんて……!


 わぁい、と素で喜んでしまった私にオスカーさんが「うちの弟子を物で釣るな」と刺々しい言葉を投げているものの、本人は意に介した様子がなさそうだ。


「寧ろ突然の訪問で手土産ない方が失礼じゃないかな」

「それならせめて事前に来ると言えよ!」

「言ったら入れてくれないじゃないか」


 ユルゲンさん正解です。流石親子、よく分かってらっしゃる。


「……それで、何の用なんだよ」


 私がお茶の用意をし始めたので追い出すのを諦めたらしいオスカーさん。二人がけのソファにどすんと勢いよく座る。

 私はお茶の葉とポットだけ用意して戻ると、オスカーさんは微妙に嫌そうに魔法で熱湯をポットに入れてくれた。何だかんだで協力してくれるので有り難い。

 早く私も魔法を使いこなせるようになれたら良いんだけどな。


 私は頂いたお菓子もお皿に乗せて、オスカーさんの隣に座った。因みに袋にはお菓子の詰め合わせとケーキが入っていたので、嬉々として皿に盛った。

 白のクリームでお化粧したスポンジに大粒のイチゴが乗った、スタンダードなケーキ。美味しそう。いただきまーす。


「え? オスカーあれから顔見せてくれなかったから……」

「まさかそれだけで来たとか言わないよな」

「はは」

「おい……」


 フォークをケーキに押し当てると、ふわっとした弾力が返ってくる。少し力を入れるとストンと切れて、中から薄切りにしたイチゴがお目見え。

 イチゴを嫌いな人間なんて、中々に居ない。イチゴは私的に果物の王様である。

 上に乗っかった、艶のあるイチゴは最後に残しておくのだ。最後に甘酸っぱさで締めるのが良い。


「冗談だよ。まあオスカーの顔を見に来たのもあるんだけどね。主目的はソフィちゃんかな」

「……馬鹿弟子に?」

「うん、ソフィちゃんの体質の事なんだけどね」


 純白のクリームと黄金色のスポンジ、そしてイチゴが層を成すケーキ。一切れ分フォークに突き刺して口に運ぶ。


 空気を含んだ軽いクリームが舌の温度で溶けて、口の中に広がる。

 甘過ぎず、かといって素っ気なさすぎず。イチゴの酸味とスポンジの甘さを引き立てるような程好い甘さで。


 もきゅ、と噛むとスポンジの柔らかさと決め細やかさが伝わってくる。ああ此処の生地は凄く美味しい、ほんのり香ばしさとバターの風味が鼻に抜けるのが分かる。舌触りも滑らかで……。


「ああ、勿論内密にはしてるんだけどね。オスカーと同じ体質だからこそ、やっぱりオスカーが面倒を見てあげるべきだなって思ったよ」

「元より見るつもりだ」

「うん、だから弟子にしたんだろうし。縁があるんだねえ、この体質。……で、制御とかはどうなの?」

「まずは基礎を覚えさせてる。ある程度覚えさせた所で、理論として制御させようかと。……あとは感情に釣られない為の訓練もしなきゃな」


 有名店だけあって、美味しい。

 次々口に運んでは、舌鼓。美味しさに頬が緩んでしまう。


「でも感情制御も兼ねて一度こいつを怒らせてみようと色々と強く言ってみたんだが、基本的には俺に怒らないんだよな。つーかどちらかといえば凹むし、俺がわざと言ってると分かってるからそう揺らがない。訓練しようにもそこまで怒らないから魔法が出ない」

「そこはオスカーより優秀だなあ。オスカー、すぐ怒って魔法で荒ぶってたから」

「うるさい」


 此処のお店今度行ってみたいなあ。今度はタルト食べてみたいな。タルトで有名らしいし。

 そういえばオスカーさん、前にお出掛けの約束したのにまだ行ってくれないし。一緒に行ってくれるかなあ。


「……」

「……弟子よ、聞いてるか」

「ふぁい?」


 イチゴを残して最後の一切れを口に運んだ所で、オスカーさんに肩を揺すられた。

 流石に口の中に物を入れたまま喋るのは失礼かと思い直して、名残惜しいけどよか噛んだ後に飲み込んで「何です?」と返す。オスカーさんは、脱力した。


「……ケーキに夢中だったか」

「いやはや、そこまで美味しそうに食べてくれると買ってきた甲斐があったよ」


 向かい側でユルゲンさんが笑っている。もしかして口許にクリームがついているのだろうか。

 口許を手の甲で拭っても、白いクリームはついてない。


「美味しかった?」

「はい、美味しかったです! イチゴとクリームの酸味が絶妙で!」

「そうかそうか、それならよかった」


 何だか凄く微笑ましそうに見られてるのは何でだろう。オスカーさんも微妙に笑いを堪えた顔だし。


 なんなの、と首を傾げつつ、まあ良いかと最後に残しておいたイチゴを食べようと皿を見たら……オスカーさんの指が、クリームがついたイチゴをひょいと摘まんだ。


 あ。


「ん、まあまあだな」


 大きなイチゴを丸々口に放り込んだオスカーさんは、ぺろりと指についたクリームを舐め取る。


 まあまあ。


 ピキッッッ、と陶器がひび割れる音がした。


 二人の視線が、皿に集まる。

 先程までケーキの乗っていたお皿は、見事に中央を分断するように大部分に亀裂が走っている。


「あ、割れちゃった。お気に入りのお皿だったんですけどね、残念です」


 白磁に金の蔦模様の縁取りがされた、結構お気に入りの皿。契約印に似てるから気に入ってたんだけどなあ。

 処分かー、とヒビの入ったお皿をそっと両手で持ち上げて、立ち上がる。


「これ片付けて来ますね。二人はご歓談をお楽しみ下さい」


 あーあ、勿体ないなあ。




 ひとまず綺麗に拭いて紙にくるんでキッチンの端に置いてから戻ると、オスカーさんが引き攣った顔で肩を掴んできて、今度お出掛け行こうなと念押しされた。

 急にどうしたんだろう。

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