女の子の憧れ
本屋を後にして、さあ次は何処に行くかと迷ったのだけど、イェルクさんのおすすめでちょっとした装飾品店に行く事に。
辿り着いたそこは、地元にはないような華やかな雰囲気で、女の子のお客さんがなんとも黄色い声と雰囲気で賑わせている。
私はあんまり得意な場所ではないのだけど、イェルクさんは平然としている。何か男の人が慣れてるってだけで複雑な気分だ。行き慣れてるってどうなの。
……しかも注目を浴びてるし。
イェルクさんもテオも、外見凄く綺麗なんだよなあ。私はオスカーさんが一番好きだけど。
「ソフィちゃんはアクセサリーとか嫌い?」
「嫌いじゃないですけど……あんまり着けようとは」
なんか、こんなきらきらしたものを着けるのは気後れする。
「可愛いとは思いますけど、見てるだけで充分って言うか」
「そう? 男の子から贈り物とかされなかったの?」
「そんなまさか。まだ子供なのに、そういう事する男の子って中々居ないですよ。精々テオから花の冠を貰ったくらいです」
基本的に、私はテオと一緒に過ごしてきた。よくお泊まりとかもしてたし、お外だと原っぱで遊んだり転がって寝たり、はたまた剣士ごっこしたり。
……剣士ごっこは熱中しすぎてテオが本気になって、私も全力で対抗したな。テオも何故か指導してくるし。護身術だとかなんとか。
お陰で軽めの模造剣くらいなら扱える。こっそり此方にも持ってきては地下で運動に使ったり。
まあそんな訳で小さい頃からテオの側に居たし、男の子が寄ってこなかったので贈り物とかはまずない。それに、同世代の男の子は好きじゃなかった、この髪を馬鹿にしてくるし。
「私、あんまり男の子好きじゃなかったんですよね。いじめてくるし、なにかと突っかかってきたから。テオが追い払ってくれてたんですけど」
「それ好きな子程いじめたくなるやつだったんじゃ」
「そんなまさか。ねえ、テオ」
「俺に言われてもな」
「……何となくソフィちゃんがどういう生活してたのか分かるよ。つまりテオが原因だな」
何でそうなったんだろう。
……ああでも、女の子からどうこう言われてたのはテオにも一因があるかも。テオが私に構ってばかりだったから、テオを好きな女の子がやっかんできたというか。
女の子って面倒臭いな、と女の私でも思ったもの。
だから、この前テレーゼと知り合えて、良かったと思ってる。そういう事抜きにお付き合いしていけるんだもん。
また会えたら良いなあ。あ、ディルクさんにはなるべく会わない方向で。
「テオ、君何気に過保護だね」
「虫除けをブルックナーの男性陣に頼まれていたので」
虫? と首を傾げると、テオは何でもないと首を振る。何でもないから気にするな、との事。
まあ何もないんなら良いけど、と納得して商品を眺めるのに戻る。イェルクさんが何とも微妙な表情をしていたけどどうしたのだろうか。
「何か気に入ったのはあったか?」
「んー。指輪は可愛いと思うよ。ちょっと羨ましいなって」
「羨ましい?」
「私、契約印手首だから。これも可愛いですけど、指が普通って聞いて。指に輪があるのが羨ましいなあって。師匠との繋がりの証が指にあるって素敵でしょう?」
オスカーさんに貰ったこの契約印は可愛いし気に入ってるけど、指輪に状のものにも憧れる。指輪は女の子の夢というか。
だからテレーゼの証を見てちょっと羨ましいなあって。テレーゼの師匠はお断りだけど。
私の言葉にテオはあんまりしっくりきてなかったようだけど、イェルクさんは「ソフィちゃんも女の子だねえ」と微笑ましそう。
なんだか気恥ずかしくて頬を掻いて笑って「まあどうにもなりませんし、今のままで満足してますが」と返しておく。極論単に指輪が欲しいって訳じゃなくて、オスカーさんに貰えるからこそ嬉しいって事だし。
だから別に買うつもりもないし良いです、と笑うと、イェルクさんは何かを考え込むように口許に手を当てた。
「ただいま帰りましたー」
それからお外で食事をしたりして帰ってきたのだけど、オスカーさんは出掛けた時のままみたいにソファに腰掛けていた。
私の声に顔を上げたオスカーさん。読書をしていたのか、栞を挟んで閉じて、机の上に置く。……オスカーさんはオスカーさんなりに、一日を楽しんでいたのだろう。
「お帰り。楽しかったか」
「はい、いい気分転換になりました」
「……そうか」
オスカーさんは、私の言葉に静かに頷く。それだけで、会話が続かない。
普段ならもう少し会話が弾むんだけどな、とちょっとしたオスカーさんの異変に首を傾げつつ隣に座ると、やや揺れた瞳が私を写す。
「怒ってないか?」
「えっ何でですか。寧ろ怒ったの師匠じゃ」
「何で俺が怒るんだよ」
「出る時素っ気なかったですもん」
「あれは……別にそういう訳じゃない」
じゃあどういう訳なんだろう、と思いつつも、まあ怒ってなかったなら良いか、と詮索は止しておいた。オスカーさんにはオスカーさんなりに思うところがあるのだろう。
それなら良かった、と笑って、何だかちょっぴり気まずそうなオスカーさんを覗き込む。
「ねえ師匠、お願い聞いてくれますか?」
そういえばイェルクさんからおねだりしてみたら、という助言を貰っていたのでついでに実行すると、オスカーさんは少しだけ瞠目。
それから「……叶えられる範囲だぞ」と小さく言うので、私は笑った。そんな大層なお願いじゃないんだけどね。
「今度は師匠とお出掛けしたいです。あ、勿論勉強は頑張りますよ?」
「……そんな事で良いのか?」
「はい。あ、もっと言って良いんですか? なら、寝る前に師匠のローブ貸して下さい」
「……は?」
まさかそんなお願いが飛んで来るとは思ってなかったらしいオスカーさん、目を丸くして此方を見ている。
また何でそんな、と言いたげな眼差しが何だかおかしくて、相好を崩してオスカーさんに凭れかかって、鼻をくっつけた。珍しく、オスカーさんは逃げなかった。
「師匠の匂い、凄く好きです。落ち着きます。……このローブにくるまって寝たら、安心して寝れるし幸せだなって」
「……そんなものなのか」
「はい」
オスカーさんの匂い効果は凄まじいのだ。何たって二度寝したら半日経ってたもの。まあ疲れもあったのだけど。
でも、安心して、うとうとしてしまうのは本当だ。多分一緒に横になったら即寝る自信がある。爆睡しそう。多分頬つねられたりしても起きない自信がある。
「……まあローブで良いなら貸すが。お前、物欲はないのか」
「そんな事は! ほら、今日はイェルクさんにおねだりしたんですよ!」
本当はおねだりというか寧ろ我が儘を言ってくれとせがまれたのでお願いしたのですが、おねだりにはおねだりでしょう。今度イェルクさんにお礼しなきゃ。
買って貰った本の入った包みを見せると、何故かオスカーさんは眉を寄せています。
「何だこれ」
「料理の本です、師匠に美味しいもの作ろうと思って! 師匠嫌いなものないですよね? 何が良いですか、一緒に選びましょう! ……あれ、ししょー?」
「お前、本当に俺の事ばっかだな。そんなに好きか」
「はい、大好きです!」
「そりゃどーも」
本気にしてくれていないけど、こうなる事は分かってたので気にしない。オスカーさんは子供にしか見てないだろうし。まあ、それはそれで事実だから仕方ないのだけど。
私にはまだこれからがあるもん、と言い聞かせて、新しく買った本の中身を一緒に見ようと包みを開けた。




