分かりやすい弟子
結局二人に連れられてお外に出た訳だけど、何処に行くんだろうか。
「ねえテオ、何処に行くつもりなの?」
「特に行き先は決めてない」
「決めてないのに連れ出したの」
「行き当たりばったりなのも良いかと思って」
テオって思い切り良いけど大雑把だよね。
「まあ、妥当に雑貨店や服飾店に行けば良いだろう。女は大体そういう所に行くだろうし、ソフィも小物は好きだろう」
「そりゃあそうだけどね」
「テオはよく分かってるんだね」
「伊達にソフィが生まれた時から付き合ってませんので」
……まあ強ち間違いではない。私のうちとテオのうちは仲が良いから、本当に赤ん坊の頃から側に居る。一緒に遊んでいたし、お風呂にもよく入っていたのだ。
……と言ったらイェルクさんに地味に羨ましそうな目をされたのでちょっと引いた。テオも引いている、そして「うちのソフィを変な目で見ないで下さい」と背中を思い切り叩いていた。正直テオナイスとしか言えない。
入りたがられても困る。テオと入るならまだしもイェルクさんと入るつもりはない。テオは兄みたいな人だし、テオは私を妹のような存在に見ているもん。
オスカーさんは……うん、そもそも入りたがらないな。ないない。
「取り敢えず、ソフィの行きたい所はないのか?」
お話ししながら店が並ぶ地区に向かってるけど、行き先までは決まってない。王都は大抵物が揃ってるから、その気になれば欲しいものは手に入れられるだろう。
と、言っても今の私にそう欲しいものはないのだけど。
「んー、書店には行きたいけど、突然だったからお金持ってきてないし」
「よし、そこはお兄さんが奢るので気兼ねなくねだっておくれ」
「えっ結構です」
「最近ソフィちゃんが素っ気なくてお兄さん泣ける」
よよよ、とわざとらしくよろけて目頭を押さえるイェルクさんに、私はどう反応したものかと苦笑い。
「人にお金を出させるのって申し訳ないので。一応、実家を出る時にお父さん達からある程度は貰ってますし、自分のものはなるべく自費で買いますよ」
「……ソフィはもっとねだれ。お前、滅多にねだらないだろ。弟子入りぐらいしか本気でねだらなかったし」
「でも、申し訳ないよ」
「お兄さんこう見えて結構収入あるから遠慮しなくて良いよ。女の子はちょっと我が儘なくらいが可愛いから」
「は、はあ……そうです?」
我が儘な女の子が可愛いというのはいまいち分からない。普通良い子が良いんじゃないかな、オスカーさんだって最初弟子入りせがんでた時鬱陶しそうだったもん。
「そうそう。オスカーもどうしたら良いか分からなくて戸惑ってるんだよ、ソフィちゃんが我が儘らしい我が儘言わないからさ」
「最初に思い切り我が儘言いましたよ」
「でもそれ以外は言ってないだろ? あれが欲しいとか、こうして欲しいとか。オスカーは、保護者として何かしてあげたいのに何をしたら良いか分かってなくて困ってるんだよね」
あれ不器用だからね、と飄々とした様子で零すイェルクさん。
……困ってる、のだろうか。そんな素振りは全く見えなかったんだけどなあ。別に私に何かしようとかいう様子は見られなかったし、変なところもなかったんだけど。
単にイェルクさんが私に良い方向に勘違いさせたいだけな気もする。オスカーさんは、どちらかと言えば用事がない限り話し掛けてこないし、何かしようともしない。
「まあ疑うなら帰っておねだりしてみなよ」
「はあ、おねだりですか。まあ考えてみます」
おねだり、かあ。オスカーさんが困らない範囲でオスカーさんが実現出来る事、あまりお金はかけない方向で、って感じかな。
……側に居てとか構ってぐらいしか思い付かないんだよね。うーん。
オスカーさんにおねだりの中身を考えていたら、いつの間にか書店についていた。
私は紙の臭いは結構好きだ、紙それぞれに独特の臭いがあるし、インクの染み込んだ臭いも嫌いじゃない。人によっては嫌いとか言う人も居るのだけど。
因みに、テオはこの臭いはあまり好きじゃない。ずっとその場所に居たら頭が痛くなるそうな。
「ソフィは何を探すんだ」
顔からしてなるべく早く探し物は終わらせたい、と語っているテオ。やっぱり苦手か。
「んー、良さげな料理の本。師匠に美味しいと言って貰う為に、もっとレパートリーを増やそうかなあって」
「毎日作って貰ってるのに美味しいの一言もないのかオスカーは」
「顔で何となく分かるので、いずれは正直に言ってもらえる程の美味しい料理を作る予定です」
「……何かどんどんソフィちゃんが嫁入り修行してるように見えてきたよ」
基本的に家事全部やってるんだろう? と聞かれたので頷く。
……だって、オスカーさん不器用なんだもん。オスカーさんに任せて大惨事になるくらいなら私がするよ。料理と裁縫は絶対にさせちゃ駄目、比喩表現抜きに血を見るから。
「至れり尽くせりだよねオスカーも」
「大人になったら押しかけ妻として認めてくれますかね?」
「うーん、どうだろう。というかソフィちゃん、オスカー好きなの」
「好きですよ?」
きっと、私はオスカーさんの事が好きだ。
まだ、師匠としての尊敬であり好きで、お兄ちゃんみたいな存在としての好きが強いけど、そう遠くない内に私は男の人として大好きだと胸に刻み込まれる日が来る。そんな予感がする。
テオの好きやイェルクさんの好き、家族の好きとは違うもん。
……今はまあ、どきどきよりも安心感のある好きだけど。頼りになるんだもん、オスカーさん。
何を今更、と首を傾げると、イェルクさんは何かを言い損ねたような渋い顔に。
「結構あっさり認めるね」
「私、見てて分かりやすいと思いますよ。ね、テオ」
「そりゃあまあ」
「あれ、保護者さんは良いのかい、お宅のソフィちゃんが嫁入り願望持ってるけど」
「エルマーさんやライナルトさんじゃあるまいし、流石に俺が指図する事でもないです。本人が幸せになれるならそれで良いのでは?」
毎回思うのだけど、いつから私はテオ家に仲間入りしたんだろう。この場合はテオがうちの家族になったのかな。
いやまあお兄ちゃんみたいな存在だとは思ってるけどね? やってる事ならお兄ちゃんよりお兄ちゃんっぽいけどね?
……というか、お父さんとお兄ちゃんは反対するだろうなあ。私がオスカーさんと添い遂げたいとか言い出したら。
……まあその前に、オスカーさんが私を好きになってくれるかという問題があるけど。
「君らの信頼感はある意味すごいよね、揺るぎないね」
「異性とかの前に最早家族なんで」
「ねー」
「そ、そうか……なんか君ら色々凄いよ」
そうかな? 私達はこれが普通なんだけどな。
「まあ取り敢えず、胃袋から掴もう大作戦です! 美味しいって言わせてみせるんですから!」
「が、頑張ってね」
「頑張りますね!」
イェルクさんの応援にも応える為に、頑張らなきゃ。目指せオスカーさんが唸る程の腕前。




