初めてのお友達(?)
儀式の後ユルゲンさんに「オスカーの初弟子が可愛い女の子かあ」とかにこにことからかわれたオスカーさん。こめかみをひくりとさせて「何か文句あるのかよ」と言い返していた。
ユルゲンさんはそんなオスカーさんに相変わらず柔らかい笑顔で「娘ならいつでも歓迎してるよ」と言って、オスカーさんは全力で否定。
それはそれで何か悲しいけど、私とオスカーさんは弟子と師匠という関係だから、今のところそういう関係ではないもの。というか、オスカーさんは私を子供扱いするからそういう目では見ないだろうし。
まあそんな訳で儀式は終了したのだけど、オスカーさんはユルゲンさんにまだ用事があるらしくて、待合室で待っておけとの事。
会うのは久し振りみたいだし親子水入らずで話したい事もあるよな、と素直に頷いて、私は人に聞きつつ待合室を見つけ、中に入って椅子に腰かけた。
待合室は、どうやら魔法使いの弟子達が師匠を待つ所らしくて、比較的若い魔法使いらしき人達が居た。師匠も混ざってるかもしれないけど、何となく初々しい雰囲気からお弟子さん達が多いのかな、とか思ったり。
「……あ」
そして今更に気付いたのだけど、隣にさっき見かけた気弱そうな女の子が居た。ディルクさんの弟子、なんだろう。
「こんにちは!」
折角だしお話を聞いてみよう、と隣の椅子に身を乗り出して話し掛けると、途端にびくっと震える女の子。
やっぱり大人しそうな見かけ通りで、おどおどと私を窺ってくる。……ちょっと元気よすぎたかな。
「……さっき、儀式を終えた人ですか?」
「うん。私はソフィ。あなたは?」
「……テレーゼ。テレーゼ=シェーラー」
「テレーゼね、分かった。ねね、テレーゼって呼んでいい?」
女の子で、歳も近くて、弟子になりたてという似たような条件だし、出来ればお友達になりたいんだけどな。
そんな思いを込めて笑顔を浮かべると、テレーゼは瞠目。それから、おずおずと頷いた。
テレーゼは何だか小動物っぽい仕草というか、こう、儚げな雰囲気が可愛い女の子だ。お師匠さんのディルクさんとは正反対な予感がする。
「あなたもさっき儀式を終えたんだよね? 同期って事になるかな」
「そう、ですね」
「何だかこれで師匠と結ばれてるってのも不思議な気分だよね。私まだ弟子の制度分かってないんだけど、これが弟子と師匠を繋ぐ証みたいな物なんだよね?」
服の袖をかるく捲り、手首に刻まれた蔦の文様の環を眺める私。
これが、私とオスカーさんを繋ぎ止める楔のようなもの。……何となくだけど、この印から暖かい魔力が流れている気がする。不思議と安心してしまう感覚に、自然と笑みが零れた。
ただ、テレーゼは私の手首を見てまた目を丸くする。
「……そういう風に契約印が出る事があるんですね」
「え?」
「普通は、指に出ると聞いていたので」
指に? と頭に疑問符を浮かべた私に証拠だと自分の指を見せるテレーゼ。
細い小指には、真っ直ぐに青のラインが引かれていた。なんだか私の契約印とは場所もサイズも趣も違って、戸惑うしかない。
オスカーさんはそこまで言わなかったし、てっきり私はこれがスタンダードなのだとばかり。後でオスカーさんに聞いてみよう。
「……うーん、こっちがいいなー」
「え?」
「や、どうせならブレスレットみたいなのじゃなくて指輪の方がそれっぽくない? 薬指が良かったなーって」
や、ブレスレットも可愛くて良いんだけど、女の子としては指輪に憧れるというか。まあそれだとオスカーさんが渋そうな顔をする事間違いないので、今の手首で良かったのかもしれない。
その顔を想像すると、ちょっと笑えてくる。
「……変な人ですね、ソフィさん。普通、それは喜ぶものだと思いますよ」
「えっそうなの」
「珍しいですし、大きい程素質があるという事ですし、師匠との繋がりが深いものですから。その分、制約もあるのでしょうが、双方得すると思います」
あ、制約とかオスカーさんに説明されてないや。帰ってから説明するって言ってたし。
聞いた限りでは、魔力供給とからしいけど。
「……うちの師匠が、羨ましがりそうです」
私の手首を見たテレーゼは、疲れたようにそう呟く。
……見るからに師匠と反りが会わなそうなテレーゼだけど、師匠の事をどう思ってるのだろうか。というか、羨ましがりそうって何が。
「師匠、弟子を集めて魔力を高めてるので。……ソフィさんみたいな繋がりが強い弟子は、欲しがると思います」
「私は物じゃないんだけど……それに、私は師匠のものだもん。勧誘されてもお断りだね」
ディルクさんは多分、私とは合わないだろう。……人を物扱いするなんて言語道断である。
私が師匠のもの、というのはディルクさんみたいな意味ではなく、どう言ったら良いんだろ、全てあなたに委ねます、という意味というか。オスカーさんが望むなら、魔力ぐらいほいほい差し出すし、何なら家事なりマッサージなり将来的にお仕事のお手伝いとか何でもござれ、という意味なのだ。
「それに、私師匠以外に繋がりたいとは思わないもん。尊敬する師匠だからこそ、私は本当に契約したんだし」
「そう、ですか」
「それに、まさか弟子を寄越せなんて横暴な事を言う人間なんて居ないでしょう。そんな子供みたいな」
もう師匠と弟子の契約をしてるんだし、後から私の弟子にしたいとか言っても通用しないだろう。子供じゃないんだから、一回決まったものを力業でどうにかしようなんて人、居ないだろう。
そう思ったのに、テレーゼは目を逸らした。
え、待って。テレーゼの師匠そんな人なの。
「……これの事、黙っててもらえないかな」
「そうしておきます」
静かに頷かれたので、私は「ありがとう!」と彼女の手を握った。
戸惑いを見せたテレーゼだけど、私の笑顔に困ったように視線をさ迷わせた後、小さくはにかんだ。




