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協会に到着しました

「王都は人が多いから離れないでくれよ」

「はい!」


 翌日、私はオスカーさんに連れられて都を歩く事になった。

 オスカーさんが言う通り見た事がないくらいに人でごった返している。市場だからってのもあるのだろうけど、うちの街とは比べ物にならない。


 はぐれたら確実に帰れないので、私はオスカーさんの腕を掴んで間違っても迷子になんてならないような体勢を作る。

 オスカーさん、ちょっと固まったけどこれは致し方のない事だと自分で言い聞かせている。そんなに女の子に触れられるの苦手なのかな、私くらいそろそろ慣れて欲しいのに。


 それでもふりほどかない辺りは優しいんだよなあ、とか笑って、オスカーさんの優しさにとことん甘えるつもりでくっついた。




 魔法使い協会というのはオスカーさんの家から少し離れた所で、王都でも中心部にあった。因みにオスカーさんの家は王都の外縁部付近にあるそうだ。

 目の前にそびえ立つのは立派な建物。

 此処が魔法使い協会の本拠地だと言われて、何だか少し緊張してきた。ただ登録するだけだとは言われてるけど、やっぱり正式に登録すると言われたら、気恥ずかしさもある。……嬉しさが一番なんだけどね。


 オスカーさんは、平然とした顔で私の手を引く。途中から手を繋いでくれたのだ。……一回はぐれそうになったので「世話が焼ける」という台詞と照れた顔付きで。


 如何にもという荘厳な扉を開けると、広々とした空間が広がる。

 もっと仰々しいのかと思ったけど内装はシンプルで、奥に受付らしきものがある。


 協会という事で人はそこそこに居るみたいだけど、オスカーさんが入った瞬間ざわつく。


「災厄の子だ」

「何しに来たんだ」


 ……あまり、歓迎されてない。私も、ちょっと不愉快な気持ちになる。オスカーさんが好きでそうなった訳じゃないし、オスカーさんの人柄を知らない癖にそういう事言わないで欲しい。

 オスカーさんは、優しいもん。


「馬鹿弟子、怒るなよ。間違っても魔法は出すな」

「……はーい」


 む、と唇は尖ったものの、オスカーさんがそう言うなら我慢する。ただ、不満を主張するのは忘れない。

 今言った人達の顔は覚えておこう。将来役に立つかもしれない。……仕返しする訳じゃないけども。


 オスカーさんは慣れっこのようで、それが辛い。……慣れるまで、沢山言われ続けてきたって事だもん。


 きゅ、と手を握って窺うと、オスカーさんは少しだけ目を丸くして、それからほんのりと眼差しを和らげた。

 私の存在が少しでも安心に繋がってくれたら、良いんだけどな。


「弟子の登録申請をしたいんだが」


 受付に居た女性にオスカーさんが声を掛けると、受付の人は私とオスカーさんを二度見。

 ……とんでもなく目が見開かれてるのは、あれだろうか、驚かれてるのだろうか。顔に信じられないと書いている。


「え、ええと、オスカー様が、ですか?」

「だからそうだと言っている。文句があるのか」

「いっ、い、いえ! 今すぐに登録します!」


 オスカーさんは目付きがあまり宜しくないので、ただ不機嫌そうに見下ろすとかなり凄みが出る。

 そんな目で見られたお姉さんは気の毒になるくらいに震えていたけど、オスカーさんが意に介した様子はない。いつもの事だ、と私には視線で語って渡された申請書にペンを滑らせている。


 オスカーさん、私と居る時やイェルクさん達と居る時は、柔らかい顔してるのにな。今は、ちょっとわざと壁を作るように素っ気ない顔してる。

 それが、オスカーさんなりの周りへの対処なのかもしれない。逆効果になってる気がしなくもないけど。


 オスカーさんはあっさりと私の名前を書き終えて……というか私の名前覚えててくれたんだ。一度も呼ばれてないけど。

 書類には『ソフィ=ブルックナーはオスカー=ローゼンハイムを師とする』といった旨の文章が書かれている。……じわり、と胸が疼いた。これが承認されれば、私はオスカーさんの弟子になるんだ。


 お姉さんはオスカーさんから紙を確かに貰うと「契約の間が開くまで暫くお待ち下さい」と微妙に震えた声で告げて、それから書類を持って何処かに駆け出した。


「ユルゲン様! あのオスカー様が初めて弟子を持つそうです! 我々がどれだけ言っても持とうとしなかったのに!」


 それから、お姉さんが消えていった通路の奥から、そんな声が響いてきた。

 オスカーさんは頭を抱えていた。

 あの女大声で言い触らしやがった、と低い声で呟いている。確かにこの声量だと多分協会に響いてる気がする。


 その証拠に、周りに居た魔法使いさんらしき人達が私を一斉に見ていた。……ちくちく刺さる視線にとても居心地が悪いものを感じてしまったのだけど、オスカーさんは軽く腕を上げてローブを持ち上げる。


 見上げると、なんとオスカーさんは小さく「入るか?」と問い掛けたのだ。当然、返事は是。隠れるようにローブの中に入らせてもらった。

 ……余計ざわついたとか知らない。今回のはオスカーさん天然で提案したから。


「こりゃユルゲンも出てくるな。会いたくねえってのに」

「偉い人ですか?」

「ああ、協会のトップだ」

「……そんな人に会うのですか?」

「諦めろ」


 何か凄く嫌な情報をオスカーさんから入手して余計に緊張が高まるのだけど、ふと別の通路から二人組が出て来た事に気づく。


 何というか、派手な男性だった。

 ローブは真っ赤で、髪も真っ赤。耳元に光るピアスも大粒の石が使われていて、きらきらと照明に照らされて輝いている。

 あと一番特徴的なのが、顔立ちは整ってると分かるのに、なんかとても濃い顔をしていた。何と言えば良いのか分からないけど、濃い。

 視界が騒がしいどころじゃないくらいに鮮やかというか、派手な人。


 その後ろにちょこちょことついているのは、私より少し上で、まだ成年はしていなさそうな、女の子。男性とは正反対に控えめというか大人しげな感じで、肩口で揃えられた淡い茶髪がふわりと揺れる。

 表情はとても気弱そうで、おどおどと周囲を窺っていた。

 なんというか、対照的な人達である。


「げ、ディルクか。また弟子増やしたのか、偉そうにしてるし」


 どうやらオスカーさんは彼の名前に心当たりがあるらしい。


「お知り合いです?」

「知り合いと言えば知り合いだが、俺は面倒だから好かん。弟子の数を誇る奴だしな」

「弟子を多く持ってたら凄いんですか? 何で増やすんですか?」


 オスカーさんは、私がくるまで弟子を持っていなかったけど、弟子が多いと良いことがあるのだろうか。オスカーさんは持ちたがってなかったけど。


「あー、魔法使いの中でも弟子は師匠の持ち物っていう古風な考え方をする奴はそこそこに居てだな。ある種のステータスと見なされてるんだ。

「ステータス、ですか?」

「優秀な魔法使い程、契約の許容量が多いんだ。結べる縁には限りがあるし、相性もある。魔法使いというのは数が少なくてな、次代の魔法使いを世に出すというのはそれなりに大変だし望まれる事でもある。だから、多く弟子を持つ事は名誉とされる」


 まああいつが弟子の育成が上手くいってるかは知らんがな、と肩を竦めてオスカーさん。

 ……なんか、後ろの彼女とディルクさん? は見るからに相性悪そうというか、彼女怯え気味なんだけどな。


 それにしても、魔法使いって大変なんだな。魔法を廃れさせない為に徒弟制度があるのだし。ややこしそう。


「弟子ってほいほいなれるものじゃなかったんですね」

「そりゃな。本来は口約束じゃなくて、契約だ。互いに血による証を刻む事で、本当に弟子になる。弟子の制度は詳しくは後で説明するが……さっきの疑問だが、何でああいう風に弟子を増やすかというとな、師匠と弟子という関係になると、名誉とか抜きに得する」

「えっほんとですか?」

「証でパスを繋ぐから、魔力供給を互いに出来るようになる。それによって弟子の魔力を幾らか貰うとか、ある程度の命令権とかその辺だな。そこは師匠側の裁量次第だが。……何で嬉しそうなんだ」


 師匠にも得がある、と聞いた私が瞳を輝かせたのが分かったらしく、オスカーさんは呆れた顔。

 私としては朗報なので、笑わずにはいられない。


「だって、私師匠に何もあげられないですし……役に立てるなら嬉しいです。魔力で良いならあげますし、私に出来る事なら何でも命令してくださいね!」


 ローブの中でしがみついて見上げると、オスカーさんは「なるべく使用しない方向で」とぶっきらぼうに言ってはそっぽを向いてしまった。

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