修行はそう甘くない
昨日は私が寝ている間に快適な居住空間を与えられてしまった。
清楚というか清潔感のある部屋。家具は何だかお洒落だし絨毯は手触りがよくて滑らかな光沢があるし、ベッドには薄いレースが幾重にも重なったような天蓋がかけられている。
明らかに自宅より豪華な住み拠となってしまった感が否めない。
誰だろう、こんな如何にも貴族っぽいお部屋を提案したのは。悪のりにも程がある。可愛いけど。
多分、オスカーさんが悩んでいた所を二人が唆したに違いない。テオは私がこういう部屋に憧れていたのを知っているから、私の趣味を叶える形で提案したのだろう。
ありがたさを感じると共に「ああ、お金が……」と頭を抱えてしまった私は、所帯染みてると言われそうだ。
……厚意なんだろうしこういう部屋は憧れていて嬉しいけど、流石に悪い。出費が多すぎる。
将来一人前になって仕事を始めたら、私に掛かったお金は返そうと思ってるのだ。オスカーさんに負担ばっかりはかけたくないし、無理言って弟子にして貰ったから。
私の将来を見込んで投資してくれたのだから、その期待に応えたい。私だって、魔法使いになりたいもの。立派な魔法使いにならなくては。
「今日から本格的に魔法使いへの修行を始める」
「はい師匠!」
という訳で家も大体綺麗に片付いたので、漸く本来の目的が果たせるようになった。
二人の生活にちょっとはしゃいでいたけど、私はオスカーさんに魔法使いになる為についてきたのだ。優先すべきは当然オスカーさんとの修行をである。
私がピカピカにした居間で、ソファに隣り合って腰掛ける私とオスカーさん。いつものようにローブを羽織っている。
因みにローブは皺を伸ばして返しておいたので、いつもよりぱりっとして雰囲気がある。
「師匠、質問良いですか!」
「言ってみろ」
「修行はどんな事をするのですか?」
素朴な疑問だ。
弟子にして貰ったのは良いけれど、具体的にはどうしたら魔法使いになれるのだろうか。
オスカーさん曰く、結果的にではあるけど私は無意識に魔法を使えている。まさか魔法が使えたら魔法使い、という訳でもないだろう。それで魔法使いを名乗れるなら私はもう魔法使いだし。
オスカーさんは質問にニヤリと笑った。
「お前、文字は読めるな?」
「え? まあ教養として……」
「じゃあ勉強は出来る方か」
「一応読み書きと計算くらいなら」
私は商家の娘で、多分恵まれている方なので、文字の読み書きは出来るし家業もあって計算関係ならそこそこに出来る。
賢い、とは言い切れないけれど、街の中では比較的出来る方だ。王都は流石に識字率も高いだろうしまた別だろうけど。
私の返答に、オスカーさんは少し安心した様子。
「そこはお前の家が比較的豊かで助かった。俺みたいに身寄りのなくて文字が分からない人間だと時間がかかって仕方ないからな」
「ええと」
「まあ、つまるところ魔法使いは頭脳労働が仕事だ。何事も知識から始める。と、いう訳でこれを全部覚えろ」
ピン、と指を鳴らすと、テーブルの上にとても部厚い本が積まれる。どうやって取り出したのか、はオスカーさんだから、という理由で納得するにして。
……この間掃除した時の本の一部である事は間違いないだろう、ちょっと埃っぽくて咳き込んでしまった。
数えた所、十冊は超えている。それも一冊一冊が指の長さくらいに厚い。
「……ええと?」
「幾ら無意識に魔法が使えるとはいえ、理論を学ばない事には始まらないな。取り敢えず知識を詰め込んでくれ、魔法使いは知識がそのまま力に直結する」
「……全部覚えるのですか?」
「基礎だぞこれ」
ちょっと目眩がした。
……確かに、魔法は理論を勉強して発動の過程を頭に刻んで鍛練して漸く使えるものだ、と言ってたけど。……これを覚えるのか。
「まあ今すぐに覚えろとかそんな無慈悲な事は言わんが、なるべく早く覚えてくれ。あと、それとは別に、無意識に発動する魔法の制御も特訓していく。理論を覚えていけば、自然と制御もしやすくはなるだろうし。ま、お前は魔法を発動させる為の鍛練はそこまで要らないだろうし、三年四年もあればそこそこにものにはなると思う」
直ぐに魔法使いになれるなんて思ってなかったけど、想像していたよりもずっと、大変そうだ。
けど、オスカーさんは私に期待をかけてくれているんだ。その期待には応えたい。
頑張ります、と目の前の本の山を見て頬を強張らせながらも、前向きな返事をした。




