弟子のお役目
二章開始です。
弟子になってまず最初に与えられた、というか自覚した役目が、オスカーさんの家を綺麗にする事だった。
「何でこんなに汚れてるの……!」
師匠は今、魔物退治が終わった事を報告しに行ってるので、私はオスカーさんのおうちに取り残されている。
因みにテオはイェルクさんと一緒にギルドに登録しに行ってるので、私一人である。
本来なら私は荷物を整理してこれから生活していく場所を整える、筈だったのに、まさかの確保する所から始まるとか思わなかった。
オスカーさんは、顔は綺麗なのに整える事に関しては興味ないらしい。だからいつも寝癖のついた髪型だし、ローブはよれよれ。でも気にしない。
……そんなオスカーさんだから、おうちがどんな惨状なのかもっと考えておくべきだった……!
ああもう、と埃を被ったシーツを取り上げ、こんな事もあろうかと、というかない方向が良かったのだけど、持ってきた石鹸を取り出して洗いにかかる。
何でオスカーさんはこんなに無頓着なんだろうか。というか、この有り様ではとても一日では快適に暮らせる家にはならない。
ざっと見た感じオスカーさんのおうちは豪邸という訳じゃない。
地下室こそあるものの、程好い広さの一軒家といった所で、オスカーさんのお部屋と居間、書庫と研究室みたいな部屋と物置化してる部屋が一つずつ、といった感じ。因みにこの場合私の居場所は物置になるのだろうけど、まず人は暮らせない環境だった。
……これ、お父さん見せたら速攻連れ戻されるな。
兎に角、まずはオスカーさんのお部屋から磨こう。家の主の部屋がこれってない。
物に触って良いとは言われているから、遠慮なく本を片付けて埃を払って窓を拭いて床を磨こう。大至急。
逆に此処まで酷いと燃えてくるので、私は手始めに目の前のシーツを真っ白にする事から始めた。
「ったく、毎回一々ネチネチ言ってくるから鬱陶しい……っと、ただいま、……あ?」
「お帰りなさい!」
何だかぐちぐち言いつつ帰宅したオスカーさんを迎え入れると、オスカーさんは私を凝視してくる。
「……すげー格好してるが」
「お掃除してました。あ、勝手に本とか並び替えましたけど、良いですよね?」
「お、おう」
凄い格好、というのは煤で汚れた私を指しているのだろう。
お部屋を掃除してたら埃やら煤やらにまみれてしまった。……それだけ掃除を怠っていたという事に他ならないけど。
よくあそこに住めましたねオスカーさん、幾ら長期の仕事で空けていたとはいえ……。
「取り敢えず、師匠のお部屋と居間は綺麗にしておきました。シーツとベッドのカバーは洗い立てですよ、天日干ししてお日様の匂いします」
「あ、ああ。……お前、自分の部屋は」
「物置は一日じゃ片付かないので」
オスカーさんは物置の惨状を知っているのだろうか。あれは 一人じゃ終わらないから、今日は手を付けなかった。
流石にオスカーさんとかイェルクさん達に手伝って貰わなきゃ無理だ。大きい荷物とかは運べないもの。
別に、私としては居候の身なので、寝床さえ確保出来ればそれで良い。居間のソファを借りて寝ようかな、と思ってる。
私はまだ小柄だし、寝相も良い方なので充分に快適に寝れる筈。
「……まあそれは良いとして、お前、ご飯の前に風呂入ってこい。何処ぞの灰かぶりのようになってるぞ」
「綺麗にしてドレス着たら似合いますかね」
「話はまず後三年経ってからだな」
つまり子供っぽくてドレスは似合わないと言いたいんだろう、オスカーさんは。……凹凸とかもほぼない体なのでまあそれは否定出来ない。
軽口を叩くのはそこそこにしておき、私はお風呂に……待って、カビとか大丈夫だよね。細かく確認してなかったけど。
とても心配になりながら、私はお風呂に向かった。
結果として、お風呂は軽い掃除で良かった。うん、ギリギリセーフ。浴槽、壁、床を掃除してから入ったのでかなり時間がかかったものの、無事に入浴は出来た。
浴槽は広かったので全身しっかり洗ってゆったりと浸かってからあがると、ご飯の支度をしているオスカーさん。
……支度といっても買ってきたサンドイッチと飲み物だけど。今までの経験上、彼に料理を期待するつもりはない。
「ん、さっぱりしたな。つーかよく此処まで掃除したな」
「オスカーさんが掃除しなさすぎです。私が居るので、これからはそうはいきませんからね」
「……弟子よ、お前に任せたぞ。師匠命令だ」
「そんな事に命令を……まあ良いですけど」
オスカーさんに掃除をこまめにして貰うなんて最初から期待してない。ずぼらだもの。
「ほら、さっさと髪乾かせ。ご飯にしよう」
「はーい」
言い付けに従って、私はタオルに水分を吸わせるように、髪に押し付けた。
……まあ長くて時間がかかるので、結局オスカーさんが「まどろっこしい」と魔法で温風を出して乾かしてくれたけど。魔法って便利。
ご飯を食べて一息ついたところで、オスカーさんがお風呂に入る事に。
……面倒だという理由で若干渋ったので、笑顔で「お背中流しましょうか?」と問い掛けたら大人しく入ってくれた。今度から入らない場合はこれで脅すと良いという事を学んだ弟子である。
オスカーさんをお風呂に送ってから、居間のソファに体重を預けるように、座る。
……弟子、かあ。なんかこれだと家族みたいなやり取りしてるよなあ、とか不思議な気分。お兄ちゃんが居た頃は、魔法こそなかったけど、髪をタオルで乾かしてもらったり、一緒にお風呂に入ったりしてたもん。
まあ、明日からはちゃんと魔法を教えてもらっ、……明日も掃除だから掃除が終わったら、ちゃんと魔法を教わろう。
そんな事を考えていたら、全力で掃除をしていたせいか力を抜いた途端に気だるさが体を襲う。疲労が溜まっていたのに、弟子になった嬉しさで気付けなかったんだろう。
瞼も自然と降りてきて、逆らうにはちょっと力が足りない。
体はぽかぽか、お腹一杯になって、ゆったりとふかふかのソファに座って。そんな状態で睡魔を拒める筈がなかった。
気付けば、私は横になっていた。
白いシーツが視界に入って、ぼんやりとベッドに寝かされたんだ、と悟る。……居間でねるつもりだったんだけどなあ、オスカーさんに気を遣わせてしまった。
少し体を起こして瞼を擦ると、肩から布が落ちる感覚。
視線を滑らせれば、白いシーツに映えるような、黒いローブが私の腿の辺りまでずり落ちている。オスカーさんのローブだ、と思うと口許が勝手に緩んだ。
もう一度寝転んで、私は体を覆い隠す程大きなローブを、口許まで引き上げる。
オスカーさんの匂い。落ち着く匂い。……凄く、好きな匂い。
ふへへ、とオスカーさんには見せられない顔をしつつ体を丸めてローブにくるまって、瞳を閉じる。
……もう一眠りしよう。まだ朝日が出る前だったし、まだ寝てても良い筈。
そうして再び襲い来る睡魔に身を委ねて、私はもう一度眠りに落ちた。
次に起きたのは、半日後だった。




