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突破は正面から堂々と

 また明日ってオスカーさんは言ったけど、今日も来てくれるのだろうか、と寝惚けた頭で考えて、欠伸をする。

 いつの間にか……というか、多分オスカーさんが眠りを誘ったからそのまま寝てしまった。外出着のままなので皺になってるし。せめて着替えたかったけど、オスカーさんに文句は言えない。……会いに来てくれた、し。


 オスカーさんの姿を見ただけで、荒れた心が落ち着いてくる。

 だから、私は朝御飯の時もお父さんを無視するくらいで済んだ。お父さんが悄気てたけど知らない。娘を閉じ込めて外出禁止にしてるんだからこれくらいして然るべきだと思う。


 朝御飯も食べ終わってさあ部屋に連行されようと逆に潔くお母さんの側に行った瞬間、家に響くベルの音。

 こんな朝から誰だ、とお父さんが零すけど、私は何となく、何となくだけど予想はついていた。……そうだったら嬉しいな、という希望が大きいけれど。


 家の主であるお父さんが玄関に行くのを、私もついていく。

 呼び鈴を鳴らした人間にお父さんがドア越しに声を掛けると、扉の向こうから聞き慣れた「俺です」という声。

 それがテオのものだと分かったから、ちょっとだけ、がっかりして……でも、会いに来てくれたのは嬉しかったから少しだけ頬を緩めて。


「おお、テオドールか。入りなさい」

「お邪魔します」


 相手がテオだからかお父さんも明るい声音で迎え入れて……そしてドアを開けると、テオに続くように、二人。また明日、そう言ってくれたオスカーさんが、本当に来てくれた。


 これにはお父さんも固まったものの、直ぐに誰だかは分かったらしくて雰囲気が引き締まる。

 私も慌てて駆け寄ると、お父さんの横に来た所で手で制されてしまった。そして、お父さんはテオに苦い視線を投げてから、巌のような表情を二人に向けた。


 ああ、やっぱり認める気はないよね、と実感したのだけど、敵対意思を突き付けられたオスカーさんは何食わぬ顔をして「初めまして」と口にする。


「俺はオスカー=ローゼンハイムと申します」

「……災厄の子か」

「お父さん!」


 初対面のオスカーさんにそれは失礼だし街を街を守ってくれた人なのに、と今までの苛立ちも込めて背中を思い切り叩くと、お父さん前のめりになった。けど、謝らないもん。手形は付いてない、 筈。


 地味に痛みを堪える顔をしてるお父さんに、オスカーさんが逆に心配そうにしている。お前やり過ぎ、と視線で言われた気がしたけど、オスカーさんが貶されたと思ったらつい、してしまった。


「何の用だ」


 咳払いをしつつ若干震えた声で問い掛けるお父さん。

 対するオスカーさんは、ただ凪いだ瞳に真摯さを携えて、お父さんを見詰め、ゆっくりと口を開く。


「率直に言いますと、娘さんを俺に下さい」

「……は?」

「え?」


 空気が固まった。


 誰もが皆、凍り付いている。

 ……え、え? 今なんて言った? 私の聞き間違いじゃなきゃ、娘さんを俺に下さいとか言った気が……!


 呆けたような顔をオスカーさんに見せて、それからよくよく意味を噛み砕いて、一気に顔に熱が集まる。……いやいやいや、オスカーさんに限ってそれはない、ない! や、た、多分勢い余って言っただけだよね……!?

 でもオスカーさんは至って真面目な顔で言ってて、発言に疑いは持ってなさそう。寧ろ自信満々な気がする。……えええ!?


 オスカーさんの言葉を受けて、お父さんは絶句している。まさか朝っぱらから玄関先でこんなやり取りをするとは夢にも思ってなかったと思う。私もこれは想像してなかった……!


 暫く皆動きが止まっていたけど、やがて耐えきれなくなったようにテオが吹き出した。無愛想なテオが腹を抱えて笑いだすから、相当のものだと思う。


「……っふ、く……っ。……魔法使い殿、それは求婚の時に使う言葉ですが」

「え? っあ、ちょっと待て、違う、イェルクてめえ!」


 指摘に間違い、というか事の重大さに気付いたらしいオスカーさん、さっと頬を染めて、それから遅れてお腹を抱えて声を押し殺して笑うイェルクさんの肩を掴んだ。

 あっ、やっぱりイェルクさんの入れ知恵だ。オスカーさんが言うとか思ってなかったし。


「ふ、あははは! ほんとに言ったよ!」

「お前がこの切り出しで行けって言ったんだろ! ちょっと待って下さい、こいつ絞めてから再度お話を」

「待ってオスカーが本気出したら僕死んじゃう」

「誰が原因だ誰が!」


 おかしい、神妙な空気だったのに一気に和やかというかコミカルな空気になってしまった。

 オスカーさんは間違いだと理解して顔を真っ赤にしていて、イェルクさんの背中を遠慮なく叩いている。多分かなり本気だ。魔法使ってないからある意味手加減はしてるのだとは思いたい。


「……あ、あの、オスカーさん?」

「お前は黙ってろ」

「ひどい! ときめいたのに!」


 オスカーさんが噛み付くように言うので、私も応戦してみる。……実際、ときめいたのは事実だ。まさかオスカーさんの口からあんな事を聞けるなんて。

 私も頬が勝手に赤くなっていたので、私とオスカーさんは顔が真っ赤同士。視線を合わせたらなんだか気まずくなってしまって、オスカーさんも多分気まずさから素っ気ない態度を取ったのだろう。


 テオだけは笑みを堪えてぷるぷるしたままで、微笑ましそう。あのねテオ、笑い事じゃないから。


 暫く場の空気が混乱していたものの、オスカーさんはイェルクさんに物理的に仕返しし終わった所で、咳払い。イェルクさんはけろりとしていて、流石前衛職、と妙なところで感心してしまう。


「……失礼しました。言い直しますが、娘さんを俺に預けて頂けないでしょうか」

「……理由を聞こうか」


 毒気を抜かれたらしいお父さんは、ちょっと視線を呆れ気味にしながらも強い口調で問い掛ける。

 オスカーさんは後ろで笑ってるイェルクさんを足で蹴りながら、真面目な顔。


「娘さんからお話は伺ってると思います。娘さんは魔法使いになりたいと願っていますし、私も彼女の熱意に折れて、あなた方から許可を取れたなら、という条件を出しました。……それに加えて、ですが、娘さんはどちらにも転ぶ才をお持ちです」

「どちらにも……?」

「彼女は、魔法に関して天賦の才があります」


 オスカーさんは言い過ぎな気がしたけれど、私から口は挟めない。

 逆に、お父さんはそこまでとは思ってなかったらしく唖然としている。……私も、そこまでとは思ってないけど……。


「正しく扱えたならば、間違いなく大成します」

「間違った使い方をすれば?」

「俺みたいになるでしょうね。最悪、大災害を引き起こします」

「っ」

「最近、彼女の周りで物が壊れる事があったでしょう? それは、感情によって無意識に振るわれた魔法です」


 これには心当たりがあったのか、お父さんは押し黙る。

 テーブルや窓ガラスにヒビが入ったり、壁が軋んだり。けれど、誰も触っていないし壊れる状況にもない。お父さんは、それを訝っていた。

 ……それが私のせいだなんて、思わなかっただろう。


「彼女は、無意識に魔法を使っています。その制御方法を覚えないと、その内取り返しがつかない事が起きるかもしれません」

「それはっ」

「脅す訳ではありません。ただ、力は使いこなさなければ害になる可能性もあります。かつての、俺のように」


 少しだけ、苦々しげに告げるオスカーさん。

 きっと、私の存在は昔のオスカーさんを思い出させたのかもしれない。


「だからこそ、彼女は制御する術を覚えるべきだ。彼女の心を傷つけない為にも」

「……それは……」

「……まあ、此処までは建前で」

「え?」


 一気に声が軽くなったオスカーさん。

 私もお父さんも呆気に取られる。


「俺は、本当は弟子を取るつもりなんてなかった。面倒だし、もし何かあって失うなんて、御免だったから」

「では何故、」

「そりゃあ、あんたの娘さんが頑固で、一途だったからでしょう。こっ恥ずかしいくらいに真っ直ぐで、俺の所に毎日お菓子を持って通い詰めてたんですよ。お菓子で買収出来るって思ってた辺り、子供だなとは思いましたが」


 ……私真面目だったんだけど、あれは面白かったらしくてオスカーさんは口の端を吊り上げている。

 もう、と唇を尖らせると、オスカーさんがこっちを見ていた。……今までになく優しい眼差しに、鼓動が跳ねるのが、分かった。


「一生懸命、俺に縋りついて。血を見るのは怖かった癖に、目を逸らさないで。関わった時間も対してない癖に、愚直なまでに俺を慕って。……俺は、この馬鹿の熱意に折れた。本当に、馬鹿な奴だとは思う。他にも選択肢はあるってのに、頑なに俺が良いと言うんだから。正直意味分からん。が、その熱意は認めるよ」

「オスカー、さん」

「認めるのもむかつくが、ほだされた、そういう事なんだろう」


 そう言いきって、オスカーさんは静かにお父さんを見つめた。


「娘さんを、俺に預けてくれないだろうか」


 もう一度問い掛けたオスカーさんに、お父さんは瞑目して、それから唸る。ああ、凄く悩んでるんだ、お父さん、言葉にならない声を上げて、唇を噛んでいる。

 ……お父さんの気持ちも分かるよ。お兄ちゃんが出ていったから、私しか居ないんだもん。そう手放せないって事も。


 でも、私は、オスカーさんの弟子になりたいんだ。


「お父さん、私をオスカーさんの弟子にさせて下さい。……お願いします」


 頭を下げると、更に唸り声が強くなる。

 けど、やがては収まって、それから大きな掌が私の頭を撫でる。顔を上げれば、とっても渋い顔のお父さん。


「……分かった。許そう」


 その言葉は、ゆっくりと玄関に響いた。

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