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Lost Inside―取り戻せない日々―  作者: 古見理英
22/23

温かい墓石

 渚さんは静かに続けた。


「理英ちゃんは、ミサキに酷い事言ったとか、自分がミサキを死なせちゃったんだって思ってるかもしれないけど、あの子ね、初めて親友ができたってものすごく喜んでた。第一志望に落ちたことも無駄じゃなかったって。もし理英ちゃんがいなかったら、ミサキは十八歳まで生きられなかったかもしれない。理英ちゃんからあの子に声かけてくれたんでしょ」

「――えっ?」


 その言葉に、十五歳の記憶が薄っすらと蘇った。あまり覚えていないが、確かに私の方からミサキに声を掛けたような気もする。でも今という今まで完全に忘れていた。あまりに自然なことだったのか、はじめて出会った時のことをよく覚えていない。気が付いた時には隣にいたのだ。


「言われてみれば、そうだったかもしれません。なんで忘れてたんだろう」

「見返りを期待してとか、可哀想だからみたいな理由じゃなかったんだろうね。たぶん、理英ちゃんは自分のした悪い事ばかりはっきり覚えておくタイプなんじゃないかな。ねえお願い。あの子が死んだ事実を一人で背負おうとしないで。『私が、私が』って責めないでね」


 私は渚さんの言葉に頷くことも首を振ることもできなかった。自分はいったいどう受け止めるべきなのか、考えても答えは出せず、中途半端な唸りを絞り出すのがやっとだった。




 その後も私達はお互いにミサキの思い出話を交わした。そうするうちに、ある考えが頭に浮かんだ。


 夢の中に出てくるミサキは一体誰なのだろうか。


 私が何か失敗をする度夢の中に現れ、私を責める冷徹なミサキ。あれは、一体何なのだろう。木戸くんや渚さんの話を聞けば聞くほど、よくわからなくなってくる。二人の記憶から連れてこられたミサキは、悪夢の中のミサキとはまるで違っているし、私の思い出の中のミサキだってあんな風に私を責めたことは一度もなかった。


「せっかくだからお昼もここで食べていこうか。ここ、スープカレーがおすすめみたいだね」


 渚さんの提案にはっと我に返る。差し出されたメニュー表には、ぶつ切りになった野菜とゆで卵が入ったスープカレーの写真が大きく印刷されている。私は「そうですね」と返事をし、メニュー表を手に取ると、自分の手のひらが異様に汗ばんでいることに気が付いた。すっかり冷めて冷たくなったレモネードを飲み干して、なんとか動揺を誤魔化す。


「あっ、元気になって……る?」


 すると聞き慣れた声が降ってきて、私はメニュー表から目線を上にずらした。さっきまで見当たらなかった木戸くんが何食わぬ顔で立っている。


「今日、休みじゃなかったんだ」

「いやぁ、どういう訳か三時間半寝坊したんだよね。徹夜でゲームし過ぎたのがいけなかった」


 相変わらず彼は通常運転を続けているようだった。



 昼食を食べ終え、渚さんと彗星蘭を出る。食事を残さず平らげたのは久々のことだった。


「理英ちゃん、さっきレジのとこで何か貰ってたけど、なあに?」


 駐車場へ向かう途中、渚さんが不思議そうな顔で尋ねてきた。


「マッチです。箱が可愛かったのでつい」


 会計中にふとレジ横に置かれたレトロなマッチ箱が目に留まり、一箱貰ってポケットの中に突っ込んできたのだ。


「マッチか。最近見掛けないけど、今でも置いてあるものなんだね」


 渚さんはそう返すと、車の鍵を開け、当然のように私を家まで送ると言ったが、私は渚さんのワゴンに積んできた自転車で家まで帰ることにした。


「理英ちゃんのお家って確か山の方だったよね? ここから自転車だと結構な距離じゃない? 大丈夫?」

「大丈夫です。まだ日も高いですし、最近運動もしていなかったのでちょうどいいです」


 私は半ば強引に自転車を車から下ろし、渚さんに別れを告げた。

 家に向かう道すがら、この前まで住んでいたアパートの前を通りかかった。あまり日当たりのよくない二階の角部屋。入居者がいる気配はなく、雨戸が閉まっている。少し前までこの部屋に自分が住んでいたのだということが信じられなかった。どこか、遠い昔の事のように感じられた。それはどこか清々しく、それでいて少し寂しくもあった。


 ――あの子が死んだ事実を一人で背負おうとしないで。


 唐突に渚さんの言葉が頭に響いた。それは彼女にだって言えることだ。確かにうれしい言葉ではあったし、凄く救われた気もしたが、それでも自分があの日ミサキに言ったことを取り消すことはできない。もうミサキが戻ってこない事実を思うと、目の奥がじんと熱くなった。 


 夕方、やっとの思いで家に帰って来ると、空腹のあまりリビングの床にしゃがみこんだ。太陽は既に西の空に沈み、辺りは薄暗くなっていた。


「ずいぶん遅かったじゃないの。どこまで行っちゃったのかと思った」


 夕飯の支度をしていた母がぎょっとした様子で言った。私はぐったりとうなだれていた。


「なあに、具合でも悪いの?」

「いや」

「じゃあ何よ」

「お腹減ったの」


 私の言葉に母はかなり驚愕したらしく、目玉をひん剥いて「やだ珍しい」と叫んだ。


「あんた最近全然食べないせいで頬がコケて来てたからね」


 空腹を感じたり、何かを食べたいと思わなくなってどれくらいの月日が経っていたのだろう。ちょっと考えればおかしいとわかることでさえ、少し前の私は気にも留めていなかったのだ。


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