再戦・勇者 ②
「「「勇者!勇者!勇者!勇者!」」」
アリーナに入場した僕達を出迎えたのは、壊れた魔道具のように「勇者」と叫び続ける学生たちだった。彼等は最早自ら思考することさえ出来なくなっているのだろう。この瞬間、何が起こっているのか、自分が何をしているのかも理解できていないに違いない。
「悪趣味だな」
「そうかい? 俺はこいつらの馬鹿みたいな声を聞く度に、自分の力を実感できて楽しいんだけどなぁ」
声がした方を見れば、あの勇者がいた。勇者という名の、悪魔が。見た目こそ綺麗だが、中身はどんな人間よりもおぞましい。
彼の後ろを青龍、朱雀、玄武の三人が歩き、その三人ともが無表情を保っている。青龍の彼のものは演技だろうが、他の二人は恐らく洗脳されたまま。より強固に施された邪王眼による洗脳が、彼等を肉で出来たマリオネットに仕上げていた。
「………勇者」
「勇者じゃない、キリタニ・キョウスケだ」
「お前の名前なんか覚えたくもないね」
「ありゃ、嫌われちゃったかぁ。まあ君が僕に従ってくれた所であの娘を分けてあげる気も無かったし、やっぱり刃向かってくるのは消しといた方が良いよね」
そう言うと彼は「ニチャア」と音がしそうな程に不気味な笑みを浮かべる。前回あれだけ戦ってほぼ一方的だったのに関わらず、彼には結構な余裕があるらしい。細められた目の隙間から覗く瞳が確固たる自信を物語っていた。
「審判! 勇者のチームは決闘前に此方のチームのメンバーを攻撃して出場不能にした! 彼等の反則敗けだ!」
ライルが大声で実況席の隣に座る審判に叫ぶ。しかし審判の学生も洗脳を受けているせいで、無表情のまま反応を示さない。
「おい、審判! 聞いてるのか!」
『証拠はありますか』
「証拠ならあと数分もすれば出る! だから―――」
『証拠不十分です。これ以上の審判への抗議は遅延行為とみなし貴方を失格としますが宜しいでしょうか』
「っ………クソッ」
尚も抗議を続けたライルに洗脳された審判から圧力がかけられる。通りもしない抗議をして失格になるわけにはいかないと、流石のライルも怒りを飲み込んで引き下がった。
「こんなの………勝ったって負けたことにされそうじゃんかよ」
「ライル、大丈夫だ。その為に二人で準備はしてきただろ」
「………あぁ。くそっ、やってやる、やってやるよ!」
しかしこうなることは以前から予想できていた事だ。そして対策はライルの能力と紫苑さんの力を借りて万全にしてきた。今考えるべきは、彼等に勝利することだけだ。
『ではこれよりフィールド及びそれぞれのメンバーの開始地点がランダムに決定されます。出場者は戦闘準備を完了してください』
途端に体重がふっと軽くなるような感覚がしたかと思うと目の前の景色が一変する。先程まで飾り気の無い円形のアリーナにいた筈が、そこはどうやら城の中に居るようだった。全体的に黒と赤をメインとした装飾が施され、物々しい雰囲気が漂っている。周囲にはライルもユーリも、ゴブリンさんも居ない。
『今回選択されたのは【魔王城】ッッ! 二代目の勇者が持ち帰ったデータから作成された人気のステージだァ! 今回は参加者に今代勇者様がいる事も合間って非常に見所のある試合となることは間違いないでしょう!』
実況の声がここまで響く。話には聞いていたが、これ程のものをアリーナの中に作り出すとは予想外だ。
『さあさあ我らが勇者キョースケのチーム四人と薄汚いゴミ共は………おっとぉ? 一人は戦いに怖じ気付いて来なかったのかぁーっ! 三人のみがステージ内へランダムに転移されたァ! それでは参りましょう、試合開始まで3!2!1!』
『試合開始』
「「ウォォォォォォ!」」
「殺れ! 勇者様に逆らったゴミ共をブッ殺せぇ!」
「反逆者なんて死ねば良いのよ!」
「腰抜けの集まりが勇者様と四星に勝てるわけ無いだろ!」
「「こーろーせ!こーろーせ!」」
審判の試合開始の合図と共に観客達の絶叫と酷い罵声が響いてきた。決闘では殺しはルール違反の筈だが、どうも勇者達はそんなことはお構い無しのようだ。決闘前の妨害といい、どんな手を使ってでも僕達を排除しようと躍起になっているのがわかる。
「掌の上、ねぇ」
踊っているのはどちらだと思っているのか。
―――ズズズズ……
「死ねェ! ファーブルぅぅ!」
振り向くと大量の石で出来たゴーレムと、その一番後ろに銀髪の青年が立っているのが見えた。四星の白虎だ。あのゴーレムの一体一体は強力なのだろうが、本体の彼は所詮勇者の洗脳から未だに抜け出せない雑魚。
「まずはお前から楽にしてやるよ」
ウォーミングアップには丁度良い。
◆◆◆
「こっちでござるよゼムナス殿」
「くぅ………儂がもっと気を付けていれば」
「後悔しても仕方ない。今はクザン殿を助けることのみを考えるべきでござる」
「………そうじゃな」
人の気配がなくなった校舎の中を二人は走っていた。青龍がエドガーに渡したメモによれば、今は殆ど使われていない魔道具倉庫にクザンは閉じ込められているそうだった。
「この角を曲がった先に―――っ!?」
「むぉっ、これは」
あと少しでメモに指定された部屋に到着する所で二人の足が止まった。二人の目の前の廊下には薄いカーテンのような靄がかかっており、触れると意外にも金属のような固さがある。
「結界………まさか、罠」
「いいや、これは内側から発動された防御用のものじゃな。来た人間に害を為す物ではなく、そもそも内側に入れないようにする物のようじゃが…………この程度なら問題はあるまい」
ゼムナスが手に持っていた杖を押し当てて魔力を流し込む。次の瞬間、杖を押し当てた部分を中心にして赤く明滅したかと思うと靄は砂のようになって崩れ落ちた。
「おお……! よくわからんが崩れた!」
「術者がそう強いものでは無かったというだけの話じゃよ。さあ、バカ弟子の元に向かうとするかの」
「む、ええと………二つ先の扉ですぞ!」
「二つ先……ほぉ、あの木っ端微塵になっとるやつかのぅ?」
靄が晴れたことで廊下の先が見通せるようになり、隠されていたものが露になった。
気絶したり怪我で動けなくなったらしい学生たちが大勢廊下に放置されたままになっていて、呻き声やら飛び散った血の生臭い匂いとで地獄のようになっている廊下。その先に、扉が木っ端微塵に吹き飛ばされて開いたままの部屋があった。
ゼムナスは迷うことなくその部屋へと近づいて行き、
「全く。お前と言う奴は……」
「………ハハッ、遅かったじゃねぇかクソジジィ」
廊下と同じように多くの生徒が倒れ、壁と天井は滅茶苦茶に焼け爛れてボロボロになった部屋の中央。椅子に鎖で縛り付けられる形で捕えられた彼は居た。
「これだけの人数を………たった一人で」
あとから入ってきたジャックも、部屋の惨状を見て思わずそう呟いた。
この中で一番ボロボロで、全身から血を流して顔には青アザまでつくっていたクザンはいつも通りの不敵な笑みを浮かべて続けた。
「もう開戦してるんだろ? 俺ァもう参加出来ねぇだろうけど、連れてってくれよ。見届けたい」
「無論、最初からそのつもりじゃ」
ゼムナスがクザンの傷を魔法で治し、ジャックが身体を拘束していた鎖を刀にて一瞬で叩き斬る。
そして椅子からゆっくりと立ち上がるクザンを横にゼムナスは当たりを見回して一言。
「まずは此方を何とかせにゃならんがな」
クザンが再起不能にした生徒、およそ30人を治療して拘束しなければならないと、ゼムナスは深い溜め息をつくのだった。




