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侵蝕



「だぁぁぁっ!違う、そうじゃない!もっと体内の魔力を波のようにうねらせろ!」


「んな事言われたって出来ないッスよこんなん!今まで魔力なんていじってきたことなかったんスよ俺!」


「くそっ、これだから此処の入試は駄目なんだ!ロクに魔法も使えないようなのが混じってきやがる!」


「先輩の教え方が悪いんスよ!」


「んだと、このガキぃ!」


 わーわーぎゃーぎゃーと騒ぐライルとクザン先輩。

 そっか………ライル、あの能力『魔法』とは別物だって言ってたからな………………。魔力はあっても使えない。そんな所なんだろう。


「馬鹿弟子の教え方も悪いんじゃがな」


「えっ…………」


「それ………駄目じゃないですか…………」


 思わず声を漏らした僕と、クザン先輩を見る目が悲しくなったユーリ。

 ユーリもゼムナス先生とクザン先輩による特訓に参加することになったので此処、6番訓練場に来ている。

 敷地面積が馬鹿みたいに広いこともあって訓練場だけでも全部で8つあるそうだ。

 

「ま、儂は先にお主等に教えることがあるからそっちが終わったら向こうも見に行ってやるとするかのぅ」


「あの…………そういえば、僕らはなんでライルと分けられたんでしょうか」


「そりゃ魔法が使えるか、使えないか、それだけじゃな」


「それだけですか」


「それだけじゃよ」


 ライル…………何故今まで魔法を使ってこなかった……………確かにスキル欄には一つも魔法無かったけど………。



 


ライル・リーデル 男 16歳


【種族】人間 (ヒューム)

【状態】普通

【スキル】格闘術 生命の叫び 

【オプション】バッドエンド 

【特殊】転生特典 (人)






生命の叫び:通常発動時、生命体を正常な状態へと修復させる能力が発動する。強化発動時、生体の過剰な再生、異常発達などが起こる。使用者本人には通常時の効果が常に発動している。



バッドエンド:対象にとって最悪の最期を遂げる。







 ライルもまた何者かに良くないモノを付けられていた。

 ここまで味方になった友人達に良くないモノがついているとは、勇者がもしかしたら関わっているのかもしれないがそれを判断できる材料もまだ揃っていない。

 あいつには只強くなって貰うしかない。

 現状を打破するには何より自分が変わらなければ何も起こせないのだから。


 勇者を倒す方法は一つだけ。

 正面から彼と戦って勝利することだ。

 現在、教授陣までしっかりと洗脳されているこの学院にて、学院のルールを使用して勇者を止めるのは現実的では無い。

 勇者自体も強い権力を持っているので、権力を振りかざして彼を止めることも出来ない。何より既にこの国の王子が向こう側に付いてしまっている。

 だから勇者が自分が楽しむためだけに残したルール、勇者を倒すための唯一の方法『決闘』にて彼を倒すのだ。

 流石の勇者でも負けたからといって土壇場でルール変更なんて出来ない。

 勇者にはまだ油断しておいてもらわなければならない。


 僕とユーリはぐっ、と顔を上げて先生の目を見た。


「ふむ、気合いは充分なようじゃな。それでは儂から教えることが何か先に伝えておくとしよう。

 儂がお主等に教える魔法は【固有魔法】じゃ」


「【固有魔法】………ですか」


「【固有】なのに教えられるものなんですか、それは?」


 ユーリの頭の上に疑問符が出る。

 ユーリはもう入学して二年目に入った頃だし、固有魔法についてももう知っていると思ったのだがそうでも無かったらしい。


「【固有魔法】について教えられるのは『どうやって手に入れるか』それだけじゃよ?そのもの自体を教えることは出来ん」


 父さんも固有魔法を持っていたから知っていた。

『固有魔法は覚えるものじゃなく、自分の中に眠っているものを呼び覚ますものだ』って父さんも言っていた。やり方も一応既に教えて貰っている。


「ま、ものは試しにちゃっちゃとやってみるとするかのぅ。ほれ、そこらに寝転がれ」


「えっ、寝るんですか?」


「わかりました」


「エド………随分素直だな」


「先生は二種類ある方から急いで覚える方法を選んでくれたんですよ。ユーリ先輩も早く寝た方がいいですよ」


「エド君は、詳しいんだな」


「一応、父さんからこの手のものは教えて貰ってたので」


 ユーリもよくわからないといったような顔をしながらも床に寝そべる、と同時に先生が杖を取り出した。


「ま、普通なら三年次から受けられるようになる授業で教えられるものじゃからな。知らんのも仕方ないじゃろう。さて、それじゃあ始めるぞい」


 先生が身の丈よりも大きい杖を持ち上げると、杖の先に光が集まり始めた。

 流石は学院の先生だ。この方法で固有魔法を呼び起こすことが出来るのはごく一部の魔導師だけなのだけど、ゼムナス先生は余裕でそれをやってのける。

 そして、先生はその杖を振り上げて―――





―――ドン!ドンドンドン!!


 床を杖が叩いた音と共に、僕の意識は闇へと落ちていった。






















◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆








「なぁ、やっぱ出てこない方が良かったんじゃないのか?」


「そ、そそそんな事言ったって、入学しちゃったんだから履修登録受けなきゃ駄目じゃない…………」


「はぁ………震えてるくせに」


「勇者には………会いたくないじゃない………」


 私はゴブリン君と一緒に履修登録の教室へと向かっていたところだった。

 正直部屋から出たくなかったところだけど、入学したのだし履修登録をサボってしまうのは駄目だ。

 一応、貴族の特別枠で受験して入れて貰えたということもあるし、無駄にはしたくない。


 勇者の顔についてはゲームについての知識がうっすらとあったから一応なんとなくぐらいは覚えていたのだけど、それでは心配だからとジャックおじさまが似顔絵を描いてくれた。イケメンな上に強くて更に手先が器用なんて、素敵。

 ジャックおじさま、すき。


「顔が弛んでるぜお嬢……またおっさんの事でも考えてるのか?」


「………駄目?」


「いや、駄目じゃねーけど…………っと、ここから早く離れた方が良さそうだぜ」


「ッ!!」


 だんだんと廊下の奥の方が騒がしくなってきた。

 あいつだ。あの、男だ。




「はぁ………あの女の子は何処に居るんだろう。少しで良いから僕の側に居て欲しいのに」


 憂いを纏った雰囲気の勇者(と言う名のちん●ん野郎)が此方へと向かって歩いてくる。


「お嬢、逃げるぞ、さりげなくだ」


「もちろん」


 小声で返答して勇者に私の顔が見えないようにして廊下を逆方向へと進んでいく。

 このまま目を付けられずに逃げきれるか、その時だった。


「あっ、あの子なら知ってるかも。ねぇ!そのこピンク色の髪の女の子!ちょっといいかい!」


 此方へと走ってくる勇者。

 女子生徒がきゃあきゃあ喚く声が非常に五月蠅い。


「(何が『あの子なら知ってるかも』よ! 只の女好きじゃないあの股間男ーーッッ!)」


「お嬢、もっと速く!」


「走ってるわよ~~!」


 廊下を曲がって更に先へ!

 足音が近付いてくる、拙い!追い付かれる!


 その時だった――――








――――バッ


「んむーーっ!?」


「お嬢!?」


 突然後ろから手が伸びてきて口を塞がれた。

 声が出せない。


「静かに、二人とも動かないで」


 女の子の声だ。

 振り返ると凄く綺麗な金髪と蒼眼の女の子だった。

 ゴブリンさんと私はその女の子に壁に寄るように言われて壁によった。


 勇者の足音が近付いてくる。


「あれ………あの女の子、何処行っちゃったんだろ。結構可愛い子だったから僕のハーレムに入れてあげようと思ったんだけどなぁ。はぁ、やっぱりまずはあの黒髪の子を捜すかぁ」


 何故か勇者に私たちは見えていないようで、目の前に居る勇者は辺りをきょろきょろと見回すと肩を落とした。


 結局私の身体目当てじゃねーかちん●ん野郎め。

 誰がてめーなんかのハーレムに入ってやるかよ。

 私が入れるのはジャックおじさまとの籍だけだ!


「勇者様」


「ああ。確か、おまえは教師のハンゾウだったな。なんだ?」


 突然勇者の横に黒装束の男性が何処からともなく現れて片膝をつく。

 うわぁ………この人も洗脳されて手下にされてるかんじかぁ。てか先生だし…………。


「例の少女の居場所がわかりました。此処からは離れていますが、どうやら時計塔に居るようです」


「時計塔………学院の北側にあるアレか。成る程、素晴らしい情報をありがとう。これからすぐに行くとしよう」


 先生は何処かへと消えて、勇者はにんまりと笑って何処かへと歩いていく。

 あ、危なかった……………。


 金髪の女の子は私とゴブリンさんの手を引くと人気のないところまでやってきた。


「ふぅ……危なかったわね」


「凄い、なんでバレなかったんだろう」

「確かに、すげぇな」


 私とゴブリンさんは目の前の少女を見た。

 見れば見るほど美しい少女だ。

 なんていうか、纏っている雰囲気が神聖な感じもする。


「さて……まずは自己紹介からかな。私はアンリ・オリヴィエ。エドの幼なじみで、今代の聖女って言えばわかるかな?」


 目の前の女の子は、私たちの緊張を解きほぐすかのように柔らかい笑みを浮かべた。





















◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆












「拙いね…………これは……………………」


 王都のとある宿屋の一室からアルト・ファーブルは学院の方向を眺めていた。


 普通の人々にはただ青く澄み切った空と平穏そのものの街並みが広がっていたことだろう。

 だが、人間をやめているような領域に片足を突っ込んでいるアルトの目に、それはハッキリと映っていた。


 おぞましい色をした煙のような、だがそれは気体というよりも生き物のような生々しさをもって学院から這い回って広がっていくそれが。


「ありゃ魔王よりもたちが悪いね」


「当たり前だろう、アレは勇者として呼び出されてはいるが全くの別物だ」


 珈琲を入れたカップを片手に銀髪の男性がアルトに向かって歩いてきた。

 彼にもソレは見えているようで、苦虫を噛み潰したような顔で学院の方向を見ている。


「へえ………アレ、勇者じゃないんだ」


「先代が最後に残していった爆弾のようなものだ。何を考えたのか知らんが、アレはどちらかといえば勇者の逆としての存在、我に近い存在を与えられている」


「君がそう言うってことは信じられそうだねぇ。何を考えたかなんてのはそりゃ暇潰しだろうけどね」


「先代は色々と残念な娘だったからな」


 はぁ……、と溜め息を一つ。

 

 学院の方向を見ると、あの気持ち悪い何かの色がまた少し濃くなったように感じる。


「ウチの息子は上手くやってるかねぇ………」


 駄目なようなら自分が乗り込んでいって勇者をノしてやってもいいが、これは息子への試練だ。

 いつの間にそんなことになったのかは知らないが、大方あの友人が息子に受け継がせたんだろう。


 オサム、そこから見える此処の景色はどうなっているかい?

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