卒業パーティーで豹変しちゃいました
「おい、お前」
レオナルドの低く鋭い声が響く。
「お前だよ、お前。顔を上げろ」
その声にテディがハッと顔を上げた。
レオナルドの視線はテディに向けられている。だがテディはあたりをきょろきょろ見渡した。そしてその鋭く刺すような視線が自分に向けられていることにようやく気づく。
「あ、ぼ、ぼく……」
「他に誰がいるんだ」
テディは先ほどのセラフィーナの叫びに気が動転している上、レオナルドのいつにない厳しい物言いに混乱した。
「お前、いい加減にしろよ。セラフィーナがお前なんかと婚約を望むはずがないだろう」
その言葉にテディは大きく目を見開いた。
「何驚いた顔しているんだ。馬鹿が。お前がセラにどれだけ酷いことをしてきたと思っている。そんな男と婚約を望むなど本気で思っているのか?」
「あ、あの。で、でもダウナー家からの、も、申し込みで……」
「先ほどセラが言っただろう。親に勝手に決められたと。泣いて嫌がったと。聞いていなかったのか?お前の耳は飾りか?」
厳しい視線を投げつけ剣呑な空気を振り撒くレオナルドに危うさを感じ、テディは顔を強ばらせた。
だがそれは、周りの生徒達も同じだった。
レオナルドの急変についていけていない。ただただ怖い。背筋がゾワゾワして、今さらだができればこの場から離れたい。誰もが思った。
レオナルドは視線を夫人に動かした。
「お前もだ」
その一言で夫人は震え上がり、ふらりと倒れそうになるのを侯爵に支えられる。
「ユーリ」
呼ばれたユーリアスがレオナルドに近付く。そのユーリアスにセラフィーナを託して、レオナルドはテディの正面に立ち、金の髪を掻き上げて両腕を組んだ。
レオナルドに立ち塞がられたことでテディはより恐怖を感じた。一歩二歩後ろに下がるものの、グィードに背中を止められてしまい、その場でただ怯える。
そんなテディに黒い影を背負ったレオナルドが口を開く。
「馬鹿なお前にもわかるように言ってやろう。いいか、よく聞け。セラがお前との婚約を望んでいる、それはお前の勘違いだ」
「え…?か、かん、ち、がい………?」
「そう。勘違いだ」
「僕の、かん、ち、がい……」
「やっと気づいたか」
テディが息を止めて硬直した。
レオナルドが言い含めるように続ける。
「それに先ほどセラが言っただろう?お前のことは、“大嫌い”だと」
「だい、き、らい……?」
「そう。大嫌い、だ」
「だい、き、らい……」
テディの目からみるみる光がなくなっていき、表情がごっそり抜け落ちた。
覗き込むように見たレオナルドがニヤリと笑う。
「ククッ。いい表情だな」
その言葉に周りの生徒達がいっせいに引いた。そんなこと言っちゃうの?!と。
テディはうつろな目をさまよわせ、セラフィーナを見つけるとすがるような視線をセラフィーナに向けた。
「う、嘘だろう?セラフィー」
「やめて!名前を呼ばないで!」
セラフィーナは顔を背けユーリアスの影に隠れた。
その強い拒絶にテディは頭を殴られたようなショックを受ける。だがそれだけではおさまらない。正面にいたレオナルドからぶわっと殺気が放たれた。人ひとり殺せそうなほどの突き刺す視線を向けられ戦慄が走る。
「誰が声をかけていいと言った!!」
殺気を浴びたテディは心臓を鷲掴みされたような恐怖を覚えた。顔を真っ青にし、開けていた唇をぶるぶる震わせる。
「あ、ああ、、、」
ぐわっと胸ぐらを掴まれる。
「どれだけセラを苦しめるつもりだ?」
レオナルドの重く低い声が響く。空気がピリピリと総毛立つ。あまりの恐怖に、テディは声を発することすらできなくなってしまった。
レオナルドが次の言葉を発しようと口を開きかけたとき、駆け寄ってきた侯爵がレオナルドの足元にガバッとひれ伏した。
「愚息が、申し訳ありません。申し訳ありません。申し訳ありません……」
レオナルドは足元で震えながら伏している侯爵を見下ろしていたが、興が削がれたようにふっと殺気を消し、掴んでいた胸ぐらを放した。
放されたテディは自力で立っていられず、ヨロヨロと膝を崩し地面にへたり込んだ。
ガーデンテラスは静まりかえっていた。
だが生徒達の心はひとつだった。
こ、怖すぎるっ!!
皆が顔を青ざめさせていた。テディの近くにいた者は殺気にあてられ、何人かがお花を摘みに駆けていった。
真っ白な顔をしてへたり込んだテディに、そりゃそうなるだろうと誰もが思った。
レオナルドはそんなことはお構い無しに、セラフィーナの元に戻る。自分で預けたくせに、ユーリアスから奪い返すようにセラフィーナを自分の腕の中に抱き込み、頬に手を添えた。
「セラ、大丈夫か?」
「大丈夫よ。レオ様、ありがとう」
微笑みを浮かべ見つめ合っているその姿は、二人の愛を物語っている。
だが皆は素直に祝福できない。
レオナルドの豹変はなんだ?!それを笑顔で受け止めているセラフィーナは大丈夫なのか!?
だがセラフィーナの次の言葉で衝撃を受ける。
「ふふふ。爽やかな貴公子じゃなくなっちゃったね」
「ああ、そうだな。本来は腹黒王子だからな」
「自分で言っちゃうの?ふふふ」
皆が驚きに目を見張った。
本来は腹黒王子?!うそだろ!?
だが先ほどのテディの追い詰め方は、爽やかな貴公子では考えられない。
「だが爽やかな貴公子の方が異国で受けがいいからな。箝口令でも敷こうか」
そう言ってレオナルドは黒い笑みで周囲を見渡した。それを見た生徒達は一斉にカクカクと首を縦に振る。
「威嚇しちゃ駄目よ、レオ様。皆様レオ様の変わりように驚かれているだけなんだから。私も最初は本当にびっくりしたし」
「そうだったな。お前の糸目がちょっとだけ大きくなったもんな。ククク」
「もう!レオ様ったら!」
「ははは!」
そうしてじゃれあっている姿は仲のよい恋人同士の語らいで、緊張感が消え空気が和らいでいき、生徒達もホッと息をついた。
レオナルドはへたり込んでいるテディを見る。
「おい、テディ・モルガン」
放心していたテディだったが肩をビクッと揺らし、ノロノロと顔を上げた。
「いいか、よく聞け。お前の独りよがりな思いなど、セラが受け入れることは絶対にない。そしてセラは、この私が唯一求めた女性だ。この先も手放すことはないと断言してやる」
レオナルドの言葉にセラフィーナは目を大きく見開いた。その後すぐ、幸せいっぱいの笑顔に変わる。
セラフィーナは嬉しかった。
テディを黙らせるだけでなく、レオナルドが皆の前で唯一だと、手放すことはないと公言してくれたのだ。これほど嬉しい言葉はない。
頬を赤らめ瞳を潤ませ、輝く笑顔を向けるセラフィーナに、レオナルドは優しく微笑んだ。セラフィーナの顎を軽く持ち上げ、頬にキスを落とす。
「「「「「キャーーーーッ!!」」」」」
令嬢達が悶え叫んだ。
いくら腹黒王子でもレオナルドの見た目は完璧だ。美男美女の抱擁に令嬢達は目を輝かせた。
子息達も悶えた。
レオナルドにキスされて恥ずかしそうにしながらも、セラフィーナの幸せいっぱいな可愛らしい笑顔に心を撃ち抜かれたからだ。
見つめあっている二人から幸せなオーラが放たれ、皆の気持ちが盛り上がっていき歓声と拍手を送った。
わけのわからないテディのせいでおかしなことになってしまったが、本来は卒業パーティーであり、二人の婚約発表の場でもあるのだ。皆が二人の愛を祝福しようと手を打つ。「婚約おめでとうございます!」そんな言葉を口々に発した。
レオナルドの豹変はとりあえず横においておくとして、仲睦まじい二人の様子は、見ている者を幸せな気持ちにさせる。カップルは肩を寄せ合い、独り身は相手を探した。
ただひとり取り残されたテディは、地面に座り込んだままその様子を呆然と見ていた。そしてようやくすべてを悟ったようにうつろな表情に変わり、ガクリと肩を落とした。
その姿を見届けたレオナルドは侯爵にも冷たい視線を送る。
「侯爵。わかってると思うがそれ相応の処罰をくだす。今後自由はないと思え。グィード!」
「はっ!」
グィードが座り込んでピクリとも動かないテディを引っ張り起こした。他の騎士達によって、沈痛な面持ちの侯爵と未だ青ざめている夫人、よたよたしているテディが連れ出されていく。
セラフィーナはもうモルガン家三人の誰一人として視界に入れたくなかった。せっかく幸せな気持ちになったのに壊したくない。そう思い、レオナルドの腕の中に顔を隠す。
それに気付いたレオナルドがセラフィーナをしっかり抱き込んだ。
抱き合う二人にさらに歓声が上がり、ガーデンテラスが賑わった。男女ともに皆が笑顔ではしゃいでいる。卒業パーティーにふさわしい盛り上がりをみせた。
だが最後にレオナルドが爆弾を落とす。
「言っておくが。私はここにいる者すべての顔を覚えている。“箝口令”がどこまで守られるか楽しみだな。ククク」
盛り上がっていたガーデンテラスは、水を打ったようにまた静まり返った。




