※閑話※残念令嬢ふたたび
「リリー姉さん!」
「セラフィ!久しぶりねぇ!」
王宮の一室で、お互い手を取り合って再会を喜び合った。
リリーはデリ王国に拠点を置く、サーリア歌劇団の看板女優だ。
デリはクレイズにない珍しい品が揃っているため、ダウナー商会は昔から取引が多くある。中でもサーリア歌劇団は演出のため新しいものを取り入れることに積極的で、ダウナー商会ではサーリア歌劇団から情報をもらい、代わりに支援している関係だ。
背が高く、腰まである髪を豪奢にうねらせ、真っ赤な口紅がよく似合うリリーはお色気ムンムンのお姉様だ。とはいえ実は男性だ。サーリア歌劇団は男性で構成されており、団員は女装している者が多い。
そして皆、美への追求が凄まじい。
「ユーリ君も、お久しぶりねぇ。お元気にしていたかしら。あなたに会えなくて寂しかったのよぉ」
「お久しぶりですね、リリーさん。変わらずお元気そうで」
「あらぁん、リリーって呼んでって言ってるでしょぉ」
そう、リリーは昔からユーリアスをとても気に入っている。今もしなだれかかろうとしていたのだが、ユーリアスにささっと逃げられていた。
レオナルドは忙しくて同席できないからと、代わりにユーリアスを寄越してくれた。命令を受けたユーリアスが顔を引きつらせていたのはリリーに内緒だ。
ユーリアスに逃げられつまらなそうに口を尖らせたリリーだったが、セラフィーナに席を勧められソファに腰を降ろした。
「セラフィからやっと婚約解消できたって手紙が届いたでしょぉ。お祝いしたくて来ちゃったの。そしたら第二王子の婚約者になったってガーレンちゃんから聞いてびっくりしちゃったわ」
豪奢な髪をふわっと払いながらリリーは微笑んだ。
セラフィーナ達の祖父、ガーレンから色々聞いたらしい。
「つい先日決まったばかりなの。知らせてなくてごめんなさい」
「いいのよぉ。セラフィがとても綺麗になってて、愛されてるのね。私も嬉しいわ」
そう言って温かい笑顔をくれるリリーに、セラフィーナは嬉しくなる。
残念令嬢の化粧を教えてくれたのはリリーだ。
当時、前髪を伸ばしメガネを掛けていたセラフィーナに、美しさを求めるリリーは苦言を呈してきた。テディとの婚約破棄を狙っていることを伝えると、親身になって化粧や白いテープを教えてくれたのだ。
「今とても幸せなの。それもこれも婚約解消できたからだわ。リリー姉さんが助けてくれたおかげよ」
「ウフフ。セラフィの役に立てたのならよかったわ。でも最終的にどんな格好をしていたのか見てみたいわ」
リリーに色々教えてもらったが、多少手を加えたし体型はフィリアが作ってくれたので、リリーは完璧な残念令嬢を見ていない。
「え?見たいの?」
「だってとっても興味あるもの。せっかくだから見せてほしいわ」
その言葉に脇に控えていたターニャの目がランランと輝いた。残念令嬢びいきは健在のようだ。
「そうね、せっかくだから見てもらおうかな。ターニャ、準備ってできる?」
「はい!お任せください!」
ターニャはすぐさま部屋から出て行った。小道具一式取りに行ったのだろう。
まさかここにきて残念令嬢をやるとは思わなかったな、そう思いつつもお世話になったリリーのためならとセラフィーナは快く引き受けた。
だがその後、安易に引き受けたことを後悔する。
ターニャが準備してくれたので、続き間に移動しようとしたところ、ノックが聞こえレオナルドが入ってきた。
「少し時間ができましたので、ご挨拶に。セラフィーナがとてもお世話になったと聞いています」
リリーがさっと立ち上がり、爽やかな貴公子レオナルドにカーテシーをする。
セラフィーナが席を立っているので、レオナルドは疑問に思ったようだ。
「どうしました?セラフィーナ」
「あ、ああの、その」
言い淀むセラフィーナに、リリーが伝える。
「セラフィの残念令嬢を見てみたいと私が言いましたの。それをセラフィが快く引き受けてくださったのですわ」
「そうでしたか。ではセラフィーナの準備の間、私がリリー嬢のお相手を。デリの情勢などよければ聞かせてもらえますか?」
「まあ!お時間いただきありがとうございます。もちろん私でお話しできることでしたらぜひ」
「ではセラフィーナ、いっておいで」
そう言われてしまって何も言うことができなかった。
続き間でターニャに手伝ってもらいながら残念令嬢になっていく。久しぶりだったが体が覚えていたようで、ささっと出来てしまった。
鏡の前に立てば、もっさりして田舎臭く、地味で暗いぽっちゃり寸胴がいる。
完璧だ。
だがセラフィーナはあまりの残念ぶりに冷や汗が垂れてきた。
こ、これをレオナルドに見せる?!好きな人の前にこの姿で立つの?ありえないっ!!
当時はレオナルドへの想いを自覚していなかったとはいえ、なんて格好でうろついていたのか!いや、あのときはテディとの婚約破棄が最重要項目だった。間違ってはいない。間違ってはいないのだが、恥ずかしすぎる!!
鏡の前で立ち尽くすセラフィーナは若干血の気が引いている。だが元々残念令嬢は顔色が悪い化粧をしているので、セラフィーナの顔色の悪さなど誰もわからない。
セラフィーナの心境などおまかいなしに、隣に立つターニャは大絶賛だ。
「セラフィ様!素晴らしい出来映えです!腕は衰えていませんね!さすがです!」
「……ありがとう」
ターニャのテンションの高さが余計物悲しくなる。
隣の部屋に行きたくない。どうしよう。でもリリーの希望は叶えてあげたい。来てくれたレオナルドには悪いが、もう執務室に帰ってくれないだろうか。
セラフィーナがうだうだしている間にノックが聞こえ、ユーリアスが顔を覗かせた。
「セラフィ、どうしたんだい?お二人がお待ちだよ」
「お、お兄様」
セラフィーナがあまりに遅いので心配したようだ。
「あ、あの。レオ様ってまだいらっしゃる?」
「もちろんだよ。久しぶりにその姿のセラフィが見られると、楽しみに待っておられるよ」
なぜ待つのか。待たなくていいと言いたい。
「さあ、おいで」
セラフィーナは為す術もなく、ユーリアスに手を取られ隣の部屋に連れ出された。
セラフィーナが戻ってきたことで、二人の視線はセラフィーナに向けられる。
リリーは目と口を、これでもかというほど大きく開いた。だが次の瞬間激しく手を打った。
〈ブラボォ!!セラフィ!よくそこまで仕上げたわ!!〉
興奮してデリ語になっているがさすが歌劇団、すんなり受け入れてくれた。
セラフィーナはレオナルドにチラリと視線を送る。
レオナルドは爽やかな貴公子で微笑んでいた。
「うう、レ、レオ様」
残念令嬢は糸目な上に髪を被せているので表情がわかりにくい。だがレオナルドはセラフィーナの異変をすぐ察知して、近づいてきた。
「どうしました?セラフィーナ」
「こ、こ、こんな格好を、レオ様に見せるなんて……」
するとレオナルドはふわっと笑った。
そしてセラフィーナを抱き締めた。タオル越しにはなるのだが。
「何度も見たんだ。今さらだろう?お前がどんな格好をしていても、私はお前が好きだ」
セラフィーナの耳元でそう囁いた。
セラフィーナは感激して、糸目を潤ませレオナルドを見上げる。レオナルドは優しく頷き、セラフィーナの顔を隠していた髪を優しくすいた。
頬に手を添え、お互いの顔がゆっくり近づいていく。
そしてレオナルドとセラフィーナの唇が触れそうになったそのとき。
「美しくない!!セラフィ!着替えてらっしゃい!!」
リリーに野太い声で一喝され、セラフィーナは隣の部屋にすごすご引き下がった。




